第25話 破滅の序曲
Side:シナグル・シングルキー
魔道具職人を志してから3年。
俺は冒険者と魔道具の両方のギルドでSSSランクになった。
爵位は子爵だ。
正直、爵位はもう上がらなくて良いと思っている。
そうそう、男爵になる時に王様に会った。
値踏みされているような視線で居心地が悪かったが、すんなりと儀式は終わった。
貴族からの仕事が多いけど、別にそれを優先してやることはない。
仕事は先着順だ。
まあ、仕事はすぐに終わるけど。
冒険者ギルドには特別なことがない限り行かない。
俺の本業はあくまで魔道具職人。
でも、今日は冒険者ギルドに核石の鑑定を頼まれた。
稀に効果の分からない核石が見つかる。
計算とか、数式を思い浮かべないと反応がない。
こういう、反応がない核石を突き止めるのが仕事だ。
ええと『ララーラ♪ラ♪ララーララ♪ララー♪ラーラララー♪』か。
リラックスだな。
心を落ち着かせる核石だ。
これは確かに効果が分かりづらい。
危険な物でなくて良かった。
これは『ラーラララ♪ララー♪ラーララ♪、ララーララ♪ラララー♪ラーララーラ♪ラーララー♪』
げっ、効果が不運だ。
発動しちまったよ。
なんでこんな物を作るんだ。
古代人の考えは分からない。
ジョークグッズ程度の効果だと良いんだけど。
終わったぞ。
ギルドの会議室を出て、ロビーに出ると、マニーマインにばったり会った。
マニーマインは幼馴染で俺の初恋の人。
一緒のパーティに入っていたが、俺は追放された。
その時にマニーマインは賛同しなかった。
SSSランクになった今ならやり直せるかも。
「久しぶり」
「死んでなかったのね。音沙汰がないから、てっきり死んでいると思ったわ」
なんか歓迎されてない。
でもSSSランクになったことを伝えれば。
「俺、頑張ってSSSランクになったんだよ」
「あんたがぁ。だって今まで冒険者ギルドで姿を見なかったじゃない。見え見えの嘘を言わない方が良いわ」
「それは依頼を選んでたから、俺に来る依頼は全部ランク外だから」
「へぇ、この国でSSSランクはひとりしかいないわ。モールス様よ」
モールスは俺がマニーマイン達を支援する時と、冒険者活動する時に使ってた名前だ。
「俺がモールスなんだよ」
「言うに事欠いて、モールス様の名前を騙るなんてね。死んでも構わないと思っていたけど、あんたに対する感情は絶対に苦しんで死ねに変わったわ」
「酷い」
修復が不可能になったのが感じられた。
「どうせ食い詰めているんでしょ。バイオレッティがあんたのギルド資格を凍結したと言ってたわ。それでお金に困っているのよね。だからそんな嘘をついた。あなたなんか嫌い」
「違う。本当にモールスなんだ」
「もういいから。今後は話し掛けないで」
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
話ぐらい聞いて、証拠を求めるぐらいしてくれても良いのに。
証拠ならたくさんある。
冒険者ギルドの職員はみんな俺がモールスだと知っているし、ギルドカードもモールスの名前でSSSランクだ。
あー、これはしばらく立ち直れないかも。
工房の2階の自室にこもると何もせずにただボーっとしてた。
気づいたら1日経ってた。
「シナグル、大丈夫か? 昨日、飯食ってないだろ」
マイストが部屋に入ってきた。
「ああ」
「病気か」
「ああ」
「どこの病気だ。腹か」
「ああ」
「それにしては痛がってないな。頭か」
「ああ」
「お前、女になったのか」
「ああ」
「重症だな。分かった、恋の病だな」
「ああ」
マイストは、何も言わず、食い物を俺の口に詰め込んだ。
涙が流れてくる。
やけに塩味のきいた食い物を黙々と食う。
「こんにちは。大声上げても誰も来ないんで2階まで上がってきちまったよ」
ソルが来たようだ。
「恋の病らしい」
「じゃあ特効薬をあげるよ」
ソルはそう言うと俺に口づけした。
「ほわっ?」
「気づいたかい。誰を好きなのか聞かないけどさ。あたいも立候補するよ」
「くっ、先を越された」
マギナまでやってきた。
「へへへっ、初めては頂いたぜ」
「きーっ、上書きしてあげる」
意味も分からないうちにマギナにもキスされた。
頭が混乱の極みになった。
でもなんだか気分が晴れてどうでもいいような。
「二人とも何で?」
「毎日顔を出す魔道具ギルドに来なかっただろ」
「私も同じ理由よ」
「心配掛けたけど、もう平気だよ」
しっかりしろ俺。
こうして心配してくれる人に囲まれているじゃないか。
今日から生まれ変わる。
手始めにモールスの名前でマニーマインに支援してたけど辞めよう。
あれは確かに未練だった。
マニーマインの手紙ではAランクになってSランクも近いと書かれてた。
もう俺の助けは必要ないさ。
魔道具職人は俺の他にいる。
だからそいつらを頼れば良い。
「二人とも気持ちは分かった。いつか気持ちの整理がついたら必ず答えは出す。その時は誠実に正直に言う」
「分かったぜ」
「了解です」
Side:マニーマイン
いつもはすぐに返事をくれるモールス様からの返事が来ない。
なぜ?
偽物が現れたので注意して下さいと書いたのが不味かったの。
そんなことで怒るような人とは思えない。
なぜか不安にかき立てられる。
取り返しのつかない失敗をしたんじゃないかと。
きっと、遠征に出て、返事を書くのが遅れているだけ。
そうよ、そうに違いない。
あれから一ヶ月。
返事がこない。
それどころか定期的に送られて来ていた魔道具も途絶えた。
リーダーのバイオレッティがイライラしている。
攻撃魔道具の備蓄がなくなりそうだから。
金遣いが荒いからこんなことになるのよ。
Aランクの稼ぎなら魔道具ぐらい余裕でしょう。
モールス様が送って来てた魔道具は核石が小さいの。
なのですぐに壊れる。
でも、頻繁に送られてきたから問題なかった。
大きい核石は高いから、安い物を在庫処分してたと思うんだけど。
魔道具を買いに行って驚いたわ。
最低が金貨1枚。
普通に使えるのだと、金貨10枚はする。
これを10個も揃えるのは大変。
何か手を考えないと。
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