第71話 愛情パン

Side:スイータリア


「捏ね♪捏ね♪美味しくなーれ♪捏ね♪捏ね♪私の愛情パン」

「スイータリアちゃん、どうしたの?」

「愛情を込めているの。魔道具で捏ねているから、これ以上捏ねる必要はないけど、こんなことしかできないから」

「でも、そういう心って必要かも」


 魔道具を使うのはやめない。

 さらに愛情を付け加える。

 美味しくなーれと言ったところで美味しくならないのは私だって分る。

 もう、おしめしてた昔の私じゃない。

 でも、こうすることでなんとなく美味しくなる気がする。

 疲れるまで、精一杯歌いながら、捏ねる。


 パンを寝せている間、私達もお休みタイム。

 テアちゃんと一緒のベッドで寝る。


「ううん。ふわぁ、よく寝た。テアちゃんも起きて」


 テアちゃんを揺する。


「ふぁ、ご飯?」

「パン焼きよ。焼いたら試食しよ」

「うん」


 起きたらパン焼きよ。

 うーん、香ばしくて果物の香りが混ざった良い匂い。

 今回も上手くいった。

 ひとつ食べてみる。

 あれっ、美味しい。

 美味し過ぎる。

 特別な材料を入れたわけじゃないのに。

 愛情がこもったのかな。

 テアちゃんも無言で食べて、お替りしようか迷っている。


「お母さん、変なパンができた」

「見てましょう。はむっ、美味しいわね。物凄く。なんでしょう。コクが違う。何か混ぜた?」

「ううん」

「何の味かしら。美味しいってのは分かるのだけど、言葉にできないわね」


 別に変な材料は混ぜてない。

 しいて言えば、愛情を込めただけ。

 駆け出しの泣いた顔や、喜んでくれている顔を想いながら、美味しくなーれと思って作っただけ。


 冒険者ギルドに持って行った。

 私のメアリと、テアちゃんのフランが歌う。

 歌がいつもより楽しそう。

 この曲を聞いて、冒険者が寄って来た。

 さあ、商売の開始よ。


「おう、今日も美味そうだな」

「いつもありがとう」


「段々と美味くなっているのが分かるからな。今日の出来はどうかな? はむっ、おい美味すぎる。なんでこんなに美味いんだ」

「おっ、そんなに美味いのか。俺にもひとつ」

「はい」

「たしかに美味いな。何の味だ。分からん。秘伝の何かかな」


「うん、偶然できた」

「そうか」


「俺にもくれ」

「俺も」

「こっちもだ」


 押すな押すなの盛況になって、揚げパンを初めて売った時を思い出した。

 それから、材料は変わらないのに安定してこの不思議なパンが作れるようになっちゃった。

 何でこうなったか分からない。

 再びギルドがパンを買い上げてくれるようになった。


 今日も疲労困憊して腕が上がらなくなるまで捏ねる。

 歌いながら。


Side:シナグル・シングルキー


 ギルドで売っているスイータリアのパンが劇的に美味しくなった。

 俺は別に魔道具に特別な機能は付けてない。

 その味はまるで化学調味料を入れたみたいだ。

 どう美味いか言葉で説明できない。

 ただ旨味があるとだけ分かる。


「スイータリアちゃん、【ステータス】って言ってみな」


 スイータリアが遊びにきた時に聞いてみた。


「うん、【ステータス】」

「何か出たか?」

「うん、文字がたくさん」

「スキルのところに変な物があるか」

「ううん、ないと思う」


 スキルじゃないのか。

 いやスイータリアはまだ文字を知らない。

 自分の名前が辛うじて書けるだけだ。

 美味しくなるスキルか。

 美味、調味料、味変、何だろう。


 うーん、分からん。

 鑑定の魔道具作るか


 『Skill appraisal』で、歌は『ラララ♪ラーララー♪ララ♪ララーララ♪ララーララ♪、ララー♪ララーラーラ♪ララーラーラ♪ララーラ♪ララー♪ララ♪ラララ♪ララー♪ララーララ♪』だな。

 虫眼鏡の形のがわに核石と溜石と導線をつける。


 スイータリアを見ると、なしと出た。

 俺を見ると傾聴と出た。

 壊れてはいない。

 あのパンは何だ?


 うーん、分からん。

 特別な事をしたか聞いたら、腕が上がらなくなるまで捏ねていると言ってた。

 いや、一生懸命やったからと言って結果が必ずついてくるとは言えない。


 何だ。

 神様でもいてスイータリアに宿った?

 そんな馬鹿な。

 マギナには色んな原理を知っていると自慢したが、これは分からん。

 うーん、降参だ。


 魔道具で秘密を解き明かすか。

 ええと何の魔道具で。

 成分分析かな。


 『Component analysis』で、歌は『ラーララーラ♪ラーラーラー♪ラーラー♪ララーラーラ♪ラーラーラー♪ラーラ♪ラ♪ラーラ♪ラー♪、ララー♪ラーラ♪ララー♪ララーララ♪ラーララーラー♪ラララ♪ララ♪ラララ♪』。

 今回もがわは虫眼鏡型でいいか。

 パンを見てみる。

 小麦粉、果汁、塩、バター、酵母、魔力旨味。

 はっ、魔力旨味だって。

 なんじゃこりゃ。

 ええと、魔力が旨味成分になったのか。


 謎が全て解けたわけじゃないが少し解けた。

 魔力というのは意志に従う。

 マギナなどスキルを使わないで、魔力で火を起こしたり、自由自在だ。

 だから、これは魔法の一種だな。


 旨味魔法。

 そりゃなんの味が美味いのか、分からないわけだ。

 魔力の旨味じゃな。

 この事実はスイータリアには言わないおこう。

 変に意識すると出来なくなるかも知れない。


 マギナが興味を持ちそうだな。

 でもこちらにも言わない。

 スイータリアに事実が伝わるかも知れないからだ。

 秘密を知るのは少なければ少ない方が良い。


「このパンが美味いのはスイータリアの愛情がこもっているからだ。魔道具で確かめた」

「本当」

「嘘は言わないさ」

「この作り方で良かったのね」

「そうだな。その製法で続けろよ」


 うん、美味い。

 パンを一口食べて考えた。


 そう言えばモンスターの肉も美味いと聞いている。

 実際に食べて美味かった。

 あれも魔力が旨味になっているんだろうな。

 うん、そうに違いない。

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