KAC20242の作品 レーツェレストの錬金術師 番外編

鈴木美本

『レーツェレストの錬金術師』『新しい家』

「ハースト!」

「アルテア?」

 宿の玄関先で名前を呼ばれ、白い子犬を抱えた青年は振り返る。

 その青年、シシングハースト・マトリカリアは、竜族の錬金術師だ。愛称は「ハースト」。異世界エルヴィスドニーから来た竜族と、こちらの人間が子どもを産み、その子孫が「竜族」と呼ばれるようになった。ハーストもまた、その「竜族」の1人だ。竜族同士の間に生まれた彼は生まれつき魔力が強く、パステルパープルという珍しい髪と瞳を持っていたことも、孤立する一因となっていた。

 そして、彼のことを呼んだ助手とも言うべき少女、アルテア。彼女は竜族の願いを叶えるという宝石ハーブジュエルだ。正確に言えば、宝石というより、その中に入っている光だが、ハーストの「ハーブジュエルが人間になった姿を見てみたい」という願いを叶え、少女の姿になった。その後、彼の1番好きな植物に名前から「アルテア」と名づけられた。パステルグリーンの緩やかなウェーブがかかった髪、同色の瞳はクリーム色の光彩を放ち、彼女が普通の少女ではないことを物語っていた。

「どこに行くの?」

「フレッドとワイトさんのところで、カモミールとヘリオドールを預かってもらう約束なんだ」

「どうして?」

「内見には、カモミールとヘリオドール……犬と猫は連れて行けないんだ」

「内見は、そうなの?」

「ああ」

 ハーストは返事をし、腕の中にいる白い子犬を見つめる。カモミールは昨日の事件で活躍したため、今も彼の腕の中でぐっすり寝ている。


 ──カモミールにとっては遊んでいるつもりだったんだろう。


 ハーストは可愛い愛犬の寝顔を見て、ふっと笑い、彼女の頬をそっとなでる。ちなみに、カモミールはメスだ。ハーストたちにとてもなついており、ちょっとやそっとでは起きない。

「ごめん! お待たせ!」

「にゃあ!」

「ああ、大丈夫だ」

「用事は済んだの?」

「ああ! ありがとう!」

 オレンジの髪と同じ色の瞳をした少年ヘリオライトはアルテアに、にっこりと笑いかけた。その肩にいたヘリオドールは全身に太陽の光を浴び、ふわふわキラキラ、金色に輝く毛を揺らしながら、アルテアに「なでて!」と顔を差し出す。ヘリオドールは彼女に顎をなでられ、気持ちよさそうに目を細め、猫らしく喉をゴロゴロ鳴らす。それを見たハーストが、ヘリオドールにそっと近づいてみる。しかし、ヘリオドールは彼をじっと見つめたまま動かない。


 ──そういえば、ヘリオライトやヘリオドールと旅をし始めたのは2ヶ月前だったな……。


 あれから、かなり仲良くなったが、どうやらヘリオドールはハーストのことが、まだ少し苦手らしい。ハーストは無理強いせず、気を取り直して口を開く。

「行こうか? フレッドとワイトさんを待たせたら、悪いから」

「うん!」

「わかった!」

「にゃあ!」

 フレッドの契約聖獣……に見えないテディベアカットの白いトイプードルを思い浮かべながら、みんなで彼らの元に急いだ。



 🌸 🌸 🌸



 それから10分後、ハーストたちは西の騎士団本部の隣にあるフレッドの家に着いた。呼び鈴を鳴らし、静かに応答を待つ。「はいっ!」と声が聞こえ、ドアが開かれる。姿を見せたのは、茶色の髪に同色の瞳を持つ、優しげな青年ワイト・ホートリーだった。

「いらっしゃい、ハースト君、アルテアさん、ヘリオライト君も、ヘリオドール君も」

「お邪魔します」

「お邪魔します、ワイト」

「ワイト、おはよう!」

「にゃあ!」

「おはようございます」

 ハーストは、みんなが挨拶し終えたのを見計らい、隣にいたアルテアに声をかける。

「アルテア。『ワイト』ではなくて、『ワイトさん』だろう?」

「そうなの? お邪魔します、ワイトさん」

「はい、いらっしゃい」

 ワイトに笑顔で返され、アルテアはつられて笑う。彼女の横からヘリオライトが前からひょっこり顔を出し、ハーストを見つめる。

「ハースト? なんで俺には怒らないんだ?」

「ヘリオライトは年上だからな」

 ヘリオライトは少年の姿だが、こう見えても2000年以上は生きている。

「そっか、アルテアは生まれたばかりだからか……」

「ああ」

 アルテアは15歳の少女に見えるが、まだ生まれたばかりの0歳。社会の常識がまるで通用しない存在が集まっているのが、このパーティーだ。まともなのは、今も寝ている子犬のカモミールくらいだろうか。

「カモミールさんは、寝ていますね?」

「昨日の騒ぎで疲れたみたいです」

「ああ、すごく活躍してくれましたから、とても助かりました」

 やわらかな笑顔でカモミールを褒めるワイトの後ろから、突然トテトテという音が聞こえてくる。その後ろからも足音が聞こえ、金髪に赤い瞳の少年が絵の具のついたエプロン姿で現れる。最初の音はトイプードルのソフィア。絵描き姿のフレッド・エルドレッドの近くをついて歩いてきたのだ。フレッドが立ち止まり、片手を腰に当てると、横にいたソフィアがピタリと止まる。

「お前たち、早いな?」

「フレッド、おはよう。ソフィアも、おはよう」

「フレッドとソフィアちゃん、おはよう」

「おはよう! フレッド! ソフィア!」

「にゃあ!」

「ああ、おはよう」

「わん!」

 主の真似をして可愛らしく鳴くソフィアの姿に、みんなが笑顔になる。

「フレッド様、絵をお描きになっていても良かったんですよ?」

「いや、ここは家主として挨拶すべきところだろう?」

「わん!」

「フレッド様──。はい、そうですね」

 ワイトはフレッドの成長に感動しつつ、ハーストたちに向き直る。

「それでは、カモミールさんとヘリオドール君をお預かりしますね?」

「はい、よろしくお願いします」

「よろしく!」

「にゃあ!」

 言うが早いか、ヘリオドールはワイトの肩にぴょんと飛び乗り、彼の頬に自分の頬をこすりつける。ワイトはヘリオドールの頭をなでた後、ハーストに差し出されたカモミールをそっと抱く。

「不動産会社の方はどうでしたか? 何かトラブルがあれば、言ってください。他の会社を紹介しますので」

「いえ、とてもいい方で、会社が遠いので、1件目の物件がここから近いからと現地集合にしていただきました」

「それは良かった」

 ワイトたちが紹介してくれた不動産会社の人たちはとても親切だった。


 ──南大陸に来てから、2人にはお世話になってばかりだ。


 ハーストたちはグラントエリック王国から南大陸にやって来たが、城下町で騒ぎに巻き込まれた。そこで、四天王と騎士たちと協力し、騒ぎを収めたことで、3番目の四天王フレッドや、その部下の白騎士ワイトと仲良くなった。2人には、「助けてくれたお礼に」と宿の費用も出してもらっていた。そのあともまた色々あり、宿に3日間泊まっていたハーストたちだったが、もうそろそろ家を借りようと2人に相談し、不動産会社を紹介してもらったというわけだった。

「それでは、カモミールとヘリオドールをよろしくお願いします」

「はい、カモミールさんとヘリオドール君のお世話は任せてください。皆さんは、ゆっくりと物件を見てきてください」

「ああ、ワイトの言った通り、ゆっくり見てこい。カモミールとヘリオドールの面倒は見ていてやるから」

「ワイトさんも、フレッドも、ありがとうございます」

「ありがとう」

「ありがとう!」

「どういたしまして」

「ああ、またな?」

「「はい!」」

 ハーストたちは、2人と3匹に見送られながら、フレッドたちの家を後にした。



 🌸 🌸 🌸



 数分後、3人で1件目の物件にやって来たが、現在、担当者の話を聞いているのはハーストだけだ。アルテアは物珍しげにキョロキョロし、あちこちに備え付けられた家具やキッチンを見ている。ヘリオライトは気になったもの全てを片っ端から触っている。ハーストは居たたまれなくなり、一生懸命話していた担当者の男性に頭を下げる。

「すみません、騒がしくて」

「いえ……」

 苦笑しながら担当者が返事をしてくれて、ハーストは何とかホッとする。


 ──そういえば、ヘリオライトは、この世界に来るときもトラブルを起こしていたらしいが……。


 ハーストは、ヘリオライトが異世界エルヴィスドニーにいた頃から好奇心旺盛で、色々なことをしたと、本人がそう話していたのを思い出す。「異世界に住む竜族の守護者ガーディアンの兄妹と外を散策しているときに出会い、敵と鉢合わせて一緒に戦った」、「竜族の科学者のドニーさんという人の目を盗み、白い竜アレクシス・フィンのカプセルに変形して入り、異世界からグラントエリック王国に転移してきた」など、ヘリオライトは元々少し自由奔放な性格なのだ。

 しかし、同時に、ヘリオライトにはいいところがあるのも、ハーストは知っている。アレクシス・フィンのお世話をしているプラムに「他の地域の植物を見せてあげたい」と旅に出て、その約束を守るために珍しい植物があれば、必ずハーストの用意した瓶に入れ、異空間に保管している。本当は優しさも持っているのが、ヘリオライトだ。


 ──俺がレーツェレストの森から出るきっかけを作ってくれたのも、ヘリオライトだったな。


 そんなことを考えながらヘリオライトたちを見ていたハーストは、担当者に声をかけられる。

「こちらはクディアーブルから取り寄せた家具になります。いかがでしょうか?」

「クディアーブル……」

 ハーストは、「クディアーブル」と聞き、そこで出会った少女レリシアのことが気になった。


 ──今、何をしているだろうか? 彼女が家を買うなら、何を選ぶだろう?


 ピンクのカーネーションが印象的なロリータ服を着ている冷静な少女。ハーストは彼女のおかげで助けられた。貿易会社社長の娘と聞いていたが、ハーストは彼女のことを詳しくは聞かなかった。


 ──あのあと、連絡先を聞かなかったが、彼女とまた会えるだろうか?


「あれって何かな? 宿にもあったよね?」

「あれはエアコン! 空気の温度を調節するんだよ!」

「じゃあ、あれは? これは?」

「あれは電気ケトル! これはただのクッション!」

 ハーストは騒がしいアルテアとヘリオライトのせいで、一気に現実に引き戻された。楽しそうに物を手に取りながら話している2人に何も言えず、ハーストは溜息をつき、窓の外を眺める。すると、大きな湖に浮かぶ小さな島が目に映り、その上に建てられた家を発見する。

「あの島は……」

「あちらは私どもの物件になっておりまして、数日前に空き家になっております」

「あの島を買うと、いくらになりますか?」

 ハーストが担当者に話を聞くと、値段はそれなりに高いが、建物はボロボロのままになっているようで、立て直さないといけないようだった。しかし、ハーストはどうしても気になっていた。

「あの島を買わせてください」

「あの、本当にご購入なさいますか?」

「はい、まだお金がありますから大丈夫です」

 お金は稼いだ分がまだあるから充分足りている状況だ。


 ──そのことも見越して、船での商品作りを頼まれたのだろうか?


 ハーストたちはグラントエリック王国から南大陸に来る際、砂の地域「サンドグリット」の女商人アッスィローラ・サンドグリットと出会った。なんとハーストの家まで来ていた男の商人プリスィモン・キャメルチアの従姉で、「従弟がお世話になっていますから」と、みんなで南大陸まで行く貿易船に乗せてもらった。そのときに、ハーストは船の中での商品作りを頼まれ、錬金術を使い、商品を作ったのだが……。


 ──まさか、これを見越していたのか……。


 ハーストは、考えてみれば、頼まれたのは珍しいアイテムばかりで、しかも、「商品の出来が良かったので、報酬は多めに入れておきました」と言われて中身を確認すると、思った以上の金額が入っていた。


 ──ありがとうございます。


「あの島を買い取らせてください」

「はい、かしこまりました。それでは会社で手続きをいたします」

「はい、お願いします」

 ハーストは今日1番の笑顔で返事をした。


 その後、ハーストは、アルテアとヘリオライトがあまりにもはしゃぎすぎ、家具をペタペタ触っていたのを申し訳なく思い、異空間から掃除道具を出現させ、物を操る闇魔法で部屋全体を掃除し、担当者に褒められたのだった。



 🌸 🌸 🌸



 それから、ハーストたちは購入した湖に浮かぶ小さな島に移り住み、家を建て直した。居住スペースと書庫、テラスなどのハーブを育てる施設、プール、材料をしまっておく倉庫などを竜族の魔法と錬金術を使い、丸1日で建てた。湖の上に長い一本道がある島で、ハーストたちしか住めないくらいの大きさしかなかったが、ハーストにとっては、それで充分だった。みんながまた騒ぎ出すかもしれないし、錬金術も成功ばかりするとは限らない。

 家を建てた後、ハーストとアルテアは、ほぼ毎日のようにハーブに水やりをし、ヘリオライトはヘリオドールとカモミールと一緒に天気のいい日はいつも外で遊んでいる。

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