モールに一番近い家

化野生姜

その家は、少し焦げくさい感じがした…

(この家は、ショッピングモールに一番近い家なんですよ――)


 不動産屋に勧められた、だだっぴろい空き地の中に立つ一軒家。

 飛び入りで家の内見をしには来たが、まさか迷うとは思わなかった。


「モールに近いというか、むしろ中だよな。ここ」


 家の赤いドアを開けた先はモールそのもの。

 広い敷地内の左右には店が並び、なぜか柵のようなシャッターが降りていた。


「あの、不動産屋さん。どこですか?」


 指輪の箱が入った袋を揺らし、私は声を上げる。

 本来なら、この中身は今日妻になる人に贈るはずであった。


 ――魔が差したとしか言いようがない。

 購入後に、ゆくゆくは一軒家でもと考えていたのがいけなかったのか。


「あの、どこに…」


 ついで、足元に違和感を感じる。

 見れば先ほど私を案内していたスーツ姿の男が地面にうずくまっていた。


「――火事だ」


「え?」


 周囲にけたたましいサイレンが鳴り、いく人もの悲鳴が響き渡る。


「火事があったんだ、十年以上前に――駅前のマンションつき巨大モール。当時はもてはやされていたが致命的な欠陥があった…わかるか?」


 顔を上げた男を見て、私は逃げ出す。


 ――男の顔は焼けただれていた。


 いや、顔だけではない。

 胸も下半身も背面を除き、全てが焼け落ちていた。


 鉄柵のシャッターの向こうでは火の手が上がり、周囲が熱を帯びていく。


 …中には、閉じ込められた人がいた。


 子供を連れた母親。

 老人も若者も皆一様に柵を叩く。


『シャッターを開けろ、開けろおお!』


 阿鼻叫喚あびきょうかんの中を私は必死に逃げていく。

 周囲には私と同じようにいく人もの客が駆け回っていた。


『出口はダメだ、シャッターが閉まっている!』


『うえ、上の階層ならまだ…!』


 声に釣られるよう。

 出入り口をふさぐシャッターの横を通り、階段へと急ぐ。


 煙はすでに下の階を覆いつくし、火の手も迫っていた。


『押すな!』


『いやあ!』


『脱出用シューターがあるはずだ!』


 階段を押し合いへし合いし、開けられたドアから居住区域に入る。


 ――吹き抜けの通路のあちらこちらには煙が立ち昇っていた。

 だが、脱出用シューターの類は見えず周囲には逃げ惑う人ばかり。


『くそ、非常口はどっちだ!』


『ああ。人が飛び降りている!』


 落下する影。吹き抜けの内側で、どさり、どさりと不気味な音が響く。

 そうしているうちに私は人混みに押され、一枚のドアにぶつかった。


「…あ」


 それは、内見をした家のドアと瓜二つ。

 

 …そうだ、これは悪い夢だ。


 不動産屋も言っていた。

 これは十年以上も前に起きた出来事なんだと。


 夢よめろと願いながら、私はドアノブに手を伸ばし一気に開ける。


 ――すさまじい熱波が、私の身体を焼いた。



「良い物件に目をつけられましたね」


 だだっぴろい空き地の中に立つ一軒家。

 ドアの前で不動産屋の男は家族に説明する。


「…あ、この袋ですか。そうです、指輪入りでしてね。仕事の後で向かおうかと」


 照れたように男は笑うと、ドアを開けて中に入るよう勧める。


「良いところですよ。何しろ、モールに一番近い家なんですから――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モールに一番近い家 化野生姜 @kano-syouga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ