第8章 切り札

第30話 死亡フラグ

Side:ソル・ソードマスター


「よう、ちょっと相談に乗っちゃくれないか」

「なに、魔道具のことなら何でもござれだ」

「知っているさ。遮音と虫退治と温度調節は役立っている。だけどよ、心地よい目覚めができなくてさ」

「目覚ましの類を希望しているのかな」

「違うんだ。目が覚めたりうとうとしたりを繰り返すとすっきり起きられない。かと言って深くぐっすり眠れても、朝怠いような。とにかくすっきりしない」

「すっきりか」


 なぜか顔を赤くするシナグル。


「変な意味じゃないぞ。スッキリした目覚めだ」

「睡眠サイクルが不味いのかな。医者じゃないから、分からん」

「なんとかならないか」


「まずはぐっすり眠れるを目指そう。現在、気になっていることは」

「うーん、眠れる日とよく眠れない日がある」

「そう言えば聞いたことがある。気圧の関係で眠れないって人がいるみたい。前線とか通過するときに酷いらしい。気圧を一定に保つのはできるよ」

「おう、何か分からないが、それやってみてくれ」


 シナグルが魔道具を作るのは見ながら考える。

 ああ、あたいが死んだら、残された妹弟はどうなるだろうかと考えちまう。

 それで眠れなくなるんだ。

 モンスターそのものは怖くない。

 もしもの時のことが怖いんだ。


「あのよ」

「何?」

「あたいが死んだら妹弟の世話を頼みたい」

「別にいいけど、そういうのは死亡フラグだよ」

「死亡フラグ?」

「死んじまう引き金の一言って奴かな。他にはこの戦いが終わったら俺結婚するんだとかいう奴」

「そりゃ死ぬね。戦いの前に惚気る奴は死んで当然だ。あたいのは違うぜ。気兼ねをなくせば思いっ切り戦えるって奴さ」

「いいや。そういうのも危ない。引き際を間違うかも知れないだろ」

「そうかな。死亡フラグを消すってのはどうやりゃいい?」

「馬鹿やると消えるのかな」


「キスするとか」

「それも死亡フラグだよ」

「難しいな。馬鹿やるってどうやるんだ」

「これ食ってみろ」


 シナグルに出された少し茶色みがかった黒い物体を口に入れられた。

 それは口の中でとろけて甘みとコクをもたらし、幸せな気分にさせてくれた。


「こんな美味い物を食ったら死ねなくなるな。また絶対に食わないと」

「チョコだ。これを食わせるのは特別だぞ」

「妹弟達にも食わせてやりたいな。どうしたらお土産にくれる」

「そうだな。ルールを作れ。ルールを作った奴は死なない。ただし破った場合は別だがな」

「ルールか」


 考えたことがなかったな。

 よし、一撃必殺剣を外したら逃げよう。

 その時は潔く撤退する。


 ただそれだと引けない時があるよな。

 背後に誰か庇っている時とか。

 クールタイムの時は攻撃しないにするか。

 防御に徹する。


「ルールは一撃必殺剣を外したら、クールタイムは防御または逃げに徹する」

「いいのか難しそうだぞ」

「良いんだ。猪突猛進ではいつか死ぬ」

「死亡フラグを消してやろう。鞘を貸せ」


 シナグルが鞘を魔道具化してくれた。


「これはどんな機能だ」

「駄目だと思ったら鞘に剣を収めろ。そして、魔道具を起動するんだ。切り札だ。それ以上言ったら死亡フラグを消したことにならないからな」

「切り札のお代は」

「既に貰っているさ」


 シナグルは良い奴だ。

 チョコそして切り札で死亡フラグを消してくれた。

 さあ、依頼を受けよう。


 ちょうど良い依頼はヒュージボアだな。

 なりがでかいからCランク依頼だ。

 だが、普通のCランクでは手こずるだろう。

 鉄より頑丈で素早い突進をする。

 急所に当たれば良いが当たらなければ突進で跳ね飛ばされて大怪我だ。

 あたいなら一撃必殺剣で一撃だが。


 依頼票は剥がす時に依頼票が破れた。

 むっ、なんか気分が悪いな。


 そしてギルドから出る時にブーツの紐が切れた。

 ますます気分が悪い。

 こうなったらこのモヤモヤはヒュージボアにぶつけよう。


 黒猫が前を横切る。

 可愛い猫だ。

 撫でたかったが逃げられた。

 むっ、なんか今日は上手くないな。


 道行く馬車の車輪が突然外れ、あたいの方に向かって転がってきた。

 避けようとしたら石につまづいた。

 車輪はあたいのギリギリを通り過ぎる。

 つまづいたのは運が良かったのか。

 ちょっと上手く行ったか。


 不運ばかりじゃないよな。

 ブーツの底がむにゅっと。

 くそっ、馬糞を踏んだ。


 むっ、頭にぺとっと何か落ちてきた。

 手をやると鳥の糞だった。

 空を見ると飛んで行くカラス。

 カラスはあたいの頭の上で3回輪を描いた。


 なんだってんだ。

 討伐をやめたくなったぜ。

 だが、これしきの事で討伐を延期したとなったら、同業者に笑われる。

 それにあたいが延期したことで被害者が出るかも知れない。


 遮音の魔道具の依頼であたいは依頼を出す人の気持ちを考えたんだ。

 できるだけ早く依頼を終わらせた方が良い。

 だよな。


 門を出る時間違えて北の門から出てしまった。

 くっ、まあ少し遠回りになるだけだ。


「あんた死相が出てる」


 こんな街の外に浮浪者か。

 あたいは、浮浪者に銀貨を握らせた。


「これで街に入れるだろう」

「おお、死相が消えた。なるほど施しで死相が消えるのか」

「そうか。それなら払った甲斐がある」


 森がやけに静かだ。

 だがモンスターのいる森はいつもそうだ。

 ヒュージボアの縄張りに入ったということだろう。


 それにしてもやけに静かだ。

 音がしないにもほどがある。

 こんなに静かな時はなんだっけ。

 聞き耳の技術を教えてくれた人は何か言ってたな。

 いつもより静かな時は気をつけろ。

 ええと、大物が出るからだ。


 ああ、その通りだ。

 地竜の巨体が見えた。

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