第80話 ブラシ
Side:シナグル・シングルキー
今日は珍しく朝から客も来ないし、冒険者ギルドからも呼び出しが掛からない。
何か依頼でもあるかと訪れた魔道具ギルドも良い依頼はなかった。
こんな日もあるさ。
扉を引っ掻く音がする。
転移ではない普通の扉だ。
開けるとにゃーと声が。
おー、可愛いお客さんだ。
猫は、用心深く歩いて入ってきた。
「何か魔道具が欲しいのかな?」
俺の方を見上げて何か言いたげだ。
猫との会話できる魔道具は作れるけど作らない。
無粋だからね。
ミステリアスな所が猫の魅力だと思っている。
虚空とかじっと見つめる猫は、何か人間には見えない物が見えていそうだ。
それを解き明かしたいとは思わない。
餌が欲しいのかな。
それとも水か。
餌付けするのはどうなんだろう。
前世では野良ネコに餌をあげる人が問題になってた。
可愛いのは分かる。
ただ、色々と問題があるからな。
となると、猫の嫌いな人が害をこうむる。
すると、ますます猫嫌いになって摩擦を生むわけだ。
『cat brushing』、猫のブラッシングと。
歌にすると『ラーララーラ♪ララー♪ラー♪、ラーラララ♪ララーラ♪ラララー♪ラララ♪ララララ♪ララ♪ラーラ♪ラーラーラ♪』だな。
ブラシにできた核石と溜石と導線を付ける。
猫のブラッシングの魔道具を作ってしまった。
だけど、これで餌をくれて良いということにはならない。
「すまんな。餌はあげられない」
「にゃー」
分かっているよと言われた気がした。
ブラッシング魔道具を猫は気に入ってくれたようだ。
毛が引っ掛かったりして不快じゃないからな。
猫は満足した顔で扉から出て行った。
猫ブラッシングの魔道具は街の顔役の所に持って行こう。
「邪魔するよ」
「何かな。ご近所問題かな」
「それを緩和する魔道具。猫嫌いもこれを使えば猫と仲良くなれる」
魔道具の説明をした。
「それなら馬をどうにかしてほしいよ」
対象をただのブラッシングにした。
「今度はどうだ?」
「いいね。女の子にも好評だ。髪の長い人は大変だからな」
流行りそうな予感。
美容には貴族とかは気を使っている。
ぼったくれそうだな。
庶民用には小さい魔石で核石をたくさん作って、安価で魔道具ギルドに売るか。
そうしよう。
数日後。
ブラシの魔道具を持って猫を探す子供の姿が見られた。
猫が人に慣れた気がする。
近寄ってきて撫でてアピールしてくる。
冒険者ギルドで駆け出し達に囲まれた。
「魔道具師のシナグルさんですよね。いえシナグル様と呼ばせて下さい」
「えっと」
「あの忌々しい馬のブラッシング大助かりです。馬のブラッシングは駆け出しの良い仕事なんですが、はっきり言って結構大変だったんです。それがもう天国の仕事になりました。魔道具を起動させるだけで良いんですから。それと安宿に泊まってもノミに食われなくなりました」
「良かったよ。喜んでもらって」
寄生虫除去のイメージを作る時に付けといて良かった。
浮浪児が寄って来た。
「ありがとう」
「おう」
「ノミとシラミがいなくなった。お兄さんのおかげだってな。ヤルダーから聞いたよ。体にも良いって聞いた」
「まあ、寄生虫が減ることは良いことだ」
ヤルダーも勉強しているな。
衛生環境を良くするのが大事だと分かったか。
魔道具ギルドから強制依頼が入った。
ブラッシングの核石を確保せよと。
王都の寄生虫を根絶したいらしい。
『brushing』、ブラッシングの歌である『ラーラララ♪ララーラ♪ラララー♪ラララ♪ララララ♪ララ♪ラーラ♪ラーラーラ♪』が頭から離れない。
いい加減に別の魔道具作りたいよ。
仕方ない。
俺はこの歌を公開した。
この歌でクラッシャーを操作すると、ブラッシングの核石が作れると教えた。
そうしたら、魔道具大学を作れと王命が下った。
参ったな。
仕方なしに教本を作る。
点火の歌と生水の歌とクラッシャーの歌を書いた。
イメージとコツなどを一緒に書いて。
クラッシャーを作らせるのはこれがなくなったら、この技術が途絶えるからだ。
新たな歌を作り出す研究が始まった。
これは容易ではない。
新たに作る場合、文章とイメージが合ってないと作れないからだ。
ほとんど不可能に近い。
でも研究は始まった。
歌が多くなればなるほど、そのうち英語が解析されて幾種類もの魔道具が生み出されるに違いない。
もともと、技術を独占するつもりはなかった。
ただ、これからも積極的に英語は教えない。
危険な単語も数多くあるからだ。
反物質とか作られたらたまらない。
だから、緩やかに解析が進んで、倫理規定とかできてほしい。
魔道具大学にはちょっと興味がある。
何もすることがなくなったら、教授として採用してもらおう。
猫のブラッシングから、話が壮大になったな。
この星の命運を左右する話になってしまったが、こんなこともあるさ。
いつかはしなきゃならない話だった。
チルルには塩抜き歌を教えたし。
いずれ広まることだ。
トレジャ王は王国を魔道具の生産国家にしたいらしい。
俺も魔道具で幸せにできればそれにこしたことはないと思っている。
ただ兵器を増産して、侵略するようなことがあったら全力で止める。
俺が生きているうちはそういうことはないだろう。
トレジャ王もそこは分かっているはず。
俺が火点けと、生水と、クラッシャーと、ブラッシングしか教えてない意図をくみ取っているはずだ。
ただ、貴族はうるさくなるだろうな。
俺に火の粉が掛かるようなら、全力で阻止する。
魔道具による幸せな世界実現は誰にも邪魔させない。
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