第12章 意図しない善行

第44話 お尋ね者

Side:ベイス

「おら、金を返してもらおう」

「ないんです。見逃して下さい」


 俺はベイス金貸しだ。

 嫌われる商売だとは分かっている。

 俺だって別のスキルがありゃ金貸しなんかやってない。

 盗足に恫喝だ。

 もうこんなのゴロツキするしかないだろ。

 でも俺は楽して儲けたかった。

 なので金貸しを職業に選んだ。


「なら髪の毛でも何でも売れよ。食器だってあるだろ。指に指輪も嵌めているし」

「そんな」

「【恫喝】それを寄越せ」


 恫喝で身がすくんだ客から指輪を抜き取った。


「結婚指輪なんです」

「知るかよ。だが、今日中に金を持って来たら指輪は返してやる」


 次は冒険者か。

 冒険者の安宿は虫が出るって噂だ。

 そんなのを付けられたら、散々だ。

 手早く済ませて、帰ったら衣服を洗って湯あみしよう。


 安宿の廊下ですれ違った。

 マスタマインドと連れは誰だったっけ。

 見た顔だが思い出せない。

 マスタマインドは金貸し仲間だ。

 あいつも、冒険者の誰かに貸したのかな。

 すれ違うまでに、笑ってたから、たぶん上手く取り立てたのだろう。


 他人のふりして立ち去る。

 こんなところで世間話も何だからな。


 盗足スキルを使って、冒険者の部屋に入る。


「げっ、ベイスさん。いつの間に」

「いつの間にじゃない。借金返してもらおう」

「あの待っては貰えませんか」

「待てないよ。【恫喝】それを寄越せ」


 装備を奪ってやった。

 借金には足りないが、利息の足しにはなるだろう。


「それを持って行かれたら」

「返して欲しかったら、金を持ってこい」


 そう言って部屋を後にした。

 愛人宅に寄る。

 湯あみして、着替える。

 さっぱりしたぜ。

 愛人にキスして家に帰る。


「おーい、帰ったぞ」


 あれっ、女房のアンファティは外出中か。

 寝室に入るとアンファティは寝てた。

 よく見ると首にロープが巻かれている。

 息をしてないのが分かった。

 くっ、誰の仕業だ。

 犯人は客の誰かなのか。

 おいおい、殺すなら俺の所に来いよ。

 もっとも、それなら返り討ちだが。


 面倒なことになった。

 玄関のドアが乱暴に叩かれる。

 嫌な予感がする。


「コインシェープだ。叫び声があったと通報があった。入るぞ」


 くそっ、守備兵か。

 俺が女房を殺したわけじゃないが、この状況はやばい。

 言っちゃなんだが俺は善人じゃない。

 きっと裁判になると負ける。

 真犯人を探し出さない限りはな。


「【盗足】」


 急いで金庫がある執務室に入る。

 盗足スキルは歩く時の音を立てない。


 執務室の金庫を開けて、ありったけの金を収納魔道具に入れる。

 そして、足音を聞いて、守備兵が寝室に入ったことを確認すると、静かに家を出た。

 くっ、お尋ね者になっちまった。

 まあ、悪行三昧だったからな。

 だが、女房の仇は討ってやらないとな。


 とりあえずこの街から出よう。

 犯人捜しは真犯人が油断した所をグサッといく。

 そういうのが、一番殺しやすい。

 おっと殺したら、駄目なんだな。

 そういうのが、捕まえ易い。


 さて、どうやって逃げるか。

 間抜けな奴を騙すとしよう。

 犯罪の方棒を担がせるには間抜けな奴がいい。

 しかも犯罪だと知らせないでやらせる。


 酒場に入った。

 テーブルに着いてエールとソーセージを頼む。


 間抜けそうな奴は誰だ。

 テーブルを回っている奴がいる。

 テーブルに着くと、必死に頼み込んでる。

 物乞いか。

 俺のテーブルに来た。


「お願いします。故郷の父が危篤なんです。路銀と薬代を貸して下さい」


 こんなことを酒場で頼んでも誰も貸してくれないだろ。


「金貸しの所には行ったのか?」

「ええ、断られました」


 だよな。

 こいつから取れる物はない。

 奴隷にして売り払っても赤字だろう。

 薬代は高いからな。

 しかも危篤状態から復活させる薬って言ったら、エリクサーぐらいしか思い浮かばん。


 無理だろ。

 だが、こいつは間抜けそうだ。


「金は貸してやる。路銀だけだがな。薬は俺が現物を用意してやろう」


 色の付いた水でも用意すりゃいい。

 ばれたらばれたで、そん時はそん時だ。


「ほんとですか。助かります。あなたは良い人だ。俺はスタッピッド」

「俺はええと、グッピだ」


 偽名は間抜けな名前にした。

 親近感を覚えて貰わないといけない。


「それでだ。薬はいま手元にない。用意してくるから1時間後にここで会おう」


 俺はそう言って、スタッピッドと別れた。

 色の付いた薬と考えたが、よく考えたら、エリクサーの偽物は駄目だな。

 あれは特徴的だからすぐにばれる。

 なんせ光を放っているからな。

 偽物でもそんな薬を作れたら詐欺で暮らしている所だ。


 小道具として薬は上手くない。

 魔道具が良いな。

 健康な状態に直す魔道具。

 一度しか使えないとか言っておけば、ばれることもないだろ。


「見つけたぞ」


 道を歩いていたら、守備兵に見つかった。

 この声は俺の家にきた奴だ。


「【恫喝】止まれ」


 そして、一目散に逃げた。

 くそっ、行き止まりに入っちまった。

 恫喝スキルのクールタイムはまだ過ぎていない。

 きっと捕まる。

 なんとか魔道具を手に入れてこの街から出るそれだけを思った。


 あれっ、扉があるぞ。

 さっきまではなかったのに。


「入るしかないだろ。金さえ払えば大抵はなんとかなる」


 扉を開けて入った。


「おかしいな。ここに追い詰めたと思ったのに」


 ふり返った扉の向こうから、声が聞こえる。

 ええと守備兵のコインシェープだ。

 こいつとは長い付き合いになりそうだから名前を覚えておく。


「いらっしゃい」


 背後から声が掛かった。


「はぁはぁ、ぜぇぜぇ。お、おおう、工房みたいだが、なんの工房だ。言っておくが俺は客だからな。はぁはぁ」

「分かってるよ。あの扉から入ったからね。ここは魔道具工房だよ」

「おう、分かれば良い。魔道具工房だってこいつは良い。危篤の奴がいるんだが、なんというか見せかけでも良い。治せる魔道具が欲しい」

「危篤状態から治す魔道具。もちろんできるよ。あんた、その危篤の奴のために命を懸けられるか?」

「懸けられる。金なら払っても良い。もちろん金貨1枚ぐらいだが」


 嘘だがな。

 こうでも言わないと話が進まない。


「今一番したい事は何だ?」

「妻の仇を討ってやりたい。殺されたんだ。だがそいつを殺すつもりはない。裁きを受けさせたいんだ」


 これは嘘じゃない。

 これを第一に掲げなくて何を掲げる。


「危篤の人とは親しいのか」

「いいや、酒場で、頼まれた。可哀想だろ。誰も耳を傾けなかったからな」


 そんなことは微塵も思ってない。


「いいだろう。治療の魔道具の役割は人助けだ。武器じゃないのが気に入った。俺はシナグル」

「俺はグッピだ」


「ラーララーラ♪ラーラーラー♪ラーラー♪ララーラーラ♪ララーララ♪ラ♪ラー♪ラ♪、ラーララーラ♪ラララー♪ララーラ♪ラ♪。ほらよできた」


 核石が作られて、十字架にはめ込まれた。

 そして溜石がはめ込まれて、導線が付けられる。


「ありがとな。金貨1枚でほんとに良いのか」

「あんたからは悪人の匂いがする。だけど、酒場で話を聞いてやったのは本当だろう。それは善行だ」


 ばれているな。

 1流の職人は人を見抜く。

 まあいいか。

 魔道具を作ってもらったし。


 扉から出ると、コインシェープはいなかった。

 さっき入った扉が消えているのに気づいた。

 でも魔道具は手に握られている。

 夢じゃない。

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