ディートフリートの受難
相有 枝緖
愛馬の名はクリムゾンダークネス。
ディートフリートは、この春から生まれた町を離れ、生活を新たにすることになっている。
栄えある魔法学校の入試に合格できたので、王都で一人暮らしをすることになったのだ。
王都の中でも比較的安全で手頃に住める場所を調べておいたので、その近くの不動産屋に物件を紹介してもらった。
一人で住める部屋はあまり広くないが、その中でもきちんとした住宅を紹介してもらうことにした。何より大事なのは、愛馬であるクリムゾンダークネスの厩舎がついていることである。
きっと他の住人の馬もいるだろうから、狭いのはいただけない。優秀なクリムゾンダークネスが過ごす場所なのだから、防犯を考えて誰でも出入りできるようになっていても良くない。
自分の住む部屋も重要だったが、厩舎の利便性もほしかった。
そうして3件ほど内見し、納得いく部屋を見つけたので契約することになった。
自室はベッドと机を置いたらそれ以上は厳しい程度の広さだが、トイレの他に個室のシャワー室がついている。小さなキッチンもあるので、節約もできそうだ。なにより、厩舎に雨が吹き込まない仕様になっているのが良かった。
これで月に金貨5枚は、王都では破格である。
もっとも、学生であるディートフリートにとってはそれでも高い金額だ。援助してくれるという親族がいなければ、魔法学校の合格を辞退する羽目になっただろう。
もちろん、学生として学びながら小遣い稼ぎもするつもりだ。そうでないと、生活するだけでカツカツになってしまう。
ディートフリートは、せっかく親元を離れるのだから、ただ勉強するだけではなくほどほどに遊びたかった。
魔法学校から紹介してもらえる仕事もあるらしいが、そもそも人の多い王都なので、若い人向けの時間制の仕事はいくらでもある。
新生活への期待に胸を膨らませ、一旦地元の町へ帰るため、ディートフリートはクリムゾンダークネスに跨った。
「晴太」
「なに?」
横で黒い原付に乗った母が名前を呼ぶので、晴太はヘルメットの紐を留めながら答えた。
「母ちゃんのお下がりの赤いリトルカブを気に入ってくれたのは嬉しいけどね。クリムゾンダークネスはダサいと思うの」
「ぶっぐぅ?!」
「それに、確かに晴太の専攻した化学は魔法っぽいけど大学は普通に大学じゃない?でも、駐輪場が厩舎はちょっとうまいかも。馬だけに。ぷふっ」
「な、なんで……」
「あのね、あんたが思ってるよりずっと聞こえるのよ。バイクで走りながら叫んだら」
「っ!!!」
「部屋では叫ばないでよ?思ってるより普通に隣の部屋に聞こえるんだから。あとね、」
「な、まだなんかあるのかよ」
黒歴史をえぐられて涙目の晴太は、情けない表情のままヘルメット越しに母を睨んだ。
「バイクで2時間くらいだから、たまには帰ってきなさい」
しんみりと母が言うので、晴太もどこか寂しい気がして、素直に頷いた。
「わかったよ」
エンジンをかけた直後、母が言った。
「カイルは異世界RPG風だったけど、ディートフリートは学園シミュレーションなのかしら」
「はっ?や、やめ、くそっ!忘れろぉぉおおお!」
走り去る晴太は、新たな黒歴史を理解ある母にえぐられるのであった。
ディートフリートの受難 相有 枝緖 @aiu_ewo
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