ニコラス不動産へようこそ!

マキシ

辺境惑星での不動産業

 ようこそ、ニコラス不動産へ!

 わたくし、店主のニコラスでございます。この星へは初めてですか?


 ご安心ください、三つ目族トライアインスのわたくしにかかれば、どんなご要望にも、ぴったりのお部屋を見つけてご覧に……、なに? あなた、客じゃないの? あ、そう。先に言ってよ、そういうことは。


 取材? あんた、星間雑誌の記者さんなの? へえ、酔狂だね、こんな辺境の星に。ちょうど暇だったんだ、取材なんて、くすぐったいこと言わないで、世間話でもしようか。ほら、突っ立ってないで座んなさいよ。


 そういえば、雑誌の名前は? へえ、惑星ウォーカーね、ああ、読んだことありますよ。随分前だけどね。あれはいいね、あれはいい雑誌だ、はっはっは。

 おっとっと、お茶くらいださないとね。

 おーい! ミネルバさん! ミネちゃーん! お客にお茶をよろしくー! って、客じゃないらしんだけどね。取材だってさ。

 コンナシケタ店ニ、何ヲ取材スルノカって? シケタは余計だよ。


 ああ、彼女はね、ミネルバっていう子で、見ての通りダークエルフなんだけど、しばらくこのお店の助手をやってもらってるんだ。いい子だよ、多少大雑把だし、まだこの星の言葉は片言だし、デリカシーってもんがないけど、書類仕事は完璧だし、何より、ダークエルフだからかもしれないが、結構な美人だろ? お、あんたもそう思うかい? 意外に隅に置けないね。はっはっは。


 お、ありがとね、ミネちゃん。お客のお茶はそちらにね。アタシの分は? ないの? セルフサービスって? ろくに話せないのに変な言葉知ってるね。わかった、わかりましたよ、自分の分は自分でいれますよ。


 買物二行ッテクルって? 何か買うものあったかね。トイレットペーパー? ニコラスガ尻ヲ拭クノニ紙ヲ使イ過ギルって? 大きなお世話だよ。ウン〇デカイノカって? そんなことお客の前で聞きなさんな。客ジャナイカライイダロって? そういう問題じゃないんですよ。まあ、いいや。ここはもういいから、買物へ行っといで。


 ごめんなさいよ。ご覧の通り、デリカシーってもんがない子でね。いい子なんだけどね。ああ、話を戻そうか。ええと、どこまで話したっけ、ああそう、雑誌だ。なんとかウォーカーってね。最近じゃ、こんなところまで取材に来るんだね。精がでるねぇ、頭も下がるってもんだ。


 アタシはね、以前は三つ目族トライアインスの母星に住んでたんだけど、しばらく前にこっちに移住してきてね。住まいを探してるうちに、こっちの星じゃ、ろくに不動産屋もないってことに気が付いたんだ。


 あんたは知ってるか知らないが、三つ目族トライアインスってのはね、遠くのものを見通す超能力があるんだ。千里眼ってやつだね。このおでこのとこにある目で、他の人には見えないような、遠くのものを見ることができるってわけさ。こいつを使えば、住まいをお探しのお客さんに、ぴったりの物件をご案内できるってね。

 母星じゃ、この能力を危険視する動きもあるとかって聞いたこともあるが、こんな辺境じゃ、こうやって有効活用していかないとね。

 こう見えて、中々に評判のいいお店なんですよ。この後、内見の予約もあるしね。


 おっと、ちょうどそのお客さんから電話だ。

 なに? 内見の予約を取り消したい? いや、そりゃ、そちらさんがそれでいいなら、こっちは構わないけどね。

 もしよかったら、事情を聞かせてくれるかい? なんだか随分沈んだ声をしてるじゃあないか。

 なになに? 婚約者と新天地で生活を始めるために住まいを探していたが、婚約者に浮気疑惑が持ち上がって、それどころじゃなくなったって? ははぁ、なるほどね、それでそんなに落ち込んでるんだね。いや、そりゃ、そんな声を出してたら、いやでもわかろうってもんだよ。


 ……いいかい、お若いの。まあ、聞きなさいよ、この年寄りの話をね。

 アタシもね、以前は結婚してたんですよ。驚きなさんな、すっごく美人のダークエルフ……なんか引っかかるね……いや、こっちのことだ。とにかく、美人のおかみさんがいたんですよ。


 でもね、このおかみさん、すごくよくできた人ではあったんだけど、ちっと背が高くてね。ダークエルフじゃ、特別高い方ってわけでもなかっただろうけどね。アタシは三つ目族トライアインスだからね、背は高い方じゃない。おかみさんより、ちょっと低いくらいだった。


 アタシが自分の背が低いことを口にすると、決まってそんなこと気にするなって、カラカラ笑ってたっけ。きれいな、かわいらしい笑顔でね。アタシは、その笑顔を見るのがすごく好きだった。幸せだったね、あの頃は。


 でもそんなときね、見ちまったんだね。彼女が、同じダークエルフのイケメンと、バーで飲んでいるところをね。そのイケメンは、彼女よりずっと背が高かった。

 そんなこと、普通なら、わからなかったかもしれないが、アタシは三つ目族トライアインスだ。千里眼でその様子が見えちまったんだね。因果なもんさ……。

 アタシは、腹が立ってね。彼女を責めたんだ、その日の夜にね。彼女は、彼は、昔からの友達ってだけで、久しぶりに会ったから、バーで話し込んでただけだって言ったんだけどね、アタシは耳を貸さなかった。そのまま家を飛び出しちまったんだ。


 アタシは、惨めで惨めで仕方がなかった……。どうしようもなく悔しくって、悲しくって、自分が三つ目族トライアインスであることを呪ったね。彼女がバーでイケメンと飲んでたところが見えちまったことも、自分の背が高くなかったこともね。なんで自分はダークエルフじゃなかったのかって、しょうもないことを考えてたよ。


 それで、彼女のことを忘れたくって、この星に移住してきたんだ。で、あんなに呪ってた三つ目族トライアインスの能力を生かして、不動産屋なんぞを始めたってわけさ。

 ……でもね、今でも思うんだ。あの時、なんで彼女の話をちゃんと聞いてやれなかったのかってね。後悔したって始まらないけど、一人になったときとかにね、ふっとそう思っちまうんだよ、どうしてもね。あんたには、そうなって欲しくはないね。


 いいかい? 短気を起こすのは後でもできる。とにかく、相手の女の人の話を、まずはちゃんと聞いてやんなさい。それで、きちんと話し合うんだよ。それからのことは、それから決めたって遅くはないさ。


 何? やっぱり内見はしてみるって? それがいい。今日のところは、新しい住まいになりそうなところを見て行って、よかったら後で、婚約者さんとご一緒に来ればいいよ。

 待ち合わせをしようじゃないか、世界樹の脇あたりでね。あのフージ・マウンテンのふもとにあるあれさ。わかる? 結構。それじゃ、一時間後にね。


 ああ、悪かったね。何しろ仕事の電話だ、ああ、もう電話は終わったけど。聞いた通り、これから出かけないといけなくなってね。そうそう、うら若いお二人の、新しい住宅すまいの内見ってわけさ。

 アタシは年寄りに見えないって? 嬉しいこと言ってくれるね。こう見えてもね、結構年なんだよ。三つ目族トライアインスは、結構長命だから、あんまり老けて見えないけどね。長命ったって、エルフやダークエルフなんかに比べれば、かわいいもんさ。彼らとは、寿命に関しちゃ、桁が違うからね。


 お、ちょうどよかった。ミネちゃんも帰ってきたところだ。

 何? トイレットペーパーガ安売リシテテ、タクサン買エタって? そりゃよかったね。コレデ沢山ウン〇デキルダロウって? 余計なお世話だよ、ほんとうにデリカシーってもんがないね。

 アタシはこれから出かけるからね、お店番頼んだよ。

 コレガ、立ツ鳥後ヲッテ奴カって?どこで覚えたのかね、そんなことわざ。その、うまいこと言ってやったって顔よしなさい!


 雑誌記者の人、好きなだけいてもらっていいよ、お茶くらいしか出せないけどね。デリカシーのない美人の顔でも好きなだけ眺めていったらいいさ、はっはっは。

 それじゃ、行ってくるね。


 ~~~


 私はミネルバ、銀河連邦星間宇宙軍の少佐だ。

 現在は、母星から移住した三つ目族トライアインスの男性について、素行を調査する任務についている。


 三つ目族トライアインスは、その特殊な能力が危険視されることが多い。母星では、彼らの素行について、彼らに気づかれることなく、ひっそりと監視されているが、素行に問題があった場合、より管理された地域への移住してもらうこともある。


 今回のように、辺境惑星へ移住した三つ目族トライアインスの場合は、常に監視することが難しいので、まずは今回のように、その素行を調査して、移住先での生活で、周辺住民に危険を及ぼす可能性がないか、確認するというわけだ。まあ、本来なら下っ端の仕事なのだが、今回は、別口で個人的な依頼があったこともあり、私が任務を遂行している。


 雑誌記者を装ってこの店に来たのは、私の有能な部下、スタンリー中尉だ。彼は、私にニコラスの素行についての調査結果を聞いた。

 私は彼に、聞いた通りだ、問題はない、と答えた。

 そして彼に、私は美人かね? と聞いた。彼は、困ったような顔をした。その顔を見て、私はクスリと笑ってしまった。冗談など、ここ十年程言ったこともなかった。


 姉上、彼は元気でしたよ。姉上とのことをずっと気にしているようです。いつか、ゆっくり思い出としてお話できる日が来るとよいですね。後で、このことを圧縮超空間通信でお伝えしなければ。


 姉は、ニコラスと離れた後、別の男性と結婚したが、ずっとニコラスのことを心配していて、私に彼の様子を見てきてくれないかと、ずっと頼んでいたのだ。しかし、私も忙しい身だ。任務にかこつけでもしなければ、こんな辺境な星になど、なかなか来れないからな。


 これで姉上からの頼まれごとも、軍の任務も完了というわけだ。

 私は、スタンリー中尉に、しばらくこのまま、この星に駐留することを伝えた。この数十年、ずっと働き詰めだったのだ。しばらく休暇を取ったって、悪くはないだろう?

 辺境惑星で不動産屋を営む、変わり者の三つ目族トライアインスの男性についても、少し興味が出てきたところだしな……。


 Fin

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