第63話 塩抜き

Side:チルル

 納品に行く途中、依頼人のセイラと会った。

 セイラは泣いていた。


「どうしたの?」

「ごめん、みっともない所を見せちゃった」

「いいよ。俺だってさっき失敗して泣いたところ」

「そうね。誰だって失敗する」


「話すと楽になるよ。セイラはどんな失敗?」

「料理しているシチューの鍋に塩の容器を落としちゃった」

「ありがちだね。かまどの上に棚があって調味料の容器があるんだろ。あれは落とすよね」

「慰めてくれるの。じゃあ、毎日その失敗料理を食べてくれる? 罰として全部食べないといけないの」

「塩辛いだけだろ。パンに塗るとかすれば食べられるさ」

「じゃあ、持って来るから食べてみて」


 セイラがパンにシチューを塗って持って来た。

 匂いは食欲をそそる。

 ちょうど小腹が空いてた。


「うわっ」


 確かに食べると塩辛い。

 我慢してでもないと食べられない。

 塩の容器が大きかったんだな。


 俺にこの料理の味を直すことができたら。

 できそうな人を思いついた。

 でも頼って良いんだろうか。

 こんな些細なことで頼るのは申し訳ない。


 熱意だけは負けないと言ったのを思い出した。

 あれは嘘か、いや嘘じゃない。

 証明してみせろと内なる声が囁く。

 やってやろうじゃん。


「やっぱり駄目ね」

「駄目じゃない。俺に任せて」


 セイラとシナグル工房の前に立つ。

 俺の要望は通るだろうか。

 怒られて出入り禁止にならないだろうか。

 そうなったら、謝り倒すだけだ。

 熱意だ。

 俺の武器はそれしかない。


 ごくりと唾を飲み込み、ノックした。


「開いてるよ」

「失礼します」

「どうした。また核石が壊れたのか」

「お願いします」


 俺はいきなり土下座した。


「顔を上げろよ。話を聞いてみないことには」

「ここにいるセイラは料理人見習いなんですが、シチューに塩の容器を落として、罰として全部食べないといけません。可哀想で見てられないんです」

「なるほどね。まあ、女の子を前にして恰好良い所を見せたいんだな」

「そんな」

「まあ良いだろ。嫌いじゃない。立てよ。塩抜きの魔道具を作ってやる」

「待って下さい。塩抜きの魔道具が作れるのなら、たぶん大金持ちにしてあげられると思います」


 セイラがそんなことを言い始めた。


「ほう、言ってみろ」

「漬物などはカビないように塩をきつくします。塩辛くてしょうがないほどです。これを売る前に塩抜きできたら、その店は流行るでしょう。干し肉も同様です」

「なるほど。チルルよりセイラちゃんの方が商売人に向いているな。まあ良いか。アイデア料を魔道具一つに付き銀貨1枚払ってやろう」

「そんなつもりじゃ」

「物事には対価が付きまとう。チルルのさっきの土下座も対価だ。プライドを売って物を買った。まあそういうことだ。だが売り買いは双方いて成り立つ。不快だと思われないように気を付けろ。俺は心の対価を重視する」


「「はい」」


 シナグルは線の入ってない核石をクラッシャーに載せた。

 いいやあれはただの魔石に違いない。


「ラララ♪ララー♪ララーララ♪ラー♪、ララーラ♪ラ♪ラーラー♪ラーラーラー♪ララララー♪ララー♪ララーララ♪」


 シナグルが歌いながら、クラッシャーを操作する。

 俺は歌を必死になって覚えた。

 駄目だ。

 分かんなくなった。

 うろ覚えだ。

 1回じゃ無理だ。


 計量スプーンに核石と溜石と導線が付けられた。


「使ってみろ」

「「ありがとうございます」」


 セイラの店に行って裏口で待つ。


「ばっちり」


 と言ってセイラが顔を出した。

 出されたシチューを食べる。

 うん美味しい。


「あの歌が分かればなぁ」

「分るよ。ラララ♪ララー♪ララーララ♪ラー♪、ララーラ♪ラ♪ラーラー♪ラーラーラー♪ララララー♪ララー♪ララーララ♪でしょ」

「もう1回」


 何度もセイラが口にしたので、完全に覚えた。


「セイラ、凄いな」

「注文とか一度言われて覚えないと怒られるから、できるようになったんだよ」


 依頼の品をギルドに届け、工房に帰り、クラッシャーに魔石を載せる。

 そして、ラの時は短く、ラーの時は長く押す。

 何度が失敗して、塩抜きの核石ができた。

 俺はシナグルの所に怒られる覚悟で行った。


「塩抜きの核石の作り方を覚えました」

「覚えたのか。一度でか?」

「セイラに手伝ってもらいましたが出来ました。試験もしました。許可がないようでしたらこの技は封印します」

「お前、正直な良い奴だな。気に入ったぞ。塩抜きの魔道具なら好きなだけ作れ。セイラちゃんにアイデア料を払うのを忘れるなよ」

「はい」


 良かった。

 心の広い人だ。


 次の日、セイラに会いに行くと、泣いてた。


「また失敗したのか」

「うん、賄い作る時に塩と砂糖間違えちゃって。前もだけど駄目にした調味料と料理の値段は給金から少しずつ引くんだって」

「俺、塩抜きの魔道具を一杯作るよ。でアイデア料を払う」

「うん、ありがと。ありがとついでに失敗した料理を食べてって」


 失敗した料理は甘くて不味かった。

 でもセイラと食べると不思議と美味しく感じる。


「いつかセイラの失敗の全てをカバーできるような魔道具職人になりたい」

「もう、その頃には私、失敗しなくなってるよ」

「あはは、だね」

「ふふっ、そうよ」


 二人で笑い合った。

 二人いると無敵な気がした。

 シナグルさん、いいやシナグル様に感謝だ。


 大師匠とシナグル様を位置付けた。

 シナグル様を見習おう。

 俺も心の広い立派な職人になる。

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