第10話 集められた小遣い

Side:ソル

 アロマキャンドルはそこそこの効果はあった。

 リラックスできたのか、うつらうつらした時間は伸びたと思う。

 でも劇的に改善されたとは言い難い。


「おはよう」

「朝ごはん食べたら、スイータリアちゃんの家にお出かけ」

「ああ、そういう話だったね」


 スイータリアの家は裕福な人が住む区画だった。

 身構えていたが、怪しさの欠片もなかった。


「こんにちは」

「邪魔するよ」

「いらっちゃい」


「魂を治すというお兄さんの話が聞きたくてね」

「ああ、シナグルさんのことね」


 お母さんから話を聞けるようだ。


「どういうことかな?」

「魔道具師なのよね。魂と言ってたのは核石のことで核石を修理するみたい」

「それは天才職人だな」


「あのね。あのお兄ちゃんは神様のシーソーで治すんでち」

「神様のシーソー?」


「ふふふ。クラッシャーという魔道具だそうですよ。なんでも危険な核石を処分したり、壊れた核石を復活させたりできるそうです。かなり運任せですけど、シナグルさんは確実に直せるみたいです」


 魔道具か。

 予想してたのと違うが、睡眠系の魔道具なら、魔法と変わりない。

 だが、睡眠系の魔道具は高い。

 貴族からしたら垂涎の的だからな。

 刺客に襲われた時に使用すると都合が良い。

 まず第一に味方を間違えて眠らせても実害がほとんどない。

 起こせば良いだけだ。

 それと刺客を眠らせたら、捕まえて尋問ができる。


 モンスターに対しても有効だ。

 眠らせれば、安全に急所を一突きにできる。

 レベル上げがし易い。

 だから、貴族が欲しがる。

 値段が高くなるのは仕方ない。

 でも壊れた核石が直せるのなら、壊れた催眠魔道具の核石を手に入れれば良い。

 この職人が核石を確実に直せると評判にならないうちは、入手は難しくないだろう。

 いいことを聞いた。

 少し気になったことがある。


「何で壊れた核石が直せるのか何か言ってたか」

「何でも魔道具が発動する時に歌を歌うのが聞こえるらしいですよ。傾聴スキルらしいですから」


 傾聴ということは聞き耳と変わりない。

 魔道具が発動する時に音がするのか。

 あたいの聞き耳でも捉えられないのに、さすがスキルだ。

 傾聴スキルがパッシブの常時発動型なら、どうやって無効化しているか聞き出さないと。


 シナグルが勤めているマイスト工房は、栄えているとも言えないし寂れているとも言えない、微妙な立地に場所にあった。

 雰囲気は名店ぽいが。


「邪魔するよ」

「いらっしゃい」


「お前がシナグルか」

「ええ」


「魂が直せるのか」

「魔道具の核石のことならね」


「頼む。壊れた睡眠魔道具の核石を必ず手に入れるから直してくれ。あたいは冒険者してて、Sランク確実と言われてる。絶対に核石と料金は持って来る」

「ああ睡眠の核石なら、既にあるよ」

「本当か」

「まあね。何でまた睡眠魔道具が必要なのかな。あれはレベルが高いとレジストするから意味がないのに」


「そうか。そんな弱点が。ちなみにスキルが邪魔になったことはないのか。傾聴スキルはどうやって無効化してる」

「傾聴スキルは任意発動型だから」

「がっかりだ」

「スキルを無効化したいの?」


「聞き耳の技術を鍛えたんだ。そしたら、パッシブの身体強化と相性が良かったんだろうな。寝る時にうるさくて堪らない」

「確かにそれはつらいな。傾聴スキルがパッシブだったら、俺も同じ悩みを抱えたかも」

「睡眠魔道具は貰おう」


「役に立つか分からない魔道具を売ったら、魔道具職人の名折れ。それなら、もっといい物がある」

「おねえを助けるためなら僕達がお金を出す」


「そいつは手を抜けないな。依頼は一応ギルドを通してもらうぞ。料金はその僕達が払える金額で良い」


 家に戻ると、弟は話し始めた。


「おねえを楽にする」

「俺達は何をすれば」

「お金」

「姉さんのためなら全財産を出す」


 妹が、ぬいぐるみの糸をほごして、中から銀貨を取り出した。

 陶器の貯金箱が床に叩きつけられ割られた。

 お気に入りの服から銅貨が。

 ベッド下の木の小箱から、銅貨が。

 庭の木の根元から銀貨が。

 壁の穴から銀貨と銅貨が。

 部屋の鉢から銀貨が。

 ズボンのポケットから銅貨が

 天井裏から硬貨が。


 お前達。

 涙がこみ上げてくる。

 色々な場所から妹弟の小遣いが全て集められた。


「みんな。あたいのために。ありがとう」

「姉さんがつらくないんだったら、少しの間、買い食いできないぐらい我慢できる」

「そうよ。玩具買うのも我慢できる」


 あたいは目頭が熱くなって、涙目になった。


 魔道具ギルドは冒険者ギルドと違ってガサツさがない。

 受付嬢が綺麗なのは一緒だが。

 子供の頃はギルドの受付嬢に憧れていた。

 あたいには無理だね。

 あたいには冒険者しかない。

 幸いにも才能はあったけどね。

 誰でも他人が羨ましいものだ。

 きっとこの受付嬢も違う誰かが羨ましいに決まっている。


 でもあたいは妹弟達がいなくなれば良いなんて考えたことはない。

 何があっても妹弟達は守る。

 それだけが誇りだ。

 そう考えると冒険者は良い選択だったと思う。


「依頼を出したい」

「僕がお金を」

「可愛い依頼人ね。じゃあ、一緒に来たお姉さんに書いてもらって」


 依頼票の内容は、階下の音を消してくれだ。

 受付嬢がそれを読む。


「ランク無しの依頼になります。依頼料は大銀貨1枚、銀貨6枚、大銅貨4枚と銅貨9枚ですね」

「ランク無しになった理由を聞きたい」


 こんなのでも契約だからな。

 妹弟の小遣い全てが掛かっている。

 おろそかにはできない、


「前例がありません。魔道具大全にも音を消す魔道具は載ってません。この魔道具は存在しない魔道具です」

「じゃあ不可能なのか」

「いいえ、稀にクラッシャーを使うと突拍子もない魔道具が生み出されることがあります。前例のない物がです。それにダンジョンでは日々新しい核石が見つかってます」

「そうか。職人の腕と運に掛けるのか。よろしく頼む」


 ギルドを通した依頼だから、できた物が気に入らなければ、金は払わずに済む。

 手数料は戻って来ないが、それぐらいは仕方ない。

 シナグルも何かしら作るのだから、苦労賃だ。


 いままで依頼をする人の気持ちになったことがなかった。

 依頼人はこんな想いで依頼を出していたんだな。

 受ける方はこの気持ちに応えねばいけないのだな。

 成功するにしても、失敗するにしても、死力を尽くさねばならない。

 あたいは冒険者として一皮むけた気がした。

 この想いを忘れなければ大丈夫だ。


 次の日、依頼の帰りに魔道具ギルドを覗くと依頼は受けられてた。

 もちろんシナグルによってだ。

 あんな安い金額でなんとかなるのかな。

 まだ少し疑っている。


 だけどあの男ならきっとやれそうな気がする。

 あたいの勘がそう言っているんだ。

 直感は馬鹿にできない。

 これが生死を分けることもある。

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