第2部 工房独立編
第13章 甦る思い出
第49話 独立
Side:シナグル・シングルキー
「シナグル、お前、そうとう貯め込んでいるよな」
マイストから改まって話があるらしい。
借金でも申し込むのかな。
その時気兼ねなく貸そう。
「ええ、それがどうかしました?」
「工房を作れよ」
「えっとマイスト2号店ですか」
「少し違うな。お前の工房を持つんだよ」
「えっ首ですか?」
「鈍い奴だな。のれん分けだ。免許皆伝ってわけだ」
「俺が?」
「そうだよ。お前は王都だってやっていける奴さ」
「この街から出ませんよ」
「それで良い。お前は俺と客層が被らないからな。だって貴族の依頼か、金のない奴しか依頼を受けないだろう」
「ええ、金なんか貴族からぼったくれば、良いんです。物を大事にしてくれる本当のお客さんはただでも作るが俺の信条です」
「それでやっていけるんだから、立派だよ」
「師匠、今までお世話になりました」
「おい、今生の別れみたいだな。この街から出ないんだろ」
「ええ、転移の魔道具で出掛けるかも知れないけど、俺のホームはこの街です」
「じゃあ、頑張れ」
さて、どうしよう。
既に建てられている中古物件か、土地を買って新しい工房にするか、どっちだ。
新しい物は確かに良い。
でも物は使い倒してこそだと思う。
中古物件が良いな。
不動産屋に行くと何枚もの候補を出された。
その中のポーション工房だった物件に決めた。
「いいんですか。薬草の匂いが染みついてますよ」
「いいんだ。それで格安なんだろ」
「ええ」
蔦が壁に這っている建物は趣がある。
実に名店ぽい。
中は何もないが、匂いが確かに染み込んでる。
こういう時こそ魔道具の出番だ。
消臭のデオドライズ。
『deodorize』これを歌にして、『ラーララ♪ラ♪ラーラーラー♪ラーララ♪ラーラーラー♪ララーラ♪ララ♪ラーラーララ♪ラ♪』かな。
うん、この魔道具は結構、受けるだろうな。
貴族とかが高い金を出しそうだ。
金に困ったらぼったくろう。
消臭の魔道具を起動。
匂いがなくなる。
でもしばらくするとまた匂いが立ち込めた。
元から絶たないと駄目みたいだ。
悪臭の元を絶つ、『Eliminate the source of bad odor』の『ラ♪ララーララ♪ララ♪ラーラー♪ララ♪ラーラ♪ララー♪ラー♪ラ♪、ラー♪ララララ♪ラ♪、ラララ♪ラーラーラー♪ラララー♪ララーラ♪ラーララーラ♪ラ♪、ラーラーラー♪ラララーラ♪、ラーラララ♪ララー♪ラーララ♪ ラーラーラー♪ラーララ♪ラーラーラー♪ララーラ♪』で良いか。
歌はかなり長くなるが、何回か挑戦すれば核石はできるだろう。
最初の消臭の魔道具は、金貨1枚かな。
悪臭の元を絶つのは、金貨30枚は取ってもいいな。
他に問題点はと?
かまどと煙突は工房に要らないが、まああっても邪魔にはならないだろう。
マイストが表札を持ってきた。
「開業祝いだ」
表札にはシナグル工房とある。
文字の所が曇りガラスになっている凝った作品だ。
「これって魔道具ですよね」
「そうだ光の魔道具が中に仕込んである。暗い日に使うと目立って良いぞ」
「夜には店はやらないから、確かに暗い日しか使えないけど、ありがとうございます」
店部分は作らない。
客は要らないからだ。
貴族には俺の名前が響き渡っている。
魔道具ギルドでSSSランクだから、どんな要望も受けると。
どんな要望も受けないよ。
暗殺に使える類の魔道具は受けない。
それと作物を枯らせるようなそんな魔道具もだ。
俺が駄目だと思った魔道具は受けない。
準備は進み、開業の日を迎えた。
「開業おめでとう」
花束を持ってマギナがやってきた。
「おめでとさん。くっ、先を越されたぜ」
少し経って、肉を持ったソルもやってきた。
「お兄ちゃんおめでとう」
ほどなくして、スイータリアもやってきた。
手にはパンの入った籠。
「3人ともありがとう」
宴会に突入。
「これお返し。消臭の魔道具。元から絶つ奴じゃないけど」
「ありがとう。薬品の匂いがこもった時に使うわ」
「あたいは糞した時に使うぜ。がははは」
「下品なんだから」
「お前だってきっと糞した時に使うだろ」
「嫌ね。大人はこれだから。私は来客があった時だけ使うわ」
「おこちゃまは澄ましているな。大人は汚れも認めるんだよ」
ソルの奴、酔っているな。
ソルが俺に向かい合って俺の顎に手をやり少し角度を変えた。
何をするのかと思ったら、酒の味のキスして来やがった。
「次は私ですね」
呆気に取られている俺にマギナもキスをする。
「私も」
スイータリアがひょんぴょん跳ねている。
「いやスイータリアは背が伸びてからだな」
「そんな」
「がはは、本当のプレゼントを渡せたぜ」
「幸運のおまじないですわ」
まあいいけど。
スイータリアがすねている。
俺は屈んで横を向いた。
「頬ならいいよ」
「それで、許してあげる」
スイータリアが俺の頬にキスをした。
なんとなく微笑ましい。
場がなごんでお開きになった。
工房の2階の自室のベッドに横たわる。
なんだがスタートを切れた気がする。
俺の職人としてのスタートはここからだ。
今までは見習いだな。
今日から一人前の職人。
そう思うと気が引き締まった。
「誰かいますか!」
戸締りしたはずなのに。
ああ、転移扉を起動したままだった。
誰か来たのだな。
よし、職人としての初めてのお客だ。
職人の名に恥じぬ、丁寧な仕事をするぞ。
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