第60話 真夜中の襲撃

Side:シナグル・シングルキー

 真夜中に警報が鳴った。

 おっと扉が破られたな。

 灯りの魔道具を起動して、1階の工房に降りる。


 黒ずくめの人間が4人いた。

 みんな手に剣を持っている。


「足の一本ぐらいは良いそうだ。手は傷つけるなよ。金を生む宝だ」

「おう」

「了解」

「承知」


 悪いけど、眠っているところでもなければ俺は捕まらない。

 手刀を作り、軽く襲撃者の手首を叩く。

 剣が落とされて金属音を立てた。

 4人全部だ。


「速くて、見えなかったぞ」

「とにかく剣を拾うんだ」

「俺は逃げる」

「応援を呼べ」


 逃がすわけなどない。

 適当に投げて、襲撃者の息を詰まらせた。


 前世の高校で柔道やってて良かった。

 さて縛るか。


 呻いている襲撃者をロープで縛る。


「黒幕は誰だ?」

「ヌイサンス侯爵だ」

「頼む。家族が人質に取られているんだ」

「おまけに魔法契約させられて裏切れないようになっている」

「頼む。見逃してくれ。金輪際、襲わない」


 いくら俺でもそういうのを鵜呑みにするほどじゃない。

 だが魔道具は信頼してる。

 嘘判別魔道具を使ったのだ。

 全員真実を喋っている。


 どうするかな。

 殺すのも違うし、そのまま釈放するのも違う。

 守備兵に引き渡すのは口封じされるか、金を積まれて釈放されるだろう。

 俺は貴族の体面など気にしない。

 だが、舐められるのも違う。


「黒幕の名前をあっさり吐いたが裏切りじゃないのか?」

「任務遂行のためには情報を与える手段も含まれている」


 こいつらに魔法契約させて、俺を2度と襲わせないようにはできる。

 でもそれだと別の奴がまた来るに違いない。

 今度は狡猾になってくるはずだ。


 『A virus that makes you a good person』これを歌に『ララー♪、ララララー♪ララ♪ララーラ♪ラララー♪ラララ♪、ラー♪ララララ♪ララー♪ラー♪、ラーラー♪ララー♪ラーララー♪ラ♪ラララ♪、ラーララーラー♪ラーラーラー♪ラララー♪、ララー♪、ラーラーラ♪ラーラーラー♪ラーラーラー♪ラーララ♪、ララーラーラ♪ラ♪ララーラ♪ラララ♪ラーラーラー♪ラーラ♪』そして魔道具に。


 善人になるウィルスだ。

 魔法契約の一種だと思ってくれたらいい。

 でも魔法じゃないウイルスだ。

 魔力で出来ている菌。


 魔力の菌を殺す方法はあるんだろうが、俺は思いつかない。

 契約魔法なら破棄できる自信はある。


 これを全員に使い、持たせて釈放した。

 さて、ヌイサンス侯爵がどうなろうと知ったことではない。

 寝直そう。


Side:裏工作員


 襲撃に失敗した。

 そして善人になるという魔道具を持たされた。

 自身にも使われて、襲撃した後悔の念で一杯だ。


 ヌイサンス侯爵の所に戻ってきた。

 ここまで辿り着くまでに何度もボディチェックは受けたが、その都度魔道具を起動。

 みんなこの魔道具をヌイサンス侯爵に使うのに賛成してくれた。


「首尾は?」

「すみません」


 と言って魔道具を起動する。


「わしはなんとう悪党なのだ。償えるだろうか。手始めにそちたちの魔法契約を破棄しよう。人質も返す。ああ、やることが一杯だ」

「我らも手伝います。同じ善人になった同志ではありませんか」

「うぬ、頼んだぞ」

「償いと言って、金をむやみにばら撒くのはやめましょう。侯爵領が傾いたら沢山の人が不幸になります。できる範囲から謝罪して改めていけばいいのです」

「なるほど。悪事は慣れているが、善行と償いは慣れておらん。これからも助言してくれ」

「かしこまりました」


 任務は大失敗したが、すがすがしい。

 ヌイサンス侯爵を成敗せずに終わったのがさらに嬉しい。

 あのような人でも孫もいる。

 悲しむ人がいるのだ。


 俺は今まで暗殺した人達を思い浮かべた。

 その家族に詫びないといけない。

 できる範囲で侯爵に金を出すように言おう。

 金で亡くなった人は帰ってこないだろうが、慰めになったら良いと思う。

 落ち着いたら、そういう人に謝って回るつもりだ。

 殴られる覚悟はある。

 殴って少しでも気が晴れるのなら黙って殴られよう。


 ヌイサンス侯爵が暗殺したという事実は広められない。

 領が乱れるからだ。

 まだ俺も守備兵に捕まるわけにはいかない。

 全ての暗殺した人の家族に詫びないといけないからだ。

 全て詫びたら、守備兵に自首しよう。


「帰ったぞ」

「あなた、何があったのですか。侯爵の見張りが全員いなくなりました」

「侯爵様は善人になったのだよ」

「信じられません」

「俺も善人になった。これから暗殺した家族に詫びて回らないといけない」

「そうですか。最後は死ぬつもりですね」

「そうなるだろう」

「あなたが助かるという結末はないのですか」

「俺も苦しいのだ。だが、あの魔道具を使えば結果は変わるかも知れん。善人にする魔道具だ」


 俺達はお詫びの旅を始めた。


「あなた達が父を殺したのですか」

「すまん。なんと言って謝ったら良いか分からない」


 俺は善人になる魔道具を使った。


「何で何で」


 泣きながら殴られた。


「不思議なことに復讐心が湧いてきません。でも許せない。絶対に生き続けて償って下さい」


 生きることが償いになるのだな。

 毎年、償いの手紙を書いてお金を送ろう。

 守備兵に自首するのは、全員の家族が死んで良いと言った時だ。

 そう心を新たにした。


 子に誇れる父になった。

 これだけでシングルキー卿には感謝している。

 シングルキー卿に感謝の手紙を書こう。

 ヌイサンス侯爵の近況も書いてだ。

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