妙な日記

 約束の日、俺は無事に天野と再会した。

 久しぶりに会う天野は随分背が伸びて、少し痩せていたが、優しい目元は変わっていなかった。

 「大月先輩!久しぶりですね!」

 「ああ。また会えて良かった。」

 店に入ると、それぞれが食いたいものを適当に注文し、手始めに近況報告から始めた。

 連絡が途絶えてから、互いに話したいことが山のように積もっており、3時間ぶっ通しで語り合った。

 過去の話がようやく一段落したところで、天野がリュックから本を取り出した。

 言われてみれば、今日は天野の言う妙な物を見せてもらうためにやって来たのだった。

 「会話が楽しくて危うく忘れるところでした。コレです。先輩に見せたい妙な物。」

 「ああ、日記のうちの一冊だっけ。すげぇプライベートな物だけど、俺が見てもいいの?」

 「先輩なら大丈夫ですよ。感想を聞かせて下さい。なんていうか、凄いミステリーをはらんでいる気がするんです。」

 ミステリーという言葉に惹かれて、俺は日記を受け取った。かなりの厚みがあり、昔の本特有の古びた紙の匂いがした。

 失礼します、と心の中で詫びてからページを捲った。

 天野を見ると、この間俺がオススメした新作ミステリー小説を開いているところだった。


これ以降から書く文章は天野のお祖母様である天野フユカさんの日記(?)の一部である。


 『はじめまして、フユカさん。いきなり僕が現れてとても戸惑っていることでしょう。でも、怖がらないで。僕は誰よりも貴方のことを大切に想っています。君も僕になんでも打ち明けて下さい。僕の名はナツキです。』

 「はじめまして。お返事が遅くなってごめんなさい。少々戸惑っていたものですから。でも、私のことを想ってくれる人がいるなんて思いもよらなかったのでとても嬉しいです。家族は皆、私を化け物の様に扱いますから…。」

 『お返事ありがとう。僕のことを認めてくれてありがとう。家族の貴方への扱いの酷さは知っています。でも、僕は貴方の味方です。君はきっと気が付かないけれど、僕は君のことを全力で守ります。』

 「ありがとう。毎日貴方とこの様に繋がれることが生きる糧になっています。末永くよろしくお願い致しますね。ところで、私が閉じ込められている部屋の窓から見える桜の美しさはもう堪能なさったかしら。」

 『桜、見ましたよ。とても美しいですね。そして、どんなに苦しい状況でも桜の美しさを感じられる貴方の心も美しいですね。』

 「心が美しいなんて初めて言われました。とても嬉しいです。こんなに心が安らぐのはいつぶりでしょう。」

 『僕の言葉などで心が安らぐならば、何万文字でも貴方のために綴りましょう。今日は詩を書いてみました。良ければ暇つぶしにご一読下さい…』


中略。これ以降は、他愛のないやり取りが続くので天野との話し合いの結果、割愛させていただくことにした。簡単に内容をお伝えすると、甘ったるい言葉の応酬である。ただ、天野がこの部分を読んでいる俺に気が付くなり、わざわざ自分が読んでいた本を閉じて、「なんか、ムカつきますよね。リア充め。」とボヤいたのは非常に愉快だったので記させていただく。

ちなみに全て手書きで書かれており、『』内の文字はカッチリとした男文字、対して「」内の文字は丸みを帯びた女文字という印象である。

日記の内容が急激に変化するのは後半からである。


 「嗚呼、ナツキさん。どうして貴方に会うことが叶わないのでしょう。私の理解者は貴方だけなのに。今日もあの男の所に連れて行かれました。ジロジロと観察され、質問攻めに遭い、身体を弄ばれました。もう、貴方からいただいた言葉を脳内で反芻することで生きながらえています。」

 『フユカさん。僕はその男がとても憎い。僕が彼を睨むと、彼は心底嫌そうな表情を見せました。そして、執拗に僕を観察し、しつこく質問をしてきます。君に手を出すなと何度も言いました。でも、奴は汚物を見る様な視線を僕に送っただけでした。僕は消されてしまうかもしれない。でも、君のことは、フユカさんのことは必ず守ります。』

 「ナツキさん、ナツキさん。何故何日もお返事を下さらないの。毎日のようにあの男は私の身体を汚します。繰り返される観察と質問にも耐えられなくなってきました。どうか、いなくならないで、私を守って。」

 『きっと僕に残された時間は長くはありません。ですが、ぼくはあなたの中にいます。ずっとあなたを想っています。忘れないで。あなたのことをだれよりもあいしています。どうかいきのびて。どうかにげ』

 「ナツキさん、一言でかまいません。言葉を、私に下さい。私の心を守る一言を下さい。ナツキさん。たすけてたすけてたすけて」

 『そばにいる。あなたの中で眠るから。』


以上が日記(?)に記されていた内容である。


 俺は、日記を閉じた。

 天野が早速、口を開く。

 「どう思います?感想聞かせて下さい。」

 急く天野を片手で制し、すっかり薄くなったコーヒーを流し込んだ。

 コーヒーの苦みを口内で転がしながら、俺は背筋に嫌な汗が流れていくのを感じていた。


 

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あなたの中で眠るから 大月宗 @otukisama-3956

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