第45話 変装

Side:ベイス

 酒場に戻ると、旅行する準備を整えて、スタッピッドは既に来ていた。


「ああ、グッピさん。それで薬は手に入りましたか」

「もっと良い物がある。治癒の魔道具だ」

「そんな高価な物をありがとうございます」

「良いって。で相談がある。お前の村まで一緒に行っていいか。従弟のグッピとして」

「なぜです」


 さあ、ここでの言い訳が生死を分ける。


「俺は有名なんだよ。で敵も多い。今も敵は俺を追跡してる」

「そうなんですか。それは大変ですね」

「だろ、俺は今から従弟のグッピ」

「分かりました」


 やった、チョロいぜ。

 こいつが俺の身元を保証してくれれば街から出られる。


「ぐっ」


 酒を飲んでた男が椅子から転げ落ちた。

 病気か、毒か、どちらにせよ関わり合いにはなりたくない。


「助けてあげましょう。治癒の魔道具を持っているんですよね」


 今更できないとは言えない。

 あの工房のシナグルが俺を騙してなきゃ治るはずだ。

 ちらりとあの時の言葉が、浮かび上がった『あんたからは悪人の匂いがする。だけど、酒場で話を聞いてやったのは本当だろう。それは善行だ』そう言われた。

 善行したから今がある。

 柄じゃないが、この行為が何かの役に立つかも知れん。


「どいてろ。治癒の魔道具を使う」


 病人に近寄って治癒の魔道具を使う。

 病人はがばりと起き上がると、さっきまで着いていたテーブルのエールジョッキを掴むと一気飲みした。


「生き返った気分だ。悪い所がこれっぽっちもねぇ。さっきまで悪い所だらけだったのによ」


 病人なのに酒を飲んでいたのか。

 治療して損した気分だ。


「奇跡だ」


 そう酒場の客が騒ぎ始めた。


「このひとはグッピ、追われているらしいです。みなさん助けてやりましょう」


 スタッピッドが余計なことをした。

 目立ってどうする。


「おう、重病人をここに運ぶぞ。奇跡のグッピ様に治してもらおうぜ」


 えー、そんなことをしている暇はないのに。

 ええいままよ。

 こんな善行がいつか役に立つ。

 そう思っていなきゃやってられん。


 何十人と治療した。

 いつ、コインシェープが現れるか気が気じゃない。


「あんた追われているんだってな。俺が顔を変えてやろう。おい椅子を並べろ」


 椅子が並べられた。


「寝転がれ」


 俺は言われた通り椅子に寝転がった。

 顔を変えると言っていた男はロウソクに火を点けた。

 そして俺の顔に垂らし始めた。

 熱いが火傷するほどじゃない。

 そしてスタッピッドが筆を取り出すと、ロウに色を塗った。


 鏡を差し出されたので見てみると、顔のただれた男が映ってた。

 善行なんてと思っていたが役に立つじゃないか。


「スタッピッド、行くぞ」

「はい、この時間ならすぐに乗合馬車が出るはずです」


 乗合馬車の出る時間までの暇つぶしとしては良かった。

 道を歩いていると、コインシェープとすれ違った。

 おお、この変装凄いな。

 ぜんぜんばれてない。


 でも、コインシェープはあの酒場に向かった。

 すぐに俺がいたことを突き止めるだろう。

 そういう予感がする。


 乗合馬車に乗るとすぐに馬車は出た。

 門に差し掛かる。


 門番が乗り合い馬車に乗り込んできた。

 ひとりひとりの顔を手配書と見比べる。

 頼む。

 神様よ、今日あれほど人助けしただろう。

 それに免じて街を出させてくれ。

 もう神に祈るしかない。


 俺の前に門番がやってきた。


「このひとは従弟のグッピです。怪しくありませんよ。顔は幼い頃の怪我でこんなになってますが」


 余計なことを言うんじゃない。

 スタッピッドは福の神じゃなくて貧乏神じゃないのか。

 間抜けそうだったからこいつを選んだが間違いだったか。


 門番は俺を念入りに眺め、そして立ち去った。

 ひやひやさせやがる。

 馬車が門を潜ったので、俺はスタッピッドを拳骨で殴った。


「痛い! 何するんです?」

「余計なことを言うからだ。怪しい奴ほど怪しくないって言うもんだ」

「門番に追われているんですか?」


 変な知恵が回る奴だ。


「奴らの仲間には買収された門番もいるんだ」

「そうだったんですか」

「そうなんだよ」


 めんどくさい奴だ。

 街は出れたからもうこいつと別れようか。

 いや、村までは一緒に行こう。

 なるべく遠くに行った方が良さそうな気がするんだよ。

 村に逃げているとは思うまい。


 顔が痒い。

 くそっ、何とかならないか。

 ここでロウを剥がすと乗客の印象に残る。

 盛大に残るだろう。


 構うものか。

 良いんだよ。

 どうせ酒場でスタッピッドと出たのはばれているから。

 腕利きならすれ違ったのを覚えているだろう。


 べりべりとロウを剥がす。

 ふぅすっきりした。

 乗客はひそひそと話した。

 何を言っているか分かるよ。

 お尋ね者だって言いたんだろう。


「こら、そんなに見るな。俺は無罪だ。追われているが無罪だ」

「グッピさんが良い人だとは僕が知ってます。あなたは犯罪を犯すひとじゃない」


 そう言えばそうだな。

 取り立てはやったが、確かに非情ではあったが法に背いてはいない。

 罪という点では俺は今まで何もやってない。

 グレーゾーンは多々あるが。

 金利だって法の範囲内だ。


 酷い奴でクズではあるが罪人ではない。

 そんなことを再確認したところでなんの役にも立たないが。


 村へ着いたら、スタッピッドの親父さんを治してドロンしよう。

 ただ、どうやって他の街へ行くかだ。

 何か考えないといけない。

 出たとこ勝負しかないような気もするが。

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