本編

「しっかりついて来な。」


恰幅かっぷくの良い茶トラの猫が大きな尻尾を振り振り先導する。

ずんぐりとした体を揺らしながらゆっくりと歩く茶トラ猫の白い尻の毛を眺めながら歩く時間。これは中々に楽しい。


「ここは俺の街。俺のシマ。ここいらの猫たちは皆、俺様に従って生きているのさ。」


茶トラ猫は自慢気に言った。


大きな川沿いの土手を歩いて河川敷に至る階段を降り、またしばらく川沿いに進んだ先、上に架かる橋の下の薄暗がりの手前で茶トラ猫は歩みを止めた。


「さて、アイツ等の話をしようか。」


茶トラ猫は振り返ると行儀よくお座りの姿勢を取った。


「アイツ等の名前は脛助すねすけ指之助しのすけ。ちょっと大雑把なのが脛助で、のんびりした奴が指之助だ。―――と言っても、あんたにゃ分かんねぇか。」


―――ヒヒヒ…


茶トラ猫は嫌らしい感じの笑い方をした。

まぁ、幻聴かもしれないと考えれば脳内のイメージがそう聞こえさせたのかもしれない。


「俺様がアイツ等に遭ったのは随分ずいぶん前、まだまだ俺様がキリッと若々しく今よりもう少しイケ猫だった頃の話だ。」


茶トラ猫は顎を反らしてふんぞり返った。


「脛助と指之助は同じ母親の腹から他に4の兄弟姉妹と生まれ育ったんだが、結局今まで生き残ったのはアイツ等だけだ。」


「まぁ、アイツ等は根っからの野良だったからな。そんなもんかもしれねぇな。」


茶トラ猫がチラリと橋の下の暗がりに視線を送ったので、釣られて一緒にそちらを見遣る。


「その時もアイツ等はゴミを漁ってた。親子揃って。ちょうど、あの辺りでな。」


「…でもよぉ、俺様はゴミよりも新鮮な方がいいんじゃねぇか?って思っちまったわけだ。あんたもそう思わねぇか?」


茶トラ猫がこちらに問いかけるように視線を投げかける。


まぁ、ゴミは喰わないよなぁ…と、うなずこうかと思った所で茶トラ猫は話を進めた。


「だからよぉ、俺様は新鮮な喰いもんにありつけるように教えてやったのさ。狩りの仕方をな。」


ヒヒ…


「そしてよぉ、脛助と指之助は狩りが上手かった。…俺様が教えた狩りの方法がな。だから生き残ったのさ。親や兄弟姉妹が死んだ後でもずぅっとなぁ…。」


ヒヒヒヒ…


その時、橋の下の暗がりで何かの影が動いた。


―――猫だ。2匹いる。

猫のシルエットが橋のかげの中真っ黒になって、目だけ光らせている。


2匹は何処どこかに潜んで居たのだろうか…先程まで何も居なかったように思えていたのだが…。


猫たちはこちらに向かって歩いて来ていた。

橋の下の暗がりから日の当たる明るい場所に出てきた時、それは先程見た灰色の猫たちなのだろうなと知った。


2匹とも、耳の先から尻尾の先まで全身濃い灰色一色で、目は氷を思わせる薄青い色。

見た目は瓜二つのように見えた。


2匹の灰色猫の内、先を行く方が真っ赤な舌を出して口元をぺろりと舐めている。

後ろを行く方は小さく欠伸あくびをしていた。


2匹はこちらの足元まで来ると足の周囲に纏わりつき、すり、すり、と、横っ腹をり付け尻尾を軽く引っ掛けるような感じで甘えてくる。


何か、餌でも貰えると思っているのだろうか。


これは困った。

申し訳ないが何も持っていないのだ。


そう思っていると、2匹の灰色猫はするりと体を離し、元いた橋の下へと戻り始めた。


行ってしまうのか、と、ぼんやり眺めていると、何故かこちらの足まで自然に前に進み出す。


不思議な感覚だった。

前に歩こうなんて思っていないのに、自分の意思とは関係なく足が勝手に動くのだ。

それをまるで、他人事ひとごとみたいに眺めている自分がいる。


なぁ〜ぉ…


橋の下に辿り着いた時、どちらかの猫が一声鳴いた。

その瞬間、勝手に歩いていた自分の体が糸が切れたみたいに地面に倒れ込んだ。


あぁ、これはマズいな。

何だか嫌な予感がする。

直ぐに逃げなければ…


そう思うのだが、体が言う事をきかない。

まるで夢を見ているみたいにフワフワした感覚。麻痺して、いるのだろうか。


いや、もしかしたら本当に夢を見ているのかもしれない。

そもそも猫が喋るのって、おかしいし、な。


動けないまま視線だけを巡らせると、目の前に灰色猫の一匹がいる。

ソイツはちょうど、顔の前程に投げ出されていた右手に口を寄せる。


そして小さな口をぱくりと開くので、口内の色は鮮やかな赤なんだなぁと思った瞬間、右手の人差し指にガリッと喰らい付かれた。


―――…あぁ、痛い。


一拍いっぱく程遅れて、左足にも痛みがはしる。


…痛い、痛い、痛い……!


…夢だよなぁ、夢なんだよなぁ…!


カリカリカリカリ…


―――ヒヒヒヒヒ…


灰色猫たちの咀嚼そしゃく音に交じって茶トラ猫の笑い声が聞こえる。

茶トラ猫は橋の下の暗がりに入る手前の境界でニヤニヤと笑いながら、お座りの姿勢のままこちらを見ていた。


「コイツ等はよぉ、ゴミを漁ってる時に自分たちの好物を見つけちまったのさ。俺様はその好物にちなんで名前を付けてやった。」


「…脛助すねすけと、指之助しのすけ―――ってな。」


ヒヒ、


「でもなぁ、コイツ等だけじゃ他が勿体無ぇからなぁ…」


ヒヒヒヒ…


「手伝いを呼んでやるよ。」


茶トラ猫がそう言うと、茶トラ猫の背後左右に小さな煙の様なものが幾つも現れ、それは次の瞬間には猫の姿になっていた。


沢山の猫たちはゆっくりとこちらに歩いて来る。


―――あぁ…、あぁぁ…


…来るな!来ないでくれ!


その願いも虚しく、やがて猫たちは群がってがっつき始めた。




―――しばらくすると、一心不乱に食事にありつく猫たちの群れから2匹の猫が素早く走り去っった。


その口元にくわえられているのは、それぞれの好物部位の肉片。


それを見て、茶トラ猫は呆れた様に吐息を吐いた。


「―――やれやれ。まったく…。」


「…アイツ等は結局よぉ、冷たい腐りかけの味が好きなんだよなぁ…」


そう言い終えると、茶トラ猫は静かに姿を消すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灰色の双子猫 虫谷火見 @chawan64

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る