第3章 夢が生まれた日

第9話 うるさい

Side:ソル


 くっそっ、うるさい。

 私はソル、こんな言葉遣いだけど、れっきとした女。

 冒険者で剣士をやっている16歳。

 まだ駆け出し冒険者だ。


 話を戻すと、何がくそうるさいかと言えば、階下の子供の立てる音。

 普通の人ならうるさいとは思わないさ。

 だけど、あたいは音に対して敏感になっている。

 というのも、そう教えられたからだ。


 音は色々と教えてくれる。

 虫の音にも耳を澄ませろ。

 静まり返ったら嵐が来るぞと。


 足音は敵の接近を教えてくれる。

 草をかき分ける音もだ。


 スキルではない人間の技術。

 こういうものが案外生死を分ける。

 あたいは聞き耳の素質があったんだろうね。

 針が落ちる音も分かるぐらいだ。


 困ったのは夜、眠れない。

 階下に住んでいる妹弟に罪はない。

 ないと思うが、寝ててたびたび起こされる。

 野営よりはましさ。

 野営では、モンスターの吠え声が一晩中続く。

 うつらうつらして、睡眠が終わるが、外で熟睡したいとは思わない。

 気を抜いた奴から死んでいく。


 だから家では余計ゆっくりと寝たい。

 耳栓を耳にねじ込む。

 だめだ。

 まだ聞こえる。


 耳栓をして布団を被る。

 いくらかましになったが、やはり駄目。


「うるさい!!!」


 階下が静まり返った。

 そして、階段を上がる音がして扉がノックされた。


「開いてるよ」

「姉ちゃん。ごめん」

「ごめんなさい」


 灯りの魔道具を点けると、泣きだしそうな顔をした妹と弟が入ってきた。

 9人いる妹弟達のうちの2人だ。


「泣くなよ。姉ちゃんが悪かった。怒鳴る程じゃなかったよ。ああくそ。こんなことなら聞き耳を鍛えるんじゃなかったぜ」

「ぐすん」

「怒ってない?」

「姉ちゃんが悪かった」


 優しく二人の頭を撫でてやった。


「僕達が暮らしていけるのは姉ちゃんの稼ぎのおかげなのに」

「姉ちゃんは私達の誇り。半年でDランクってギルド記録なんでしょう」

「もう寝ろ。他の妹弟達にも怒ってないって伝えてくれ。おやすみ」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」


 少し罪悪感。

 あいつだってどうしても音を立ててしまうんだよな。

 子供だから仕方ない。

 それぐらい分かってやれよと言われそうだ。

 でも音が気になって仕方ないんだ。


 ああ、この聞き耳の技術がなかったら、あたいはたぶん死んでた。

 妹弟もきっとひもじい思いをしただろう。

 身に着けた技術を呪うわけにはいかない。


「【ステータス】」


――――――――――――――――――――――――

名前:ソル

レベル:39/458

魔力:372/372

スキル:2/2

  一撃必殺剣 54/358

  身体強化 27/574

――――――――――――――――――――――――


 ステータスを眺めてもスキルが生えるわけはない。

 スキルスロットは全部埋まっているからね。

 聞き耳は恐らく身体強化の一部分だろうね。

 身体強化はパッシブスキルで常時発動型だから。


 スキルに関して文句はないさ。

 このまま順調に行けばSランクは確実だと言われている。


 力加減を誤ったことはないから、スキルは御しきれていると思う。

 音を聞かなくするという行為ができないだけだ。

 たしかに音を自由に遮断するなんて人間は聞いたことがない。

 そういう人がいたら弟子入りしたいところだ。


 その晩は、結局いつも通りうつらうつらして過ごした。


「おはよう」


 妹弟達から元気な挨拶が返ってくる。

 今日は休みだから、睡眠をとれるような手段を探そう。


 古本屋は小ぢんまりした店で、店内には本がうずたかく積まれていた。

 老人の店主が鋭い目つきで店内を見回しながら、はたきで本を優しく叩いている。


「睡眠に関する本を探している。よく眠りたい」

「睡眠薬のレシピならこの本だ。それと酒の本だね」

「だめだ。薬や酒で辛さを紛らわすようになったら終わりだよ。その冒険者は早晩死ぬ」

「となると睡眠魔法だね」

「あたいにそんな素質やスキルがあるように見えるかい」

「見えんな。効果は薄いが、こんな本もある」

「快適な眠りね。目次を見せて貰っても良いかい」

「どうぞ」


 なるほど。

 睡眠は適度な運動。

 昼間に光を浴びる。

 落ち着く香りを探そう。

 まともな本みたいだ。


「これを買うよ」

「まいど」


 帰り道、アロマキャンドルを買う。

 今夜はこれの香りに包まれて寝よう。


「姉ちゃ、お帰り。なんかつらい顔している。魂が傷ついているの」

「そうさね。魂が傷ついているのかもしれない。細かい傷がいっぱいね」

「姉ちゃ、えとね、友達のスイータリアちゃんが。たまちいの傷を治すお兄ちゃをちってるって」

「へぇ」


 胡散臭い宗教かなんかかな。

 確かに自己暗示を掛けたら、音が気にならなくなる可能性はある。

 でもそんなのはごまかしだ。

 薬と変わりない。


「今度、一緒にお話してみる」


 でも話ぐらい聞いてみるか。


「ああ、明日行こう」


 妹弟達は全員が可愛い。

 この子達を守るためならなんだってできる。

 それを思えば良く眠れないぐらいなんだ。


「姉ちゃ、ちょっとお顔が緩んだ」

「お前達の元気な姿を見て、魂の傷が少し癒えたんだよ」


 それから幼い妹弟達と遊んだ。

 適度な運動は睡眠に良いと本に書いてあったからね。


 今夜こそ。

 アロマキャンドルに火を点けて部屋を香りで満たした。

 そして寝る時間になったので、アロマキャンドルの火を吹き消した。

 今日こそは。

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