第58話 最後のピース

Side:ケアレス・リード


 不思議な扉を潜ると、いつものマイスト工房ではなかった。


「いらっしゃい」


 迎えてくれた友のシングルキー卿の笑顔はいつもと変わりない。

 工房は引っ越ししたのだろう。


「厄介を掛ける」

「あなたは、格安で依頼を受ける数少ない貴族だよ」

「そうか、友よ。シングルキー卿も私を友だと思ってくれるのだな」

「ああ、魔道具の代金なら、取れる所から取るさ。それで今度はどんな依頼だ」

「水脈探知と井戸掘りの魔道具が欲しい」


 シングルキー卿がシーソー型の魔道具を出してきて、その魔道具に魔石を載せる。


「そういう平和な奴なら大歓迎さ。ララーラー♪ララー♪ラー♪ラ♪ララーラ♪、ララララー♪ラ♪ララ♪ラーラ♪、ラーララ♪ラ♪ラー♪ラ♪ラーララーラ♪ラー♪ララ♪ラーラーラー♪ラーラ♪と、ララーラー♪ラ♪ララーララ♪ララーララ♪、ラーララ♪ララ♪ラーラーラ♪ラーラーラ♪ララ♪ラーラ♪ラーラーラ♪だな。おお、一発でできた手応え」


 シングルキー卿がシーソー型の魔道具を操作した。

 いつ見ても不思議な光景だ。

 あんなもので魔道具の核石が生まれるとはな。

 シングルキー卿がL字型とドリル型の魔道具を作った。


「苦労を掛けたな」

「いやまだこれからだ」

「何か?」

「ララーラーラ♪ラララー♪ラーラー♪ララーラーラ♪と、これはポンプだ。水汲みの魔道具だな」

「おお、ありがたい。だが、ひとつでは足りないのだよ」

「明日の朝までに1000個作るよ。取りに来い。それとこれを忘れたらいけない」


 シングルキー卿がポーションを魔道具に奉げて、工房いっぱいの灰色の管を召喚した。

 不思議な材質の物だな。

 ひとつ手に取ってみる、軽いが木ではないな。

 金属でもない。

 ふむ、聞かないでおこう。


 その管を収納魔道具で仕舞う。


「あの管は井戸掘り魔道具とセットで使うのだな」

「そうだよ。魔道具が勝手に管を継ぎ足して、地中深く穴を開けた所が埋まらないように管を入れる」


 ああ、何とかなったが、これで良いのだろうか。


 魔道具を手に扉に入った所に戻った。


 何か忘れている気もする。

 家に走って戻らねば、妻のグレイラが私の帰りを待っている。


 家に帰る頃には日は暮れていた。


「帰ったぞ」

「お帰りなさい。あら」


 グレイラの顔が歪んだ。


「ハニーのそんな顔は見たくないのだが、いったいどうしたんだ」

「自分の心にお聞きになって」

「心当たりはないのだが」

「嘘を言っているようではございませんね。香水の僅かな香りがしたのです」

「移り香したのだな。きっとディヴァだな。香水が凄かったからな。ディヴァは歌手なんだ。なんと歌で戦いを止めようとしている。そうだこれだ。彼女を探さないと」


 最後のピースが嵌った。


「何か必死ですね」

「大勢の民の命が掛かっているのだ」

「こんな可愛い妻を放っておいて言ってしまわれるのですね」

「すまぬ。行かねば、一生後悔が残りそうだ」

「また英雄譚を残すのですね。恋歌が聞こえてきたら、離婚です」

「分かっておる。では急がねば」


 私は屋敷を出ると路地に向かって走り出した。

 扉はあった。

 ありがたい。


「おや、忘れ物?」

「そうなんだ。もはや戦いは避けられない。止めるには戦場の端から端まで届かせる魔道具が必要なのだ」

「戦いが起こるのか。そいつは止めないとな。ララーララ♪ラーラーラー♪ラララー♪ラーララ♪ラララ♪ララーラーラ♪ラ♪ララー♪ラーララー♪ラ♪ララーラ♪。これでいい」


 シングルキー卿が漏斗を加工して、核石と溜石と導線を取り付けた。

 ラッパだな。

 拡声の魔道具に相応しい形だ。


 シングルキー卿の工房を出て、イストの街へ走る。

 ディヴァは酒場で歌っているだろうか。

 どうかいてくれ。


 イストの街に着いた時は完全に夜になっていた。

 酒場を回るが、彼女の姿はない。

 ウェスの街にも行ってやはり酒場を巡るがいない。

 くっ、彼女が最後のピースなのだ。


 朝まで探したが、どこにも彼女の姿はなかった。

 両軍は朝から集まり始めた。

 時間がない。


 驚いたことにシングルキー卿が現れた。


「どうなったか気になってな。見に来たよ。戦いが始まりそうだな」

「歌手のディヴァを探さねば」

「待てよ。俺のスキルで探してやる。【傾聴】。あっちから歌声が聞こえる」


 シングルキー卿の案内で辿り着いた高台で、ディヴァが歌っているのが見えた。


「あなたは戦いに行き♪血塗られた手で♪。ケアレスじゃない、どうしたの?」

「秘密兵器を持って来た。拡声の魔道具だ。戦場の端まで声が届くだろう」

「それはありがたいわね。虚しさを感じていた所なの。私の歌なんて誰の心にも届かないって」


 もう時間がない。

 両軍は睨み合いしてる。


「ディヴァ殿、頼む」

「頼まれなかったって歌うわ。血を吐くほどにも。行くわよ。私の歌を聞けぇ。あなたは戦いに行き♪血塗られた手で♪我が子を♪恋人を♪愛しい人を♪何で抱ける♪私は悲しい♪平和の歌が届きますように♪……」


 歌が響き渡り、戦いが始まる寸前の進軍している両軍が止まった。

 やったぞ歌が効いている。


「拡声の魔道具を貸してくれ。こほん。国王はこの戦いに心を痛めておられる。3日の猶予をくれ。必要な数の井戸を掘ってみせる。国王の名前に懸けて約束する」


 両軍が撤退して、軍は解体された。

 やったな。

 成し遂げた。

 シングルキー卿とディヴァが何か話している。

 シングルキー卿は千個のポンプ魔道具を置いて、転移した。


 リプレースの所に行くと、リプレースは険しい顔をしている。


「友よ、いつ王に許可を得たのだ」

「許可など得てない」

「王の名前を騙ったのか」

「仕方ないだろう。ああでも言わないと軍は引き下がらない」

「済まない。貧乏くじを引かせたな。もし貴殿が王の不興を買って処刑ともなれば、私も一緒に死のう」

「時間がない。井戸の設置を急ぐぞ」


 王は怒るだろうな。

 仕方ない。

 これしか方法がなかったのだ。

 いまでもこの決断を恥じることはない。

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