第68話 ホーンラビット大発生

Side:農民


「もう駄目だ」

「夜逃げするしかないな」

「追っ手が掛かるよな」

「違いない」


 俺は農民。

 今年は豊作だった、さっきまでは。

 何が起こったかと言えばホーンラビットの大発生。

 前兆というか元凶は何か知っている。

 王都で狼系モンスターの毛皮のコートが流行ったのだ。

 そうなると冒険者に依頼も出るし、ギルドを通さずに狩る奴もいる。


 歯止めが利かなくなった。

 この近隣の農民は狩りにきた冒険者を支援した。

 だって街の料理と同じ値段を村で出す料理に払うんだぜ。

 そんなの全面的に支援するだろ。

 自分達は外で寝て、冒険者を家に泊めた奴も多数いる。

 宿賃がたんまり入るからな。


 もう、村はお祭り騒ぎ。

 畑も豊作で言う事なかった。

 だが、ホーンラビットの数が多いなと思った時には手遅れだった。

 ホーンラビットに畑の作物をみんな食われた。

 雑草すら残ってない。

 蝗の大軍の話があるが、あれと同じぐらい酷いありさまだ。


 畑は全滅なので、税は払えない。

 冒険者から落ちた金でもどうにもならない。

 頼みの綱の冒険者は雪崩のように迫ってくるホーンラビットに太刀打ちできなかった。


 俺達は村の倉庫に身を寄せた。

 一番しっかりして、窓がない建物だったからな。


 ホーンラビットの雪崩は恐ろしかった。

 倉庫が何度も揺れて生きた心地がしなかった。

 嵐のように雪崩が過ぎ、外に出て見たら、草という草は全て無くなってた。

 木の葉っぱさえなかった。


 逃げるか?

 どこへ?

 街へ行って生きて行けるか。

 こうなったらホーンラビットの1匹でも倒して死ぬか。

 いいや、あいつらを狩って、飢えをしのぐんだ。


 ホーンラビットの雪崩を遠くから見る。

 白い色が恐ろしい。

 刺激すると一斉に向かってくる。

 冒険者はそれでやられてたからな。


 だが、命が掛かっているんだ。

 村のみんなも同じらしい。

 戦って死にたいと思ったのだな。

 全員が鎌や鍬を装備している。

 戦える子供も全員参加だ。


「よしやるぞ。まずは投石だ」


 村長がそう言って俺達は石を拾って握り締めた。


「投石開始」


 白い雪崩に向かって石を投げる。

 雪崩が激しく動き始めた。

 くそっ、やっぱり逃げた方が良かったか。


 地響きを立てて白い雪崩が迫る。

 ひっ、みんな腰が引けている。

 俺は家族を抱きしめて庇った。

 戦いは無茶だった。


 地響きが止まる。

 顔を上げると、若い男がいるのに気づいた。

 剣を吊るして、収納魔道具と思われるポーチを付けているから、高位の冒険者だ。


「窒息魔道具」


 声はそう聞こえた。

 白い蠢く雪崩が止まった。


 死んだのかあいつらが。

 助かったのか。


「あんた、名前は?」

「冒険者やる時はモールスと名乗っている。ホーンラビットの死骸だが好きにしろ。肉は干し肉に毛皮は繋ぎ合わせてコートや毛布にするといい」

「こんな大量の死骸は捌けない」

「俺が収納魔道具に保管してやろう」

「なんでこんなに親切なんだ」

「冒険者が迷惑を掛けて評判が悪くなると困るんでな。全くSSSランクになるもんじゃないな」


 SSSランクと言ったか、最上位じゃないか。


「ありがたい」


 俺は拝んだ。

 ホーンラビットの死骸が収納魔道具に吸い込まれていく。

 白い痕跡など欠片もなかった。


 モールスは村に着くと100羽の死骸を出した。

 そして、内臓は肥料にと言って魔道具を出した。


 至れり尽くせりだ。

 捌かれたホーンラビットの要らない内臓とかが腐って肥料になった。


 虫殺しの魔道具も貰った。

 干し肉とか毛皮を保管する所で一日に一回使えば良いらしい。

 これなら品物を一度に売らないで値段を見ながら売れる。


 極めつけは植物成長の魔道具。

 ただこれは使い過ぎると土地が駄目になるらしい。

 やり過ぎた恐ろしさはホーンラビットの件で知っている。

 言いつけを守らない奴はいないだろう。


「とうちゃん、ホーンラビットの肉は飽きた」

「こら、なんてことを言うんだ。そんなのなら何も食わなくて良い」

「ごめんよ。もう言わないから」


「食事中、悪い。ちょうど良かった。良い物がある。焼いた肉につけて食べると良い」


 モールスが入ってきてそう言って、瓶に入った液体を置いてった。

 匂いを嗅いでみる。

 美味そうな匂いだ。

 ニンニクの匂いとゴマの匂いがするな。

 後は分からない。

 舐めてみると甘辛い。

 確かに肉に塗ると美味いかも。


 瓶はいくつもあり、味がどれも違うようだ。

 さっそく焼いた肉につけてみる。

 美味い。

 美味すぎる。

 街の料理はこんなに美味いのか。


 この味を知ったら、今までの肉を焼いて塩を振るだけの味には戻れないな。

 なんて罪深いことをするんだ。

 モールス、この恨み、笑顔をもって払わせてもらおう。


「どんどん食え。そしてモールスに、美味い物を食わせやがってこの野郎、幸せな気分になっちゃったじゃないかと言うんだ。恨むぞ祝われろとな」

「うんうん、祝うんだね」


 この肉のタレ、格安でモールスが売ってくれるらしい。

 行商人に交渉して仕入れてもらわないと。


 近隣の村はモールスに救われた。

 足を向けて寝られない。

 モールスの像を彫って神様の祠に入れた。

 もはや神。

 盛大に呪われろじゃなくて、祝われろだ。

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