第66話 意地と幸せの薦め

Side:ドリフト・マスタマリナー


「いらっしゃい」

「おい、ここはどこだ? わしは夢でも見てるのか」

「ここは、ロンティアにあるシナグル工房だよ」

「ロンティアというとどこの国だ?」

「トレジャ王国だよ」

「トレジャ王国というと隣国か。遠いが帰れない距離じゃない」


 だが、わしだけ帰ってどうする。

 乗組員は?

 船長の務めを果たさなければ。


「魔道具で何か困ったことがあるんだよね? あの扉はそういう人の前に現れる」

「死の領域で船が漂流状態だ」

「あの魔力を使ったものは全て駄目なあれか」

「おうそうだ。おそらく魔道具を持って帰っても役に立つまい」

「外部からの力なら届くのか。何か手はありそうだけど」

「とりあえず、持てる分の食料をくれ。それと試しに水生成の魔道具だ」

「はいよ」


 わしは、手で持てる限りに水と食料を持ち帰った。


「船長、どこに行ってたんですか。急に姿が見えなくなって探していたんです」

「お前、魔道具が欲しいと念じてみろ」

「えっと、これでいいですか」

「扉は現れたか?」

「そんな物は見えませんよ。何かの冗談ですか」


 あの扉は誰にもというわけにはいかないのか。

 だが、何か方法があるはずだ。


 わしは、船員にさっきの事態を説明した。

 持って帰った食料という証拠があるのでみんな信じてくれた。

 新鮮な野菜や果物はわしが隠しておいて今出したというわけにはいかないからな。

 トリックではない。

 持って帰った水生成の魔道具はやはり使えない。


「あの、外部からなら干渉できるんですよね。そのシナグル工房で召喚の魔道具を作ってもらったら」

「そうだな。良さそうな手だ」


 召喚の魔道具が欲しい。

 見覚えがある扉が現れた。


 くぐると、シナグル工房だった。


「召喚の魔道具を速攻で頼む」

「承った。よし、ラララ♪ラララー♪ラーラー♪ラーラー♪ラーラーラー♪ラーラ♪だな」


 シナグルがシーソーの魔道具を操作する。

 できた核石と思われる物を、絨毯の隅に取り付けた。

 そして、溜石と導線が取り付けられた。


「やっていいか」

「試運転してみてくれ」


 溜石に魔力を充填しようとして、魔力がないのに気づいた。


「すまん魔力がないらしい」

「俺が、充填してみよう」


 シナグルが溜石に触る。

 わしは副船長の顔を思い浮かべて、絨毯の隅の核石に触って、魔道具を起動した。

 絨毯の上に現れる副船長。

 やったぞ。

 これで全員帰れる。


 わしは、シナグルに魔力を充填してもらい魔道具を何度も使った。


 全員揃ったな。


「皆は帰れ。わしはひとり船に残る」

「船長、お気持ちは分かりますが」


「船を一隻失っておめおめと帰れるか。国王様に申し訳が立たない」

「船長!」

「考え直して下さい」

「そうです」

「国王様もきっと許してくれます」


「すまんな。もう決めたことだ」


 わしは、必要と思われる金を残して、ありったけの金を副船長に託して、船に戻った。

 一人だけの船はがらんとしてて、まるで幽霊船だ。

 あながち間違ってないな。


 だが、船は降りん。

 船長は船と命を共にするものだ。

 まだ船が浮いているうちに逃げ帰るなど出来ない。


 シナグル工房には何度も行けるだろう。

 食料ならそれで補給できる。

 ただ暇なのが恐ろしいだけだ。

 船はいつか陸地に戻るのだろうか。


 望みは薄い。

 だが、難破船が陸地に打ち上げられたという話も聞く。

 可能性がないわけではない。


 わしは死の領域について何日も考えた。

 そしてある結論に至ったのだ。


 シナグル工房で魔道具を起動させようとして、魔力がなかった。

 魔力を使うような行動はしてない。

 となると、この領域では魔力がどこかに吸い取られるのだな。


 魔力がないから魔法もスキルも魔道具も使えない。

 ふむ、魔力が吸い取られないような仕組みを作ればいいのだな。


 魔力の絶対防御と言えば金属スライムだ。

 このモンスターは魔力を通さない。

 この体の素材を使えば、魔力シールドができる。

 盾や鎧などに稀に使われる技術だ。

 ただ鎧は、魔法やスキルを発動できなくなる。

 もっとも、穴を開けておけば問題ないのだが。


 魔道具にこれを施すとして。

 溜石を充填するには、シールドに穴を開けなければいけないな。

 そうなるとそこから魔力が漏れる。

 開閉式の蓋で何とかならないか。


 核石の方にも穴が必要だ。

 ただ核石に魔力がきた時には魔力は現象に変換されている。

 この穴から魔力が漏れることはないだろう。

 そうと決まれば、シナグルにこのアイデアを伝えねば。


「死の領域で使える魔道具がほしい。扉が現れたな」


 扉をくぐる。


「たびたびすまんな。死の領域で使える魔道具を考えた」

「そういう提案は大歓迎だ」


 アイデアを伝えて、水生成の魔道具ができ上がった。

 船に戻り、魔道具の溜石の蓋を外す。

 そこに指を押し付け充填する。

 回復した魔力が溜石に流れ込んでいるのが分かる。

 この領域に吸い取られるより、魔石に吸い取られる方が力が強いらしい。

 だいぶ時間は掛ったが、充填できた。

 核石に触り魔道具を起動する。

 水が生成された。


 この研究の成果をわしの母国に送らねば。

 手紙を書こう。

 母国の魔道具師がなんとかしてくれるはずだ。


 シナグルの工房に行くと、わし宛ての手紙が届いていた。

 『お父さん、お変わりはないですか。私も妻も、お母様も、子供達もみな元気です。帰って来いと命令されてもあなたはたぶん帰らないのでしょうね。あなたは大馬鹿者です。ですが、その頑固さが誇らしいような気もします。くれぐれもお体に気をつけて。息子より』とある

 涙が溢れてきた。

 帰るか。


「悩んでるね」


 シナグルに心を見透かされた。


「わしが帰らないのは馬鹿な意地なのだろうか」

「職務を全うしたいと家族への気持ちで板挟みなんだよね。帰ればいいじゃん。そして船と行き来すれば。シールドした魔道具は使えたんでしょ。ならば船との行き来の魔道具を作るよ」

「それは詭弁ではないのか」

「詭弁もべつに良いんじゃないか。必死になって、みんなが幸せになる方法を探る。それが人としての道じゃないのか。罰は罰として受ければ良い」


 わしの息子より若い奴に言われてしまった。

 道理だな。

 みんなが幸せになる方法を探る。

 そうでなくてはな。


「分かった。船と行き来できる魔道具を作ってくれ」


 船と行き来できる魔道具を作ってもらった。

 船を失った罰は甘んじて受けよう。


 わしはシナグル工房から出て、乗合馬車の停留所に急いだ。

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