第7章 幻の花

第26話 故郷の花

Side:ネティブ

 僕はネティブ、15歳。

 故郷の村から、今の街に働きに出て2ヶ月。


「ネティブ、値札が間違っているぞ」

「はい、すいません」


 ええと、鎌だから、草取り鎌じゃないんだ。

 しっかりしないと、農家のせがれが農具を間違えてどうする。

 あー、村ではいま収穫で忙しいだろうな。


「はふぅ」


「お前、どこか悪いんじゃないか。ため息が多いぞ」

「すみません。つい出てしまうんです」

「ちょっと来い」

「はい」


「なんの悩みだ? 女か? 金か?」

「故郷を想うと憂鬱になってしまって」

「ああ、そういう奴もいるな。お前ほどの重症じゃないが。一時的に帰してやりたいが、帰ったらうちは新しく人を雇わないといけなくなる。そうなるとお前が帰ってきた時に人が余るわけだ。新しく雇った奴を首に出来ない。分かるだろ」

「ええ。何とか何か考えます」


 そうだ。

 故郷によく咲いていた花を見れば心が癒されて仕事を頑張れるかも。

 休み時間、行った花屋は多種多様な花が飾られていた。

 ええと、故郷の花は?

 表にはないみたいだ。

 店の中に入って探すけど、見つからない。

 せめて花の名前が分かっていたら、仕入れて貰うこともできるのに。

 黄色い花ってだけじゃどうにもならない。


 勤めていた商店が終わり、僕は先輩に飲みに誘われた。


「酒でも飲めば心が晴れるさ」

「ええ。はふぅ」


 酔いが回っても想うのは故郷の風景。

 故郷の村にいた時はなんとも思わなかったのに。

 そして、思い出すのはそこに暮らす家族や人々の顔。


 僕は木を買って、故郷の花を彫り出そうとした。

 何か作業してれば忘れるかもと思ったからだ。

 でき上がっていく彫刻。

 こんなのは故郷の花じゃないという否定の感情。


 そして、花の茎を削っていた時にポキリとやってしまった。

 あー。

 涙が溢れる。

 布団を被ったが眠れない。

 食欲も湧かない。


 彫刻じゃなくて絵なら。

 絵具と筆を絵が趣味だという先輩から借りて描き始める。

 できあがった花は故郷の花と全然違う。


 こんなのでは心は癒されない。

 寂しいよ、寂しい。


 このまま衰弱して死ぬのかな。


「お前、趣味を何か持てよ。心が紛れるから」

「ええ」


 先輩から勧められて、趣味を探すことにした。

 何が良いだろう。

 何も考えられない。

 故郷のこと以外は。


 駄目だ。

 このままではどうにかなってしまう。

 手紙を書こう。

 僕は家族に手紙を書いた。


 だけど、手紙の返事は来ない。

 家族はどうなったの、大変なことになっているんじゃ。

 村へ来たことのある行商人を探し出して、その人に様子を見て来てもらうように頼む。

 そして、元気に暮らしていたよと言われてほっとする。

 字が読み書きできないのに手紙はないだろうって言ってたと聞いて、そんなことも忘れてたなんてと思った。


 行商人に故郷の花を押し花にしてもらった。

 何日か経つと押し花は無残な色褪せた色になる。

 こんなのは故郷の花じゃないと捨ててしまった。


 ある日、魔道具屋で花の幻を映し出す魔道具が店頭にあった。

 それは故郷の花ではなかったが、本物みたいだった。

 この類の魔道具で故郷の花を映し出すのがあれば。

 それから、毎日、魔道具屋に花を映し出す魔道具は入荷してないか聞くのが日課になった。


「あんた、商売の邪魔だよ」

「そんな」

「あんたが望むような魔道具はおそらく存在してない。もう来るなよ」


 ショックだった。

 望みが絶ち切られた。

 失意のどん底で寮に帰る。


 帰り道、路地裏に不思議な扉を見つけた。

 あそこの奥に建物なんかなかったはずだ。

 外壁があるだけだったような。

 改築して扉を付けたのかな。

 表札は魔道具工房とだけ。


 何だろう。

 開けたら怒られるかな。

 何となく開けなくちゃいけない気がした。


「こんにちは。魔道具工房の表札があったので入りました」

「いらっしゃい」

「ここは本当に魔道具工房ですか? 隠れた名店って奴」

「マイスト魔道具工房だよ」


 魔道具工房らしい。

 ここなら故郷の花を映し出す魔道具が見つかるかも知れない。


「すいません。故郷の花を映し出す魔道具ってありますか」

「あるよ」

「ないんですね。分かりました。お手間を取らせました」

「あるよ」

「えっ、あるんですか。故郷の花ですよ」

「ああ、造作もない」


 工房には6歳ぐらいの女の子が遊びにきてた。

 人形を抱えている。


「お兄さんも、魂に傷を負われたんですか?」

「魂に傷? 確かにそうかも」

「では神様のシーソーで遊んで、傷を治したら良いですよ」

「魂のシーソーがなんなのか分からないけど、そうするよ」


「シナグルだ。名前は?」

「ネティブです」

「わたし、スイータリア」


 スイータリアが人形の腹を押す。


「虹を駆けあがって大空高く♪愛しのあの人は今どこに♪鳥さん教えてよ♪雲さん教えてよ♪……」


 歌が流れた。

 悲しい恋の歌で、何となく涙目になった。


 工房の机には座席がひとつしかないシーソーの模型が置かれている。

 あれが神様のシーソーか。

 不思議な感じの道具だ。

 ここはもしかして天界なのか。


 僕はもう死んでしまったとか。

 でも最後に故郷の花が見れるのなら、それも良い。

 そう思った。


「さあ座って」


 言われた通り座る。


「故郷の花がどんなのか俺にはイメージがない。だから、ネティブに魔道具を作ってもらう。なに簡単だ。歌を歌うからそれに合わせて押すだけだ」


 ええと、このシーソーの座席を押すんだね。

 分かった。

 やってみるよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る