第50話 壊れた髪飾り
Side:ネティブ
僕はネティブ、まだひよっこの店員。
「僕、何かな?」
男の子が泣きそうな目でこちらを見ている。
僕、何かした?
ぜんぜん覚えがないんだけど。
「ぐすん。うわーん。お母さんが大事にしてた髪飾りを壊した」
「落ち着いて。髪飾りが壊れたんだね。それで新しいのを買いに来た?」
「ううん」
泣きながら、首を振る男の子。
「じゃあ修理かな?」
「うん」
修理か。
うちは修理をやってない。
でもここで無下にすると泣いて他の客の注目を集める。
僕が悪者になるのは構わない。
店の体面が汚されるのも頂けない。
「じゃあ、工房に行って、修理ができるか聞いてあげるよ。その前にお母さんには謝ったのかな」
「うん。笑っていたけど、凄く悲しそうだった」
「じゃあ、髪飾りを見せて」
ポーチから出されて、差し出された髪飾りを見る。
蝶の形の銀製だ。
踏んづけたのか、歪んでる。
「どう?」
「酷く歪んでるけど、どうして」
「ぐすん、踏んづけた後に元に戻そうと何回も力を入れたらぐにゃぐにゃになっちゃった」
「そうか。今度から手に負えないと思ったら、大人の人に言うんだよ。叱っているわけじゃない。君はひとつ賢くなった。偉いぞ」
「うん。絶対に言う」
「それで修理代金はいくらあるのかな。工房の人と相談しなくちゃいけないから」
「これ」
ポーチから出されたものは青い透明なY字の取っ手だった。
宝石かな。
端をちょっとナイフで削ってみる。
糸のような削りカスができた。
柔らかいな。
硬い木ほどだな。
宝石ではないような。
何だろ。
不思議だ。
そうだ。
機会があればシナグルさんに持っていこう。
珍しい物を持って行く約束だ。
となると工房への修理代金は僕の自腹だな。
仕方ない。
シナグルには格安で金貨10枚はするであろう魔道具を作ってもらった。
それに報いるためなら銀貨数枚ぐらい惜しくない。
「僕、名前は?」
「エイタ」
僕は受け取り証をさらさらと書いてエイタに渡した。
「確かに承りました。少し時間は掛かると思うから待っててね」
「うん」
休み時間、髪飾りを持って訪ねた工房は、気難しそうなドワーフの職人が銀細工を作ってた。
色々な形の銀の線や板がある。
「修理を頼みたい」
「見せてみな」
「これだけど」
僕が髪飾りをみせると、職人は手に取って色々な角度から眺めた。
「駄目だな」
「えっ駄目」
「叩いたりして真っ直ぐするんだが、ここを見てみろ。ひびが入っている。何度も曲げたからだろう。たぶん、折れる」
「ほんとだひびが入ってもう折れそうだ」
「溶かして、別の物を作った方が良い」
「それじゃ依頼主が納得しない。折れてもいいから真っ直ぐにしてみてくれ」
「まあ、そういう要望なら仕方ないな」
職人は小さいハンマーで慎重に髪飾りを叩いた。
あっ、折れてしまった。
「こうなると思ってたよ。鋳つぶして何か作るかい?」
「持ち帰って考えたい」
「好きにするさ」
修理は終わってないが、手間賃の大銅貨2枚を払って工房を出た。
「修理できた?」
次の日、エイタが訪ねてきた。
「まだなんだ」
ここで折れたから鋳つぶすのはどうかとは言えない。
「そう。やっぱりお母さんの言うことが正しかったんだ」
がっかりした様子のエイタ。
「お母さんはなんて?」
「物はいつか壊れるものよ。だから大事に使うのだって、ぐすん」
話題を変えないと。
「これはどういう品なんだ?」
「お父さんがお母さんに最初に上げたプレゼントなんだって」
いきなり話が重くなった。
責任が圧し掛かった気がする。
いよいよ駄目だとは言いづらい。
「じゃあ丁寧に直さないとね」
エイタが帰ってから、接着剤で折れた部分を付けてみた。
ちょっと指で触るとポロリと折れた部分が落ちた。
こんなんじゃ駄目だ。
次の日またエイタが来た。
「直った?」
「まだなんだ」
「お母さんは思い出の品ならまだあるからって言ったけど、やっぱり悲しそう。ぐすっ」
安請け合いすべきじゃなかったか。
でもどうすればよかったんだ。
「僕が必ず直す。約束する。男と男の約束だ」
男と男の約束を持ち出してしまった。
いよいよ後がない。
「馬鹿だな。そういう時は上手く丸め込んで新しい品物を買わせるんだよ。鋳つぶした銀の価値なら安物を買える」
僕からの相談を受けてくれた先輩からそう言われた。
でもそれが正しいことに思えないんだ。
銀の薄い板を手に入れて、折れた箇所に巻いてみた。
付いたが不格好だ。
これじゃさらに悲しくなるだろ。
次の日またエイタが来た。
「直った?」
「まだなんだ」
「お母さんは諦めなさいっていうんだけど、諦めたくない」
「お兄さんもだよ」
「うわーん、僕のせいだ。足元を良く見てなかったから」
「不注意は誰にでもある。必ず直すよ。男と男の約束だろう」
「ほんとう?」
「本当だ」
どうするかな。
エイタが帰り、店が終わり、半田を熱した鉄串に付けて溶かす。
それを折れた箇所にちょっと塗って、折れた部品を付けた。
上手く付いたが、半田と銀じゃ輝きが違う。
良く見ると修理したことが丸わかりだ。
半田で良いのなら、工房の職人がやっているよな。
うーん、できましたと渡すのが正しいことなんだろうか。
思い切って会頭に相談してみた。
「お前はどう思う?」
「このまま渡すのは何か違うかなと」
「どうしたいのかと、何のためにを考えろ」
「どうしたいのかは元通りに戻したい。何のためかは思い出の品を失わせたくない」
「いつもできる範囲で最高の商品をと考えるんだ。お前がまだ最高じゃないって言うんなら違うのだろう。最高を目指せ。上客から無茶を言われた時の練習だと思ってな」
「いいえ、本番の真剣勝負です。でないとあの子が可哀想だ」
「いっちょ前だな。だが良い心がけだ。お前は立派な商人になれるかもな」
褒められたが、問題は解決してない。
「解決した時にそのお言葉を頂きます」
「そうだな」
あー、勢いで言ってしまったが、どうしよう。
僕は机の上に置いてある花瓶の形の魔道具を起動した。
故郷の黄色い花が現れて、そしてしばらくして消えた。
そうだ。
幻でも髪飾りがあれば、いいや、その幻を参考にそっくりな物を作るんだ。
幻の魔道具が欲しい。
路地に行くと扉があった。
良かった、ここが頼みの綱だった。
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