第46話 憧れ

Side:ベイス


 ふう、村に着いた。

 スタッピッドが駆け出して行く。

 俺も負けじと走った。

 逃げる債務者を追いかけるなんて日常茶飯事だったからな。

 逃げられたら、とりっぱぐれだ。

 そんなことは許さない。


 とにかく、スタッピッドはある家に駆けこんだ。

 寝室に親父さんと思われる人が寝かされている。

 酷い匂いだ。

 死んでるんじゃないかと言おうとしたが、胸が僅かに上下しているのがみえた。


「お父さん死なないで」

「スタッピッド、もう助からないよ。きっと声は聞こえている」


「嫌だ。せっかく間に合ったんだ。グッピさん」

「おう」


 魔道具を使う。

 親父さんの目がぱっちり開いて。


「腹減った」


 スタッピッドが親父さんに抱き着いて泣く。


「麦がゆとスープをすぐに作るよ」


 スタッピッドのお袋さんが涙をこらえて出て行った。

 感動のシーンだが。

 こんなのじゃ飯は食えない。


「奇跡だ」


 集まって来た村人が口々に言う。

 そういうのは良いから。


 親父さんは寝たきりだったのが嘘のように元気になった。


「ありがたや、ありがたや」


 村では拝まれている。

 柄じゃない。

 だが、悪くないなと思っている俺もいる。

 俺はどうしちまったんだ。

 悪党のクズが俺だったんじゃないか。


 それとも何だ、俺は英雄とか偉人とかに憧れていたのか。

 ああ、そうだ。

 けった糞悪い盗足と恫喝スキルを呪わない日はなかった。


 憧れていたんだ。

 人々の役に立つスキルに。

 そうか、俺はそういう者になりたかったんだな。

 そうかよ。

 だが、悪行とクズが染みついている。

 今更だ。

 それが分かったから何だって言うんだ。

 何も変わらない。


 女房の復讐を遂げたら新しく生き直すってのはどうだ。

 柄じゃない。

 変なことを考えちまった。

 それというのも村の人達が俺を聖者みたいに拝むからだ。


 スタッピッドに別れを告げることにした。


「この治癒の魔道具は村へ置いておく」

「えっ」


 だってだよ。

 逃げている最中に使ったら俺の居場所を宣伝しているようなものじゃないか。

 使えないってことだよな。

 使えないのなら要らない。

 これを持っていると災いを呼ぶ気がしている。

 なんせ病気が治るなんて知れたら、殺してでも奪おうとするに違いない。


 ひっそりと村へ宝物として置かれる方が良い。


「これは貸しだ。貸しはいずれ返してもらう。今はその時じゃない」


 意味深なことを言ってしまった。

 貸すのが俺の仕事だからな。


「はい、いずれ路銀と共にお返しします」

「待ってるよ」


 そう言って俺は野菜を売りに行く荷馬車に乗り込んだ。

 空は綺麗に晴れ渡っていた。

 鳥が大空を飛んで行く。


 何となく旅も良いなと思った。

 途中、馬に乗った奴にすれ違った。


 コインシェープの野郎だ。

 俺は寝返りを打って顔をそむけた。

 ばれたかな。

 馬の足音が遠ざかっていく。

 ひやひやさせやがって。


 コインシェープの野郎は追跡系のスキルを持っているに違いない。

 くそっ、いつか捕まるような気がする。


 それにしてもしつこいな。

 守備兵の権限は街の中だけじゃないのか。


 これは真犯人を探さないと。

 どうやって探す。

 顧客リストは金庫から持って来た。

 この中に犯人がいるのか分からないが、可能性は十分にある。

 返済を終えた奴は除外するとして、最近俺が酷い目に遭わせた奴に決まっている。

 元の街に住んでる奴は最後に訪ねるとして、ここから近いのは奴だな。


 それと殺されたアンファティの浮気相手だ。

 女房のアンファティは浮気癖がある女だった。

 まあ、その分、俺も愛人とよろしくやってたが。


 長い旅になりそうだ。


Side:スタッピッド


 父さんが危篤だという手紙を受け取った。

 だが生憎、手元にはお金がない。

 俺の仕事は絵描きで絵が全然売れないからだ。

 画材に全てお金を使ってしまった。


 酒場で画家仲間に金を貸してくれるように頼む。


「いや画家になんか貸さないよ。画家のことは俺が一番分かっている。画家だからね。飲み代か、食費か、画材に姿を変えちまう。親父さんが危篤なんて嘘だろう。俺もその手はよく使ったよ」


 仲間の反応は皆同じような感じだった。

 焦った俺は画家仲間だけでなく酒場の客に話し掛けた。

 そして、話を聞く人が現れた。

 グッピさんだ。


 もう、拝みたいぐらい嬉しかった。

 世の中にはこんな人がいるんだなと思った。

 もし誰かに父親が危篤で金がないと言われたら、俺は出来る限りのことはしてやろう。

 そして、酒場で人が倒れた。

 グッピさんは嫌そうだったが、その人を癒した。


 そればかりか、次々に運ばれる重病人を癒した。

 嫌そうだったが、根は良い人に違いない。


 そして、村へ到着、父さんはやつれ果て、意識がなかった。

 グッピさんの魔道具はそれも癒した。

 この魔道具は神器かも。

 そう思ったが口には出さない。

 グッピさんて何者と思ったが、それを口に出すのは、はばかられた

 別れる時にその神器を村へ残すという。

 その顔がせいせいしたと言わんばかりだった。

 きっとこの神器が重荷だったんだな。


 それは良く分かる。

 俺だってこれを持って街で暮らしていたら、びくびくしながら生きていたに違いない。


 村ならよそ者が入って来ることもないし。

 もし盗まれても村人はさほど気にしないだろう。

 村の宝の扱いなんてそんなものだ。


 グッピさんの旅に幸あれと祈らずにはおられない。

 いつか借りを返しに行きます。

 そう誓った。

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