第25話

「よし! これで元に戻ったはず!」


 悠真に、しっかり袋の中身を飲み干してもらった。

 そのあと、念のため袋を裏返して中身も舐めとってもらったし。

 これでオッケー。


 悠真は、今にも吐き出してしまいそうな顔を浮かべている。

 なんだか、苦しそうだね……。


 まぁ、自業自得なんだけどね……。


 私と一緒に見つめている三浦さん。

 恍惚とした表情を浮かべている。

 なんだか、こちらの方が見ていて嬉しいかもしれない。


 私は、唐突に聞いてみる。


「三浦さんって、まだ悠真のこと好きですか?」


 三浦さんは、私の質問に対して、少し考えている様子だった。

 弱みを握ってしまっているというのはあるけれども。


 今の三浦さんなら正直に答えてくれるはず。



「いや、もう悠真のことは、やめとこうかなって思います」

「そっか」


 三浦さんは、少し残念そうにしながらも、口調は完全に吹っ切っているようだった。


「浮気しすぎだし、なんだか惨めだし。もう覚めちゃいました」


 こんなになってるやつをまだ好きだとしたら、本物かと思ったけど。

 やっぱりそうだよね。

 私も、あんなに好きだったけれども。

 三浦さんと同じ気持ちかもな……。


 そんな言葉とは裏腹に、三浦さんは嬉しそうな顔をしている。


「けど、悠真が虐められている姿っていうのは、なんだかそそりますね」

「やっぱりそう思いますか? ‌これ良いですよね!」


 三浦さんは、イタズラっぽく笑った。


「私、こんなことがあるかとも思って、色々な道具を持ってきたんですよ」


 三浦さんは、リビングに置いていたカバンからおもむろに縄を取り出した。


「こういうのも、アリだよねーって。前に悠真と言ってたりしたんでたりしたんです」

「へぇー。三浦さんって、良い趣味してますね。じゃあ、私も混ぜてもらおうっと」


 三浦さんと私で、悠真の手と足を結ぶ。

 三浦さんは、ニコニコと楽しそうだ。


「大丈夫。痛くはしないから」


 もう抵抗しなくなった悠真。

 一度好きだった人だし、可哀想な気もしてくるけども。

 ぐったりした顔をしてるし。


 ……って、あれ?

 こんな状況になっても、身体の方は元気になるんだね。

 呆れ過ぎると、逆に笑えてくる。

 なんだか、嬉しいとも思えてきちゃうな。



「悠真ってさ、やっぱり犬と一緒だね?」


 私と三浦さんの犬。


「まだ元気そうなら、次は私の番でお願いね! ‌大丈夫。無かったことにしたら、元気になるのは今ので確かめられたからね!」



 ◇



 夕日が沈むと、天窓には夜の空が広がり始める。

 段々と暗くなっていく部屋の中。


 出てきた生ゴミは、悠真の中へと戻しす。

 何度も何度も繰り返したり


 その度に、暗い部屋の中で、嗚咽が響いていた。



「ふう。そろそろ暗くなってきましたし、戻りますか?」

「そうしましょうか」


 今日の内見は、とっても面白かったな。

 すごーく、スッキリした気持ち。


 暗い部屋の中では、悠真の顔が見えないけれども。

 途中から、身体も元気なくなってきちゃってたし。

 今日はこのくらいかな。



 悠真の頭を撫でてあげる。

 もう愛情なんて無いけど、せっかく見つけたおもちゃ……。

 これで終わりだと、つまらないな……。

 長い間、私は騙されていた訳だして……。


 また、遊びたくなっちゃうな……。


「三浦さん。また明日も見学ってできますか?」

「大丈夫ですよ!」


 暗くて三浦さんの顔は見えないけれども、明るい声で答えてくる。


「あのー。また、二人で内見って、できますか?」

「うふふ。いいですよ? ‌というか、三人の間違いですよね?」


 三浦さんは、楽しそうに話してくれる。


「はは。悠真と私と三浦さんと、人数は三人かもですけど。見学って言ったら、見られる人が必要なわけで。見学するのは、私と三浦さん。見学されるのは、悠真です」


 三浦さんの笑う時って、口から音がする。

 嬉しい時って唾液が出てきちゃうのかも。


 もしかしたら、私たちも犬と一緒なのかもしれない。

 美味しそうな餌の前で、ヨダレを垂らしてしまうような……。


「そういうことですね。明日も大丈夫ですよ。……これ、私も、ハマりそうです」





 住宅の内見。


 私の社会人生活が始まる前。

 学生生活の最後。

 その春休みの出来事。


 これから、新生活が始まるんだもん。

 過去のことは、もう終わらせちゃうのが良いかなって気持ちになってくる。

 新しい生活を始めないとね!


 おもちゃは、おもちゃ。

 彼氏は、また新しく作ろう!




 ◇




 次の日。

 住宅の内見をすると、縛られている悠真がいる。

 ご飯はあまり食べていないみたいだった。


 三浦さんは、楽しげに言う。


「今日も二人で、内見していきましょー!」

「はい! ‌よろしくお願いします!」


 不動産屋の店員さんと、二人で内見してるだけ……。

 それだけのこと……。



 私は、三浦さんに聞いてみる。


「三浦さんのオススメのポイントって、どこですか?」

「やっぱり収納ですかね? ‌意外と入るんですよ? ‌入れてみます?」


「そうなんですね。ちょっと私も試してみたいです」


 悠真は、苦しそうな声をあげるけれども。

 身体は、やっぱり元気そうかもしれない。


 私と三浦さんのおもちゃ。



 けど、やっぱり段々と元気は無くなっているみたいだった。

 悠真の元気が無いと、私と三浦さんは楽しめないからなー……。



 こういう時はどうしようかな?


 私は、物理学を専攻していた理系なんだ。

 ITも詳しければ、物理も詳しいの。


 この世には、質量保存の法則っていう法則があるんだよ。


 一つの物が二つに別れた場合。

 分解して、本体から外に排出されたものがあれば、中に戻してあげれば元通り。

 質量は一定に保たれる。


 それが今まで上手くいってたみたいだけど、元気にならなくなってきちゃったの。



 考え方を拡張してあげても同じこと。

 密閉された空間であれば、その空間内での質量は保存するの。

 とある物質から分解された物質があれば、それを他の物質に結合しても質量は保存される。

 密閉空間では、質量が保存される。


 それをしたら、元気になるはず!



「三浦さーん。ちょっと悠真にご飯足しましょうか?」

「そうですね」


 三浦さんは、恍惚とした表情を浮かべた。

 その顔を見ると、私はそそられる。


「それじゃあ、ちょっと席外しますね」

「お願いします」


 三浦さんが部屋を出ていくと、悠真と私は二人きりになる。

 悠真は、もう私の彼氏なんかじゃないからなー……。


 悠真に話しかけてみる。



「二人きりっていうのも、なんだか久しぶりな感じだね。悠真は、もう彼氏彼女じゃなくなったんだけれども。何か私に言っておきたいことってあるかな?」


 悠真は、顔をぐちゃぐちゃにしながら、こちらへ訴えてくる。


「……ごめん。……俺が悪かった。……もう許して欲しい」


「……うーん。ダメかな?」


 私も三浦さんみたいに、嬉しそうな表情をしてるんだろうな。

 なんとも言えない多幸感を味わえている。



 質量は保存するはずなのに、なんだかやつれてしまってる。

 ‌元気のない悠真。


 理論と現実は少し違うのかもしれない。

 現実だと、気発してしまう質量を考慮しないといけないのかもだね。


 外から追加していけば、きっと減った分は元に戻るはず。

 三浦さんの分を追加の前に、私の分を追加しちゃおうかな?


 直接あげてもいいかもだし。


「ほら、ご飯食べなよ悠真。元気出してもらわないとだからさ」



 ……。



 ‌……。



 ……あ。



 やっぱり、元気になったみたい。

 ‌私の理論は正しかったね。


 ふふふ、楽しいな……。



 外は、春の爽やかな天気だって言うのにね……。


 こんなことになったのは、誰のせいかって。

 悠真のせいだからね。





 都会の不動産で、彼ではない人と二人きりでいるだけ……。

 ただそれだけの話……。


 了


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 最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。

 ご意見、ご要望がありましたら、コメントまでお願い致します。


 次回作の参考にさせて頂きたいと思います。

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都会の不動産で、彼ではない人と二人きり。 米太郎 @tahoshi

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