第38話 前掛け

Side:スイータリア

 お母さんが売ってくれる小麦の値段が上がった。

 ええと、計算できない。


「これだと、1個銅貨5枚ぐらいで売らないと駄目ね」


 見かねたお母さんが計算してくれた。


「1個売ると銅貨が5枚も手に入るの? やった」

「売れればね。高くなると売れないわよ」


「テアちゃん、どうしよう」

「お手上げね。オークのラードも、もうないし」


 ええと、油と秘法の粉が高いのよ。

 とくに秘法の粉。


 こうなったら、シナグルお兄さんに相談よ。


「ええと、安くパンの材料を手に入れたいと。どうだろうな。よし物々交換の魔道具を使わせてやろう」

「何かと交換。テアちゃんどうしよう」

「足元を見る商品はずばりポーションよ。死にそうな冒険者なら全財産と交換してでも欲しいってソルねえが」

「分かった。今まで貯めたお金でポーション買って来る」


 一番安いポーションしか買えなかった。

 とにかく交換よ。


 交換魔道具を使ってパンの材料出て来いと念じる。

 部屋いっぱいの材料が出て来た。

 うあぁ。


「こりゃ参ったね。そりゃそうか。ニホンならポーションはそういう値段だよな。頭良いと言おうか、何と言おうか」


「テアちゃん、当分材料に困らないね」

「うん、きっと死にそうな冒険者が物々交換に応じてくれたのよ」


 使わない材料はシナグルお兄さんが、収納魔道具の中に入れてくれた。

 こうすると劣化しないし、虫もつかないらしい。

 銅貨1枚でパンが売れるようになった。

 私のメアリと、テアちゃんのフランが歌う。

 この曲を聞いて、駆け出しが寄って来た。

 さあ、商売の開始よ。


「ありがとうございます。ぐすっ。俺、この味を一生忘れない」


 若い冒険者が泣いている。

 そんなに美味しかったのかなぁ。

 たしかに小麦粉はお母さんのより白かったけど。


 ひとつつまみ食い。


「うわぁ、はぐはぐ。もうひとつ。いけないわ」


 なんて美味しいの。

 今まで食べて来たパンはなんだったの。

 私、もうこのパンしか食べない。


「スイータリアちゃん、売り物に手を付けるのは3流なんだって」

「さっきのは味見よ。銅貨1枚払うよ」

「じゃあ私も。銅貨1枚。うっはぁぁ。美味しいなんてものじゃない。天国の味よ」


 ああ、シナグルお兄さんはきっと神様と物々交換してくれたのね。

 神様は、冒険者の腹を満たしてあげなさいとサービスしてくれたのかも。


「美味すぎるな。これを味わったらギルド酒場の硬くて糞不味いパンには戻れない」

「冒険者ギルドもお嬢ちゃん達から仕入れて売ったらいいのに」

「だな。でも規則がとか言うんだぜ」

「駆け出しの頃にこれが食えていたらなぁ。そうしたらもっと頑張れたのに」

「田舎の兄弟に送ってやりたいけど。悪くなるよな」


「降参です」


 受付のお姉さんが来てそう言った。


「どゆこと?」

「えっと、美味かったということ?」


「ギルドでそのパンを全部買い上げます」

「おいおい、それで値上げするのか」

「いいえ、銅貨1枚で売ります。ただしギルド員だけです」

「ならいいか」


 パンを作るだけで良くなったみたい。

 帰ってお母さんにその話をすると。


「揚げ物するのも大変だから、お母さんもスイータリアからお駄賃を貰うわ」

「ええっ」

「覚えておきなさい。この世にただの物はほとんどないのよ。だから親切は尊いの」

「うん」


 材料がほとんどただで入るから、少しぐらいお母さんにお駄賃あげてもいいかな。

 テアの兄さん達にはあげているんだし。


 ギルドに行くと私達に名誉ランクをくれて、ギルドカードを貰った。


「スイータリアとテアに手を出す野郎はぶっ殺す」

「心配するな俺もだ」

「ほとんど全員そう思っているさ」


 何だが冒険者が優しい。

 前は怖い人だと思っていたけど今は怖くない。


 前掛けの材料費はすぐに貯まった。

 テアのお姉さんのディテが裁縫が得意だというので教わる。


「痛っあ。指を刺しちゃった」

「私も何回めか」

「テアちゃんもかぁ」


 曲がって縫われた前掛けができ上がった。


「完成した」

「うん」

「喜ぶかな」

「きっと喜ぶよ」


 さっそくシナグルお兄さんに持って行く。


「俺にくれるのか」

「テアの人形ありがとう。それと色々とありがとう」

「お人形ありがとう。姉がお世話になってます」


 シナグルお兄さんは前掛けを目の前に広げるとにっこり笑った。


「手作り感が溢れているよ。それと気持ちもね。次は家族に作ってあげたらどうかな。きっと喜ぶよ」

「「うん」」


「そう言えば、ギルドで春を売るとか言ってたけど、季節を売れるの?」

「何だって。スイータリア達に春を売れって言った奴がいるのか」


 お兄さんが本気で怒っている。


「ううん、禁止されているんだって」

「そうなんだよ。言葉に出すのもしちゃいけない。春を売れって言われたら、大声で叫んで助けを求めるんだぞ。手段を選ばない攻撃してもいいから」

「うん」


Side:シナグル・シングルキー


 不細工な前掛けを貰った。

 だがこれを縫う苦労を考えたら、馬鹿になど出来ない。

 このひと針には気持ちがこもっている。

 物を作るということの原点みたいなものを教わった気がする。


 感謝の気持ちを込めて物を作る。

 お客さんなら、お金を払ってくれたことへの感謝の気持ちを込める。

 知り合いなら、その人への気持ちを込める。


 俺もまだまだだ。


「なにか一皮むけたような顔してるな」

「この前掛け見て下さい。不細工でしょ。でもそんなの問題じゃない。心がこもっているんだ。魔道具だって同じだよ。見た目が綺麗でも心がこもってなければ、不細工な品物に劣る」

「いっちょ前になったな。そういう心構えが分かれば問題ないさ。こういう初心は忘れるんじゃないぞ」

「はい」


 子供には物を教えられる。

 それにしてもポーションは参ったな。

 あんな裏技があろうとは。

 確かに日本には存在しない品物だ。

 存在しない品と言っても、魔石なんかじゃただの石と変わりない。


 でもポーションは色々と治る。

 最下級のポーションでも虫歯の痛いのぐらいは治る。

 そりゃ、部屋いっぱいの物と交換になるよな。


 恐るべし子供の発想。

 それにしても、春を売るなんて子供の前で言う奴は今度見かけたら殴ってやろう。

 ひょろひょろの魔法使いだな。

 覚えたぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る