第59話 忌々しい歌

Side:ケアレス・リード


 水脈探知魔道具で水の気配を見つけ、井戸掘りの魔道具を使う。

 灰色のパイプが次々に地中に埋まっていき、土を地表に吐き出す。

 やがて土は泥に変わっていった。

 くそう、昨晩眠らないで走り回っていたせいか、もうろうとする。


「友よ。眠そうだな。後は私がやっておく。ゆっくりと休むが良い」


 その言葉を聞いた途端、眠気が一気に襲ってきて意識が途絶えた。

 気が付いたら天蓋付きの寝台の上だった。


 水だ水だという声が聞こえる。

 リプレース卿は上手くやっているらしい。

 体が痛い。

 だが、やり遂げたぞ。


 回復まで3日掛かった。

 ちょうど約束の期限だ。


「リプレース、上手く行ったようだな」

「ああ、ばっちりさ。だが、王の裁定があると思うと気が重い」

「私は、この民衆の笑顔を見ていると、些事などどうでも良いような気さえしてくる」


 私は貴族らしく行動できただろうか。

 自分自身の心に問い掛けるとよくやったという思いが溢れてくる。

 死ぬとしても満足の中で死ねる。


 早く妻の元に戻らないと、死ぬとしても妻の顔を見てから死にたい。


「戻ったぞ」

「あなたの歌が聞こえてきましたよ。戦争を止めたのですね。さすがリード卿だと人々の噂です。妻として誇らしいですわ」

「ああ、私は走っただけだ。いつも全力で走っていると思い通りに行く。きっと神が私が懸命に走る姿を見て、奇跡を起こしてくれているのだろう」


 それから1週間後。

 王城から呼び出しがきた。

 伝令の仕事ではない。


 王の名を騙った件の裁定だ。

 王の前にリプレース卿と跪く。


「両名ともご苦労だった。顔を上げるが良い」


 王は苦虫を噛み潰したような顔をしてる。

 怒っていらっしゃるのだな。

 無理もない。

 勝手に自分の名前が使われれば体面に関わる。


 王は腹立たしいのか大股でわざと足音高く歩き、私のそばに来た。

 そして小声で。


「全く腹立たしい。シングルキー卿には今回もやられた。いつかぎゃふんと言わせてみせるぞ」

「どういうことか分かりませんが」

「聞こえているだろ。あれだ。あの忌々しい歌め」


 耳を澄ます。


「不毛な戦い♪一触即発♪響き渡る歌声♪王の恩情♪戦いは終わった♪トレジャ王万歳♪リード卿万歳♪歌姫ディヴァ万歳♪」


 不明瞭だったがそう聞こえた。

 民衆が大声で歌っているらしい。


「王を讃える良い歌ではありませんか」

「ここでそなたを処罰すれば、わしは愚王になってしまう。お前は王の名前など語らなかった。あれは全部わしの指示だ。いいな」

「かしこまりました」

「全く忌々しい」


 王が玉座に戻り。


「褒美は後日だ」


 王の裁定が終わった。


「友よ、なんとかなったな」

「リプレース卿とシングルキー卿のおかげだ。しかしシングルキー卿が王に一杯食わせたのは何だろうな。井戸掘りの件ではないな

「ああ、それか、ディヴァが外で歌っている民衆を扇動したらしい。指示したのはシングルキー卿だ」

「なんと、そのようなことが」


 王からの褒美は金銭にして、私の分は全てシングルキー卿に送った。

 魔道具の代金だ。

 王から取ったのなら文句は言うまい。


Side:ある農民


 戦いは怖くはなかった。

 みんなは敵を殲滅するぞと叫んでいて、俺もその気になってた。

 戦場、歌声が聞こえた時に疑念が湧いてきた。

 この戦いは正しいのかと。


 そして、井戸を必ず掘ると王が約束してくれた。

 その時、情けないことに正直ほっとしたんだ。


 足が震えているのに気が付いた。

 怖くないと思ったが、怖かったんだな。

 上の役人や貴族や騎士様達は、王の命に背くわけにはいかないと、撤退を叫んだ。

 これで良かったんだな。


 家に帰ると妻が出迎えてくれた。


「あなたが死ななくてよかった。あなたが死んだら私とこの子達はどうなってしまうの」

「もう戦いは終わった。王が救いの手を差し伸べてくれた」


「水だ。井戸から水が出たぞ」


 村人が触れ回っているのが聞こえた。

 俺は外に出て、人が集まっている村はずれにいくと。奇妙な魔道具が奇妙な筒に付けられていた。


「よし俺がやるぞ。溜石に触って魔力を充填。で核石を触って起動。おお、出た出た」


 あの魔道具は水を出す魔道具だったらしい。

 みんなが使ったら魔道具は壊れるんじゃないか。


「壊れたらどうするんだ」


 俺は疑問の声を上げた。


「雨が降って川の水量が戻るまで、王が直して下さるとよ」

「慈悲深いことだな」


「だが、水を出す魔道具の核石はAランク魔石でおまけに新品だ。何万回は持つと村長は言ってたな」

「そうか。そんなに良い物を。あとは雨が降ることを祈るしかないな」

「そのうち降るさ。そういう季節だ」


 歌手が一人村を訪れた。


「みなさん、王都に行って感謝の言葉を王に伝えましょう」

「どう言葉にしたらいいか」

「歌にしてありますよ。王都の道中に練習すれば良いでしょう」


 俺にも出来そうだ。

 よし、王都に行って感謝の気持ちを伝えるぞ。

 路銀ならもう飢饉の恐れがないんだから、貯め込んだ金を使える。

 今使わないでいつ使うんだ。

 みんなも同じ気持ちらしい。

 そう目が語ってた。


 王都見物をして、王様の城の前で歌い始めた。

 俺はイスト側の人間だが、ウェス側の人間と一緒になって歌った。

 イストもウェスも同じ人間、剣で刺せば血が流れ、死ねば家族が悲しむ。

 何でこんなことを気づかなかったのか。


 だが、不作だと大勢が死ぬ。

 身内がそれに含まれると思うと、居ても立ってもいられなくなる。

 仕方ないんだ。

 何が悪いわけじゃない。

 ただ、次は戦いを回避する手立てを考えてから、何も浮かばなければ戦おうと思った。


「不毛な戦い♪一触即発♪響き渡る歌声♪王の恩情♪戦いは終わった♪トレジャ王万歳♪リード卿万歳♪歌姫ディヴァ万歳♪」


 大勢いたのでバラバラだった歌が、歌うにつれてぴったりと合ってくる。

 こういうのも気持ちいいな。

 飲んだ時に歌うのとは別の快感がある。

 一体になった感触というのかな。


 俺の歌は大勢の歌の一部だが、俺の歌が全体の歌みたいな錯覚を覚えた。

 そして、王の慈悲を伝えた貴族が魔道具の大声でありがとうと言って、俺達の歌は終わった。

 名残惜しい気持ちもある。

 そうだ、来年からこれを祭りにしよう。

 みんなで王都見物して王城の前で歌うんだ。

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