見習い営業(住宅の内見)
帆尊歩
第1話 見習い営業
僕はドアの前で立ち止まった。
スマホで時間を確認する。
一時半、イヤ早すぎるだろう。約束は二時だ。
まあいい、担当者にちょっとしたプレッシャーを掛けるのも良いかもしれない。
まあ客を待たせることが、プレッシャーと感じる奴ならということだけれど。
不動産屋の担当者から、紹介された物件の内見に行こうということになったが、時間が取れない。以外と僕は忙しいのだ。
今時の営業マンは、無理にでも客の予定に合わせるということは考えないらしい。
仕方なく住所を教えてもらい、現地集合ということになった。
前の予定が早く終わったので直行したら、早く着きすぎてしまったのだ。
駅近の2LDK、気持ち相場より家賃が安い。
まさか事故物件かと思ったが、それならまだ高すぎるだろう。
ということは、何か重大な何かが。例えば隣にミュージシャンがいて、音がうるさいとか。下に居酒屋があって、ゴキブリが出るとか。
でも、見たところ静かで、綺麗なマンションだ。
なら問題があるとすれば、今日はそれを突き止めてやるつもりで来た。
ちょっと、ドアのレバーに手を掛けて見ると、開くじゃん。
僕は恐る恐る中に入った。
開けると白で統一された明るい室内だ。
照明も点いてはいたが、おそらくそれ以上に採光が良いのだろう。まずはポイント一点。
廊下を抜けてリビングに入ると、そこも明るく広い空間だった。
まあ、家具とか一切無いからね。
真ん中に、パンツスーツの女子大生みたいな女の子が立っていた。
担当は、高木という三十代の男だ。まさか内見に見習いをよこしたのか。
「あれ、君は?」
「山本と言います」
「あっそう、若いね」
「ありがとうございます。二十歳です」と言って、Vサインを出した。
若いというだけで、見習いと言うのは僕の偏見かなとも思ったが、Vサインなんか出されると、その偏見は偏見ではなく、事実なのかなと思える。
「いや褒めていないから。不動産、あんまり若い子だと逆に不安だし。高木さんは?」
「あとで来ると思います」あのやろう、自分は時間通りで、客が早く来たときのために、見習いをよこしていたな。
「まあいいや、早く着きすぎたんで。でも君、この部屋のことよく分らないよね」
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい、まずこのお部屋素敵でしょう。私も大好きです」
「ああ、そう」
「床、壁、天井すべて張り替えてリフォーム済みです」イヤ、当然だろう。新たに部屋を貸すんだから。と、僕は心の中で突っ込んだ。
「前はね、もう少し暗い色だったんですけれどね。明るくなったでしょう」
「いや前を知らないから。ね、と言われても」
「ここにテレビを置いて」山本は、身振り手振りで説明していく。
「ここにガラステーブルなんか良いですよ。そうすると、このあたりで寝転んでテレビが見れます」そう言うと、山本は実際に寝転んで、腕を枕にくつろぐ仕草をした。
「でもこうしていると、寝ちゃうんですよね」
「そうなの?」
「アッ、でも気をつけてくださいね。ちょうど、今の私の顔の辺りに、西日が当たるんですよ。ウトウトしていると、それで起きちゃう。夕方のウトウトは要注意です」
「西日が当たる角度には思えないけれど」
「あそこのビルの窓に反射するんです」
「そうなの」
「はい。あとキッチンですけれど」山本は元気よく立ち上がると、踊るようにキッチンに向かう。
「こことここに、小さめの棚を置くと良いですよ。で、冷蔵庫はここ。でも、向きが違うと冷蔵庫のドアが全開できなくなるので、向きは考えてくださいね」山本は、事細かく説明していく。よほど、間取りのプレゼンのシュミレーションをして来たと見える。
「あとお風呂」そう言うと、山本はまた踊るように風呂場に向かい、スーツ姿で湯船につかる真似をした。
「ね、足が伸ばせるんですよ。でもね、シャワーの下の棚が滑りやすいので、シャンプーは入れ物を工夫した方が良いカモです」
山本のノリノリのハイテンション説明が、逆に怪しい。何か隠しているんじゃないか。
とにかく、家賃が気持ち安い理由を探さなくては。
僕は、はっきり聞くことにした。
「山本さんから見て、この部屋のネガティブな所は」さあ、言えるか?
下手なことを言うと、高木から大目玉だぞ。
「いや本当にないんですよ、この部屋は完璧です」おお、そう来たか。
「アッ、でも、強いて言うなら」えっ、強いてを言うのか?ここまで完璧と言い切って、強いてを言うのか。高木から怒られないのか?他人事ながら少し心配になる。
「西日が入った時、この辺りだけ変色するかな。あと、お風呂が大きいので、ガスと水道代がちょっとかさむカモです。でも、本当に良いお部屋ですよ。もしご成約いただいて、ここに住んでいただけたら、私がちょくちょく顔を出して、万全のアフターケアーをします」そういうことか、この子は保守がメインのスタッフということか。
「あっ、もう二時か。ちょっと僕は、外で高木さんを待つことにするよ」
「はい」
部屋の外に出て、ものの数分で高木がやって来た。
「あっ、お早いですね」
「うん、三十分早く着いた」
「あらー」悪びれた様子はない。まあ、約束の時間に遅れたわけではないからね。
高木は、鍵穴に鍵を差し込んだ。
「アッ、鍵は」
「はい」と言いながら、ドアの解錠の音がした。山本の奴、いつ閉めたんだ。鍵を閉める音は、してなかった気がするけれど。
どうぞ、と言われて中をのぞくと、中は暗かった。
高木は、玄関横のブレーカーを上げた。
「そうだ。実は言い忘れていたんですけれど。この物件、事故物件なんですよ」
「だから家賃が気持ち安いんだ」
「えっ、ええ、まあ。でも今時、幽霊とか出ませんから。安心してください」
中が薄暗いのは、雨戸のシヤッターが閉まっていたからだ。
「事故物件って?」
「ああ、それ聞きます?」
「聞かせて」
「二十歳の女子大生が、思い詰めてこの部屋で命を絶ちまして。でも大丈夫です。床、壁、天井、全部リフォーム済みですし、お祓いも済んでいます」
「本当かよ」
「本当です。霊媒師の先生からも、この部屋には何もいないとお墨付きをいただいております」
「ねえ、高木さん」
「はい」
「山本さんて、知っている?」
「その名前を何処で?いやだなー人が悪い。事前にネットで調べたんですか」そう言いながら、高木は大きな音を立てながら。雨戸のシャッターを開けていった。
見習い営業(住宅の内見) 帆尊歩 @hosonayumu
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