あなたの中で眠るから

大月宗

後輩のこと

 俺には、仲の良い後輩がいる。

 彼は天野(仮名)という。

 俺と天野の出会いは、高校の文化祭の実行委員会だった。

 天野は、集団の中心にいるような男ではなかったが、気が利き、面倒見が良く、何より正直で気持ちの良い奴だった。

 毎日のように顔を合わせているうちに、なんとなく馬が合い、話をするようになった。俺達は2人共無類のミステリー好きだったのだ。

 好きなミステリー小説の話、嫌いな教師の悪口、そんな些細な話を積み重ねていくうちに、次第に深い話をするようになった。進路の話、友人関係の話、特に話したのは家族のことだった。

 天野の家族関係はお世辞にも良いものではなかった。仕事ばかりの父親に隠す気もなく不倫をする母親。第三者の俺が聞いていても胸糞が悪くなる話ばかりだった。

 「家を出ちまったほうが、いいんじゃねぇの?何なら、俺のうちに居候してもいいし。」

 当時高校生としては珍しく一人暮らしをしていた俺は、あまりにも彼が不憫で、何度も家に来いとしつこく誘った。でも、そのたびに天野は

 「僕には、ばあちゃんがいるから。」

と断ってきた。

 天野は、とてもばあちゃんを大切にしていた。碌でもない両親に代わって彼を育て上げてくれたのがばあちゃんである、天野フユカさん(仮名)なのだという。

 ただ、彼が中3になった年にフユカさんは足腰が不自由になってしまったらしい。

 「ばあちゃんを置いて家は出られません。それに、定期的に来てくれるデイサービスのミチルおばちゃんはいい人なんで、なんとか耐えられます。」

 語調は優しいが、天野の言葉には固い決意が籠もっていた。情けないことに俺はそれ以上何も言えなかった。

 月日は過ぎて、俺は高校を卒業した。

 それからしばらく彼と連絡を取り続けていたが、ここ2年ほど連絡が途絶えていた。

 俺が連絡を取るのをやめたわけではない。急に彼のLINEが消え、電話番号も存在しなくなったのだ。

 しかし、先日急に天野から連絡があった。

 登録されていない番号からの電話だった。電話をかけてきたのは天野だった。

 「大月先輩。お久しぶりです。」

 「天野!久しぶりだな!急に連絡先消えるから、心配してたんだ。大丈夫か?」

 勢い込んで聞くと、少し口ごもったあと、天野が喋りだした。

 「実はばあちゃんが交通事故で亡くなって。」

 「え。」

 「ミチルおばちゃんと車で移動してる時に、車の動作不良で事故って。葬儀とか、手続きとかしてて、連絡できなくて。」

 「それは…。ご愁傷さまでした。」

 フユカさんと天野の絆の深さを知っていた俺はそう返すのが精一杯だった。

 しかし、天野はもう心の整理はつきましたと朗らかに笑った。

 「急に僕に、連絡できなくなったでしょう。心配かけてごめんなさい。」

 「いや、無事ならいいんだよ。…無事っていうのも失礼だな。ごめん。」

 「いえいえ。そんなに心配してくれていたなんてむしろすごく嬉しいです。連絡できなくなったのは落ち込んで、連絡先を消したとかじゃなくて。いや、落ち込みはしたんですけど。」

 そう言うと天野はフユカさんが亡くなった後のことを詳しく話してくれた。

 フユカさんの葬儀は実に質素に、天野曰く雑に終了したらしい。天野の両親とフユカさんは仲が悪く、というか両親がフユカさんを毛嫌いしていたらしい。

 この調子だと、遺品整理も雑に行われるだろうと予想した天野は、両親親戚よりも先にフユカさんの部屋に立ち入り、生前彼女が大切にしていた物を保管することにした。

 フユカさんが気に入っていた服やブローチなどを回収していた時、タンスの奥に何冊かの本と茶封筒を見つけたそうだ。

 「封筒の中にはかなりの大金が入っていて。へそくりですね。手紙もついていたんです。僕があの家から出ていくための資金にしなさいって。最後まで優しいばあちゃんでした。」

 天野はすぐにその茶封筒と数冊の本を持って家を出た。親戚からの連絡を恐れてスマホも解約したとのことだ。

 「家を出たのか!良かったな。お前のばあちゃん、絶対に喜んでるよ。」

 「はい。絶対に笑ってくれていると思います。」

 しんみりとした空気を払拭するように天野が再び話し始めた。

 「茶封筒と一緒に数冊本を持ち出したって言ったでしょ。全部日記だったんですけど、一冊だけ妙な物があったんです。」

 「妙な物?」

 「まあ、それもばあちゃんが書いてるんですけど。」

 どういうことだ。俺が電話越しで首を捻っているのが伝わったのだろう。天野がこんな事を言いだした。

 「じゃあ、今度お見せします。」

 「見せるって言ったって…。」

 「引っ越した僕の家、前に先輩が教えてくれた住所と近いんですよ。引っ越してないですよね?」

 「うん。」

 「じゃあ、場所を決めて会いませんか。普通に色々な話もしたいですし。」

 「ああ。俺も話したいな。会おう。」

 俺も話したいことはたくさんある。会わないという選択肢はない。

 俺達は互いの家のちょうど中間地点にあるレストランチェーン店で会うことになった。

 俺の頭から妙な物のことはすっかりと抜け落ち、天野に再会したらどんな話をしようかと考えながら、その日は幸せな気分で眠りについた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る