第74話 囮

Side:ベイス

「最初、魚の養殖をしました。だって魚1匹が金貨1枚ですよ。儲かる未来しか見えないじゃないですか」


 こいつ、高級魚を狙ったのか。

 高級魚は育てられないから高いんだぞ。


「でどうなった」

「養殖を任せた男が、絶対にできるというので任せてやらせたんですが、いつまで経っても魚が育たない」

「おう」

「金だけが出ていって。利息が払えなくなって辞めました」

「それで?」


「借金の倍の額を借金して、花の栽培を始めました。花なら育たないことなんかないと思って」

「どうなった?」

「花は咲いたんですが、売り物になる本数が少なくて。あんなに品質に厳しいとは思ってなかったです」

「形の悪いのは安く売れよ」

「もちろんそうしましたが、赤字になっちゃって。それで諦めました」


 典型的な失敗例だな。

 それからも同じような失敗が続くんだろうな。


「それで?」

「核石の相場をやりました。相場なんか読めないので予想屋から情報を買ってやったんですが」

「聞かなくても分かる。損をしたんだな」

「ええ、それで今やっているのが酒造り。だって高い酒は金貨100枚もするんですよ。借金を返すにはこれしかないと思って」


「聞かなくても分かる。上手くいってないんだな」

「ええ」


 そして俺はある重要な事を聞き出した。

 思った通りだ。

 これでこいつを囮にできる。

 ツリーハウスから外を見ると、チンピラ達がツリーハウスの木を取り囲んでいる。

 くそっ、ここがばれたか。


「おい、逃げるぞ」

「はい、奴隷落ちは嫌なので言われなくても」


「【恫喝】、この三下が!」


 チンピラが固まる。

 よし、俺はツリーハウスから飛び降りた。

 デッターも上手く着地できたようだ。

 適当な安宿を探しながら走る。

 素泊まり、大銅貨3枚の文字が見えた。

 そこに飛び込む。

 大銅貨6枚をフロントの従業員に投げ渡す。

 そして、出された鍵を掴み取り、部屋を見つけると飛び込んだ。

 デッターも遅れて飛び込んだ。


 ドアの隙間を少し開けて廊下を覗き見る。

 とりあえずは撒けたようだな。

 俺は書類を書き始めた。


「何を書いているんですか?」

「切り札だよ。あいつらを一掃するな」

「へぇ、そんな物が。どれどれ」

「見るな。俺が使えと言ったら使えば良い。内容を知る必要はない」

「やばい物みたいなので見ません」

「それでいい。お前は廊下を見張っとけ」

「はい」


 書類を全部書き上げるのに3時間ぐらい掛かってしまった。


「奴らが来ました」

「良いタイミングだ。逃げるぞ。【恫喝】止まれ!」


 チンピラが固まったので、宿から逃げる。


 くそっ、切り札を使いたいが、それにはデッターの協力が必要だ。

 計画を話したら絶対に嫌がるだろうな。

 この男の性格なら拒否するはずだ。


「お前は、ベイス!」


 そう言ったのは、コインシェープ。

 こいつは俺が拠点としてた街の守備兵だ。

 管轄って言葉を知らないのか。

 恫喝が使えるまでもう少し掛かる。


 ああ、デッターを説得する最後のピースが嵌ればな。

 くそっ、逃げながらじゃ考えがまとまらない。

 必死に逃げるが、コインシェープはしつこく追いかけてくる。


 樽が壁際にあったので、それに乗って、屋根に上がった。

 デッターも同じようにして、おまけに最後の一足で樽を転がした。

 こいつやればできるじゃないか。


 コインシェープは少しもたついた。

 だが、下を離れずに付いて来る。

 そして、建物の繋がりが切れた。

 飛ばないといけないが、飛べる距離じゃない。


 コインシェープは梯子を借りて屋根に登ってきた。

 くそっ、諦めてたまるか。

 2階の窓が開いていて入れそうなので入る。


「きゃあ」


 おっと失礼。

 着替え中ね。


 遅れてやってきたコインシェープは女性にビンタされた。

 デッターは謝罪しながら走り抜けた。

 こいつ憎まれない奴なのか。

 そういう奴もいる。


 追いかけっこは1時間にも及んだ。


 駄目か。

 俺に諦めの文字が浮かんだ。

 俺らしくない。

 デッターじゃあるまいに。

 デッターなら息が切れたら諦めるんだろうな。

 やばい、血の味がしてきた。

 限界が近い。

 それに今日は走ってばかりなので、疲れている。

 体調万端なコインシェープとは比べ物にならない。


「駄目だ」


 デッターが弱音を吐いた。

 最後のピースが嵌った。

 こいつに諦めない心をくれ。

 そういう魔道具が欲しい。

 心からそう思った。


 扉が現れたので飛び込むと、シナグルの工房だった。

 表札を見る暇なんかあるか。

 とにかく助かった。


「ぜぇぜぇ、ぐるじい。みずぅ」

「いらっしゃい。ベイスだったか。今にも死にそうだな。ほいよ、水」


 水を飲んで深呼吸する。

 そして、水を飲む。


「ぷはぁ、助かったぜ」

「ここに来る時はいつも追われているな」

「敵が多いものでな」

「どんな魔道具が欲しい?」

「絶対に諦めない心。それがほしい」

「魔道具で実現するとすれば、精神魔法かな」

「駄目だ。偽物の心じゃメッキが剥げる」

「本物の諦めない心か。難しい注文だ」


 シナグルは考えている。

 難しい注文だとは分かっている。

 だが、デッターに諦めない心が宿らないと、この作戦は上手くいかない。


「できなければ別の手を考える」

「これが本物の諦めない心になるかは分からない。だが魔道具をひとつ作ってやる。上手くいかなかったら、次に来た時に代金は返す」

「上手くいかなかったら、そうするさ」


 さて、どんな魔道具が作られるか。

 無理を言っているのはこっちだからな。

 効果がなくても責めないさ。

 代金の3倍ぐらい違約金をぶんどるけどな。

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