第37話 パンの秘法

Side:スイータリア

「というわけでシナグルお兄さんに贈り物しなきゃならないの」


 テアちゃんを前に今までのお母さんとのやり取りを説明した。


「私、いまほとんど貯めたお小遣いがないの」


「私も。そこはお手伝いで稼ぐしかないと思う。ただ、何を贈るかで必要なお金が変わる」

「安くて効果抜群なのは手作りよ。イチコロなんだから、近所のお姉さんが言ってたわ」


「毎日使う物が良いかも」

「ええ、前掛けなんてどうかしら」


「いい、絶対それだよ。それしかない」


 私達は前掛けを作ることになった。

 材料費は銀貨5枚。

 これはお母さんに調べてもらった。

 銅貨、5000枚分だって。

 これを貯めるまでにシナグルお兄さんは職人を引退してしまうかも。


 由々しき事態。

 眉間にしわを寄せてみた。

 お父さんの真似だけど。

 ゆゆしきって何?

 まあ良いかな。

 大したことじゃない。


 それよりも、5000回って何回よ。

 片手とゼロが3つ。

 目標が遠すぎる。


「大きく稼ぐにはコツコツよ」


 テアちゃん頼りになる。


「どういうこと?」

「安い物を最初売って、徐々に規模を拡大して、金額を上げていくの」

「私達の手持ちだと銅貨8枚ね。銅貨8枚の品物を売るのね」

「ええ」


 うーん、銅貨8枚で買える物。

 パンかな。

 パンの材料は知っている。

 小麦粉よ。

 お手伝いしたこともある。


「お母さん、パンを売って、お小遣いを増やしたい」

「まあまあ、じゃあお母さんが小麦粉を小分けして売ってあげる」

「小麦粉、下さいな」

「はい、じゃあパン1回分。銅貨5枚ね」


 パンの材料は他にバター、塩。

 パン種。


 何とかお母さんに他の材料を銅貨3枚で売って貰ったわ。


「普通に作ったら駄目。でも変わった物を入れるのはもっと駄目」

「テアちゃん、どうしたらいいの」


「秘法よ、秘密のレシピを教えてもらうの」

「教えてくれるかな。お母さん秘密のレシピ教えて!」


「うちにそんな物はないわね」

「ないの」


「シナグルお兄さんなら知っているかも。うちのソルねえが言ってた」

「うん、知ってるかも。魔法使いのお姉さんが、何でそんなことを知ってるのって、よく驚いていたから」


 マイスト工房は、いつ見ても不思議な道具だらけ。

 シナグルお兄さんは暇そうに店番してた。


「ねえ、パン作りの秘法教えて」

「おう、いきなりだな。何でまたパン?」

「お金が必要になってパンを売ることにしたの」

「なるほどね。よし秘法を教えてやろう。パンを作ったら、油で揚げて、この粉をパラパラと掛けるんだ。秘法の粉さ」


 シナグルお兄さんに白い秘法の粉を貰った。

 少し味見してみる。

 甘い。

 分かった、砂糖ね。


 パンは見事に失敗した。

 膨らまないパンができ上がった。


 最後までやりなさいとお母さんに言われたので、テアちゃんがオークのラードを手に入れてきて、お母さんが揚げてくれた。

 砂糖をパラパラと振り掛ける。

 硬いパンだけど油と砂糖で美味しい。

 これは失敗の成功。


 さあ、売らないと。

 どこで売るかな。


「冒険者ギルドが良いわ。あそこならソルねえの名前を出せば平気だし」

「怖いけど頑張る」


 揚げたパンを籠に入れて冒険者ギルドに入った。

 ずかずかと入っていけるテアちゃんの勇気が羨ましい。


「美味しいパン。誰か買って!」

「おう、誰に断ってここで商売をしてる」

「文句ならソルねえに言って」

「くっ、一撃の身内かよ。頑張んな」


「おうひとつくれ」

「銅貨1枚よ」


 テアちゃん凄い。

 パンがひとつ売れた。


「はいよ」

「まいど」


「おう、こりゃいけるな。油と砂糖の相性が抜群だ。だが、砂糖使うと赤字だろ。ああ、失敗作だからこの値段か」

「俺にもくれ」


 うまいうまいと、すぐに売り切れた。

 ええと、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、うーん沢山。

 指が足りなくなっちゃった。


 お金をお母さんに渡してパンの材料を買う。

 でも今日は疲れた。

 さすがにパンを2回は作れない。


「お兄達にお駄賃払ってやらせれば良いよ」


 テアちゃんのお兄さんにやってもらうことにした。

 うん、男の子って乱暴だけどパンを捏ねるのは上手いかも。


 練った小麦粉を家の台所に運ぶ。


「今度は上手く練れたようね」


 練った小麦粉の玉を突いてお母さんが言った。

 少し寝かせてから焼くのよ。


 テアちゃんとベッドに横になる。

 もう限界だった。


 テアちゃんも私もすぐに寝てしまったらしい。

 起きたらお母さんがもう焼いていいわよと言った。

 さあリベンジよ。


 今度はふっくらと焼き上がった。

 お母さんが油で揚げると良い匂いがして、とっても美味しそう。

 秘法の粉をパラパラと掛けて、完成。

 寝たのでもうパワー満タンよ。

 パンをひとつテアちゃんとつまみ食い。


 うん、美味しい。

 籠いっぱいのパンをもって冒険者ギルドに行くと、受付のお姉さんが待ち構えて私達を睨んでた。


「ギルドの許可なしに商売しては困ります」

「そいつは聞き捨てならねぇな。たしかにギルドとしては見過ごせないだろうよ。しかしだ、子供のおままごとじゃねぇか。これぐらい大目に見てやれよ」

「規則ですので」

「ほう、ギルドには前から言いたかったんだ。ギルドの酒場の飯は1割から2割ほど高い。安い定食屋の値段の料理を頼むと食えたもんじゃねぇ。駆け出しの時に何度我慢して食ったか」

「嫌なら他所に行けば良いのでは」

「依頼やってくたびれてるんだ。安い所はみんな満杯だ。探し歩くぐらいなら、ギルドで飯を食った方がましなんだよ」

「そうだ、そうだ」

「もっと言ってやれ」


 なんか大変なことになった。


「じゃあよ、入口の外で売らせる。道なら文句ねぇだろ」

「勝手にギルド前に露店を開かれるのはそれはそれで困ります」

「あー、ひとつ良いかね」


 ひょろひょろの魔法使いのおじさんが進み出た。


「何です」

「この街の法では街頭で立って売る商売はどこでやっても構わないとされている。花売り少女法だ。ただし、春を売るのは禁止されているが」

「それは……」


 春を売る?

 季節を売れるの。

 知らなかった。


「よし、お嬢ちゃん。入口の所で立って売れ」


「スイータリアちゃんそうしよう」

「うん、テアちゃん」


 入口で良い匂いがすると、大挙して冒険者が群がってきて瞬く間に完売。

 どれだけ、パンを作って売ればこの人たちのお腹は満たされるの。

 ひもじい思いをしてたんだとちょっと可哀想になった。

 私達が満たしてあげないと。

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