第24話

 悪い子には、躾をする。

 そうじゃないと、悪いことを繰り返しちゃうから。


 良い犬だと、言葉で言うだけで理解してくれるんだよ?

 けどね、言ってもダメな犬もいるわけで。

 みんながみんな良い犬ってわけじゃないの。


 そういう時には、しょうがないから身体に教えてあげないといけないんだ。


「ダラダラしてるから、こんなになっちゃったよね」


 悠真から、使用済みの生ゴミを取る。

 大体分かってたけれども、近くで見たらはっきりと分かる。

 この袋の中には、生ゴミが入っているよね。


「悠真は、どっちがいいの? 無かったことにしてあげるって言ってるんだけども。全部許してあげるよ? 痛いことなんて何もしないし」


 私の言葉に、悠真は安心したような顔をしていた。

 ここで、私から一つなぞなぞを出してみる。


 これは、子供でも分かること。

 簡単なこと。


「なかったことにするには、どうすれば良いと思う?」


 悠真は、テディベアみたいな恰好から姿勢を正した。

 そして、正座をして、頭を下げてきた。


「ごめんなさい。許して欲しい」


 うんうん。

 悪い事をしたら、謝る。

 これは、親からの道徳教育がされているっていうことかもしれないね。


 けど、それは教えられるのに。

 肝心の道徳感が養われていないのは、残念だな……。


「悠真、それとはちょっと違うんだ。道徳的な話じゃないの」


 悠真は下げていた頭を上げて、不思議そうな顔をする。


「えっと……、誠意が足りないかもしれないけれど。金輪際こういうことはしないから」

「だから、違うんだって。そういう話じゃなくてね。物理的な話として、無かったことにするにはどうしたらいいと思う?」


 悠真は、私の言葉が理解できないようで、悠真の眉間にしわが寄る。

 頭をフル回転したような状態で、おそるおそる答えてくる。


「ご、ごみに捨てる。っていうことかな?」

「ぶぶ一。不正解です」


 普通に考えれば分かることなのにな。

 簡単なのに……。


「例えばね、子供のおもちゃがあるとするじゃない? それを散らかしたら、片づけるでしょ? なんでだと思う?」

「そりゃあ……、また遊びたいからか……?」


 考えながらゆっくりと答える悠真。


「正解。その時に、おもちゃを捨てたりしないでしょ? 大事なものだから」

「そうだな」


 私は、一つ一つ段階を追って説明してあげる。


「じゃあ、片づけってどういう風にするのかな?」

「そりゃあ、元々あった場所に戻すんだろ?」


「おぉ!ちゃんとわかってるじゃん。じゃあつまり?」

「え……? つまり……?」


 まだわかっていないみたいだな、私は手に持った袋に入った生ゴミを指差して教えてあげる。


「これはね、ゴミじゃないの。私の大事な子供であり、私が楽しむためのおもちゃでもあるの」

「……?」


「大事なおもちゃは、元あった場所に片づける。また遊ぶために片づけるんだよね?」

「えっと……。元に戻すったって……」


「大丈夫だよ、悠真今朝も食べてたからさ」

「え……、どういうこと?」


「自分から出てきたものだし、それを元に戻すだけ。単純な話でしょ?」


 私も、営業スマイルっていうのができるかもしれない。

 感情とは別に、笑顔を顔に張り付けていれる。


 そうだ、元に戻すためには、協力者が必要だからね。


「三浦さーん。ちょっと手伝ってくれますか?」


 三浦さんは、私の話を少し聞いてくれるようだった。

 多分頭のいい人だから、これから何をするかわかってくれてそう。


 それに、悠真にお仕置きをするのには、進んで協力してくれるみたい。


「じゃあ、悠真に抱きついてもらって。手を抑えててください」


 そういうと、三浦さんは正座状態の悠真の膝の上に乗り、腕を抑えてくれた。

 これで悠真は動けないね。


「私とかには、無理矢理飲ませるくらいだもん。自分でもできるでしょ?」

「いや……、それは……」


「これを無かったことにしたいんでしょ?」


 手に持った袋を、たぷんたぷんと揺らす。

 私の言葉に、悠真は黙ってしまう。


 そして、悠真の顔には、おびえた顔が戻ってきた。


 ……この顔、ゾクゾクする。

 ……もっと見たいな。


「一滴も零さずだよ?」


 私は、袋に入った生ゴミを悠真の口に入れてあげる。

 そして、上の方から絞っていく。


 歯磨き粉を最後まで使い切るっていうのと、少し似ているね。

 中身が見える分だけやりやすいかもしれない。


 全国の歯磨き粉は、こういうパッケージにするといいかもだよ。

 中身が見えてわかりやすいし。

 柔らかいゴムだから、搾り取りやすい。


 悠真は苦悶の表情を浮かべている。

 良薬、口に苦しっていうしね。

 大丈夫、大丈夫。


 出すときに気持ちよかった分、それを元に戻すときは、逆の気分を味わうのかもしれないんだね。

 なんだか、自然の摂理を理解できた気がするな。


「悠真、吐き出しちゃだめだよ? 一滴残らずぜーんぶ飲んでね?」


 悠真の苦悶の表情を見て、三浦さんもうっとりしているようだった。

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