内見ブッキング

セントホワイト

内見ブッキング

 新しい季節は出会いの季節。

 桜が咲くころには新たな門出を一足先に新たな場所で祝おうとする者は多い。

 そしてそれは今日の私も同じその一人だった。

 田舎から上京し不動産屋に物件を紹介して貰うために待ち合わせた場所はとあるニ階建てのアパートの前だった。

 しかし不思議なことに待ち合わせ時間の13時に着くと、そこには紹介してくれる大手不動産屋の方とは別のグループも居たのだ。


「あっ、大橋様!」


 スーツを着た男性の不動産屋は、他に来ている少々気弱そうに見える同じくスーツ姿の男性を揉めているように見えたが、私に気が付くと態度を一変させて頭を下げて丁寧に挨拶してくる。


「本日は大変申し訳ございません。無理なご相談を受けて頂きまして……」

「いえいえ! 手違いなんて誰にでもありますからっ。確か……他の方とも内見の日が被ってしまったとか」


 チラリと横目で確認すると、自分と同じく上京目的なのか年若い18歳ほどの見た目をした茶色の髪に赤いヘアエクステをつけた女性が気弱そうな男性と共に立っていた。


「そうなんです。こちらの者が内見日を同じ日に入れてしまいまして、このような事態になってしまい本当に申し訳ございません」

「も、申し訳ございませんっ!」

「それほど謝られても……それより私はいいんですけど、そちらの女性の方は平気なのでしょうか?」

「はい。彼女の方は幾つかの仲介業者から物件を見て比較検討されているようで、日を改めるのが難しいと仰れておりまして……」


 つまり女性の方は幾つか候補に挙げている物件のひとつでしかないため、仮にここを自分が選んでも彼女は他から探すだけだ。

 仲介業者からすれば果たして『カモ』なのはどちらなのか。

 ただ違う不動産業者とも付き合いがあるのであれば、心象を悪く持たれたくないのは自分の方なのは露骨に見て取れた。


「……まあ、彼女が良ければこちらは問題ありません。それより実際に物件を見せて貰っても?」

「はい! それではご案内させて頂きます」


 不動産屋に案内されたのは二階にある角部屋だった。

 普段は中々空きが出ない角部屋は一年ほど前に部屋の主が行方不明となってか空室となっているらしい。


「こちらのお部屋です」

「お、お邪魔します」


 自分のあとに続いて無言で入ってくる女性は、まず靴箱などの玄関周りを確認していくのに対し、自分は中に入って説明されながら確認していく。

 部屋は綺麗に片づけられ、独身の部屋だったら充分すぎるほど充実し、しかもトイレと風呂が別に在るという。

 東京といえばこれだけで家賃は張ってしまうものだが、築年数との兼ね合いもあり何とか自分でも頑張れば住めそうだった。


「なるほどねぇ……やっぱり東京は結構値が張るなぁ」


 東京といえども人気ではなく、ほんの少し歩けば違う県になってしまう場所だがそれでも東京で仕事をしている人間が他県に住む理由が実感する値段だったのを風呂場を見ながらしみじみと呟くと―――


「ひっ!?」


 ―――鏡越しに見るもうひとりの内見者の女性の、突き刺さるような冷たい瞳だった。

 それは二つの黒い穴が開いているようにも見え、何の感情もなく、生気もないのは人形よりも恐く見えて思わず尻もちをつく。


「……内見しても、いいですか?」

「え? あっと、ど、どうぞ……」


 驚きに悲鳴をあげたのに女性は何一つとしてリアクションせず、淡々と風呂場の中へと足を踏み入れる。

 ひたっ、ひたっと素足で中に入る彼女は自分が転んだのを見て靴下を脱いでいた。

 どうやら気を使って何も言わないだけのようだが、恥ずかしい場面を見せてしまったらしい。


「さっきの話、知ってますか?」

「は、はい? さっきの?」

「前の、ここの入居者の方の話です」


 突然に話しかけられたこともそうだが、突然の話題に驚き言葉が詰まる。

 この部屋に入る前、案内されながら説明されたのは前の入居者が行方不明のまま一年ほど過ぎていることで空き部屋になったという話だろう。


「行方不明って言ってましたよね?」

「……不思議、とは思いませんか?」

「まあ多少は。でも東京はお金がかかって夜逃げする人とかも居ると思いますし。連絡が取れなくなる人も居るんじゃ」

「だとしたら仲介業者の方も詳しく説明してもいいんじゃないんでしょうか? お金に困ってたら家賃や光熱費を滞納してても変ではないです」

「それは、まぁ……」

「でも、何で詳しく説明してくれないんでしょう? 変ですね……変ですね……ヘンデスネェ」


 彼女はこちらを見ようともせず、ただ鏡を見ながら呟くように語っている。

 まるで何かに憑りつかれたのかと思うほど、彼女は聞き取れない声で呟いているのが鏡に映っており、恐ろしくなって彼女に気づかれないようにゆっくりと風呂場を後にした。

 風呂場を出てから急いで仲介業者の男性に話を訊きにいくと、男性はもう一人の仲介業者の気弱そうな男性と一瞬だけ視線を合わせると言い難そうに口を開く。


「前の入居者の方、ですか……」

「ええ。行方不明と聞きましたが、もしかして事件性のあるお話ですか?」

「詳しくは分かりません。ただ警察の方も調査中ということでして、我々も上司から聞いた話程度ですが……何でも前の入居者の方は年若い女性だったようなんです」

「女性?」

「ええ。ここから三十分ほど電車で行くと有名な大学がありますよね? どうやらそちらの学生だったようなのですが怪し気なバイトをされていたらしく……」

「つまり、援助交際のような?」

「平たく言ってしまうと。少ない時間で若い女性がそれなりに稼ごうとすると、そういった仕事に手を出してしまう方も多いようです。しかし往々にしてそういう場所は事件に巻き込まれやすいようでして……」

「ある日からその女性がパッタリと姿を見せなくなったらしく、それからずっと行方不明なのだとか」


 警察も知り合いや周辺住民への聞き込みをしたそうだが、残念ながら有益な情報は手に入らず一年を過ぎてしまった。

 未だ彼女の両親は子供の捜索をしているそうだが、警察も両親も彼女のことを見つけられないらしい。

 忽然と消えた女性が今頃どうなっているのか。他人の私からすれば冷たいとは思うがすでに生きてはいないだろうと判断してしまう。


「一応聞きますが、この部屋では何も無かった?」

「ええ。荒らされた形跡なども無かったようです。炊事や洗濯などもちゃんとされていた方のようで、洗面台に置きっ放しのコップなども在ったようですね……」


 仲介業者の男性は玄関に近い場所に造られた小さな炊事場のほうを見ながら呟く。

 当時と変わらないはずの炊事場は以前の様相がどうだったかを連想させる。

 何らかの凄惨な事件に巻き込まれたのかもしれないが、借りる側の自分としては部屋で何も起きていないという事実はひとつの安心材料だった。

 それからしばらくは周辺住民などによる問題がないかなどを聞いたりしながら、この日の内見は終了した。

 電車で1時間ほど揺られて実家に帰ると―――


「お帰りぃー。内見はどうだった?」


 ―――リビングで寛ぐ妹がお菓子を食べながら訊いてくる。

 妹も自分の部屋として占領したいからか、私の引っ越しについて頻繁に訊いてくるのが通例だった。


「いい部屋だったよ。でも前の住居者の方が一年も行方不明なんだってさ」

「ええ? なにそれ怖っ! ありえなくない!?」

「でしょう? どうしようかな……ん?」


 重たい溜息を吐いて上着を脱ぐと、たまたま点いていたテレビのニュースに目が吸い寄せられる。

 とある空き家のお風呂場から白骨化した遺体が発見されたらしい。警察が調査したところ一年前に行方不明となった女子大生であり、その際に出された顔写真は今日一緒に内見した女性の顔だった。

 赤いヘアエクステはつけていないが、あのお風呂場で鏡越しに見た女性の顔と非常に酷似していたのだ。


「え? この人……」


 その時、突然にチャイムが鳴らされる。

 立っていた私が妹の視線に押され、背中に流れる冷や汗を異様なほど感じながらも玄関へと向かう。

 普段となにも変わらない玄関扉の前に立つと、二度目のチャイムが鳴らされる。

 明かりが点いていない玄関は先程と打って変わって異常に恐ろしく見え、いつもなら使うことのない玄関ののぞき穴を使う。

 すると、そこに立っているのは茶色の髪を割れた頭部から溢れた血によって赤く染めているあの女性が笑みを浮かべて立っていた。


「内見、シテモ……イイデスカ?」

「ひっ!?」

お部屋アナタの身体……内見シテモ、イイデスカぁ?」


 暗い眼下には闇が広がる。そこには何もない。ただ……生への妄執だけが彼女を現世に残していた。

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