第75話 諦めない心

Side:ベイス


「ラララーラ♪ララー♪ラーラー♪ララ♪ララーララ♪ラーララーラー♪、ラ♪ラーラ♪ラーララーラ♪ラーラーラー♪ラララー♪ララーラ♪ララー♪ラーラーラ♪ラ♪ラーラー♪ラ♪ラーラ♪ラー♪とできたな」


 核石ができたらしい。

 マフラーに核石と溜石と導線が付けられた。

 がわの形は問題じゃない。

 効果だ。

 これがないことには。


「疑っているわけじゃないが、使っても良いか」

「好きに使えよ。金貨30枚だ」

「くそっ、足元見やがって」


 効果がなかったら、違約金を3倍取ってやる。

 マフラーを巻いて魔道具を起動する。


「あなた、何を諦めているのです。しっかりしなさい。負け犬のあなたなど見たくありません」


 殺された妻のアンファティに叱咤激励された。

 こいつは確かに諦められないな。

 これで諦めたら男じゃない。

 敵討ちを忘れたことなどない。


「気にいったぜ」

「そう言うと思ったよ」


 扉から出たら、コインシェープはいなかった。

 デッターが呆けた顔で俺を見てる。


「ベイスさん、姿隠しのスキルですか?」

「似たようなもんだ。このマフラーの魔道具を使え」

「これは何です?」

「勇気の出るおまじないさ」



 デッターが魔道具を起動して涙を流し始めた。


「お前、頑張るよ。父さんは頑張る。借金取りに負けない」

「いいな、さっき見た光景を忘れるな。そうすれば全ては良い方向に進む」

「はい、そんな気がします」

「その魔道具は売るぞ。俺が金貨30枚を取ったら、残りはお前の分だ」

「ええ、売るのですか?」

「それに頼らなくても、頭の中に家族の顔と声があるだろう」

「ええ」


「あれは切っ掛けだ。本物の諦めない心は自分の中から出る。魔道具から出るわけじゃない」

「ですね」


「よし、今こそこの書類を使う時だ」


 俺は収納魔道具から書類を取り出した。


「ええと、俺が金貸しを訴える訴状じゃないですか」

「そうだ。上手くいけば借金がチャラになって慰謝料でウハウハだ」

「そんなことすれば殺し屋が来ます」

「諦めない心はどうしたんだ。やり直したくないのか。家族と会えなくなっていいのか」

「良くない。俺は諦めない」

「その意気だ。魔道具を売った金で護衛を雇え」

「そうします」


「言っとくがひとつ貸しだからな。いつか返せよ」

「はい」


「それと酒造りな。最初は酒精の強い酒を買って果実を漬けろ」

「それじゃ儲かりません。そんなの誰だって作れる」

「それで良いんだよ。コツコツと数を売るんだ。数を売るうちに美味い物が作れるようになる。そうしたら徐々に難しいのにチャレンジするんだ。いいか他人に任せずに自分でやれ」

「分かりました。そうします」


 上手くいったぜ。

 デッターが最後まで踏ん張れば、金貸しが全滅する。

 法定金利を破ってたから、もれなく御用だ。

 デッターよ、長く生きて、良い囮になってくれ。

 そうすれば俺は逃げられる。


 魔道具を売り、デッターと別れ、安宿に泊まった。

 そして何食わぬ顔で門を通過。

 門番が来た時と変わっていたので聞いてみた。


「そいつらなら、金貸しとつるんでて捕まったぞ」

「そうかい。それは愉快だ」

「お前さんも借りてた口か?」

「まあな」


 デッターは無事に訴状を役人に提出できたらしい。

 役人も鼻薬を嗅がされていたと思ったのだがな。

 まあいい、上手くいった分には問題ない。


Side:デッター


 ベイスさんは良い人だ。

 魔道具を売って金貨10枚をくれた。

 貸しだと言っていたが金利なんか要求してない。

 分かってるよ。

 そういう貸しじゃないってことは。

 危機に陥ったら助けろと言うんだろ。

 その時はできる範囲で助けよう。


「お前、あれからベイスを見たか」

「ああ、コインシェープさん。見てませんよ」


 この人も良い人だ。

 訴状を出すのをためらっていたら、俺に任せろと役人の前に連れていかれ、そしてトントン拍子に事が進んだ。


「奴が戻ってくるかも知れん。訴状の裁判が終わるまでは護衛してやる」

「ありがとうございます」


 諦めない心だ。

 妻の顔と子供の顔が浮かぶ。


 『あなたしっかり、こんな所で挫けたら離婚です。とうちゃ、がんばれぇぇぇ』だったな。

 あの魔道具がなくてもやっていけるさ。

 裁判が終わるまでひと頑張りだ。


 酒精の強い酒を買って、桃を漬けた。

 そろそろ良いかな。

 少し舐めてみた。

 うへっ、酒の味しかしない。

 こんな簡単な酒も出来ないなんて。


 『あなたしっかり、こんな所で挫けたら離婚です。とうちゃ、がんばれぇぇぇ』って声が聞こえた気がした。

 うん頑張るよ。


「果実酒か。それは90日ぐらい漬けないと駄目だぞ」

「コインシェープさん、経験者ですか?」

「そんなの田舎で暮らしていれば自然と覚える」

「他にコツとか」

「まず容器の中に熱湯掛ける」

「何でですか」

「カビないおまじないさ」


「他には」

「果物によっては鉄串で穴を開けると良い」

「なるほど」


 コインシェープさんは良い人だ。

 ただ、ベイスさんを追っているんだよな。

 俺が裁判中は責任をもって引き止めておきます。

 果実酒の作り方も聞きたいし。


 『あなたしっかり、こんな所で挫けたら離婚です。とうちゃ、がんばれぇぇぇ』って声が聞こえた気がした。

 頑張ってるよ。

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