キョウジの計画
コンコン――。
「開いてるわよ」
ルアンナはドアに向かって声をかけた。
てっきりリックが戻ってきたのかと思ったのだけど、失礼しますと言って入ってきたのは黒髪の新聞記者だった。
「あれ、キョウジ?」
時計を見るとまだ十一時前だ。
約束は午後だったはずだけど――。
――知り合いに家庭教師がいるんです。その人にリックの勉強を見てもらおうと思ってます。
昨日、ヒーディングをひっぱたいた帰り道、キョウジはそんなことを言った。
リックに教養を身に着けてほしいというのはオリヴィエの願いだし、家庭教師が勉強を見てくれるというのであればこんなにありがたいことはない。
でも――家庭教師を雇えるほどの余裕はルアンナにはない。
そう伝えるとキョウジは、そこは心配しなくても大丈夫ですと言った。
「家庭教師と言っても、元家庭教師なんです。教えることが好きな人なので報酬は必要ないと思います」
それが本当なら神様のような人だと思う。そんな人がいるんだろうか。正直あまり信じてはいなかったけど、まずは会ってみませんかというので、翌日――つまり今日――の午後、リックと一緒に家庭教師に会うことになったのだ。
けど――。
キョウジが約束の時間より早く来たってことは何かあったんだ。それもたぶん良くない何かが。
キョウジは大丈夫なんて言ってたけど、たぶんその家庭教師が引き受けてくれなかったんだろう。
あたしはともかく、リックはがっかりするだろうなァ。
へそ曲がりだから昨日も素直に喜ぶような態度は見せなかったけど、喜んでいたのは間違いない。今だってわざわざ部屋に鞄と筆記用具を取りに行ってるのだ。
軽く会釈して、部屋に入ってきたキョウジは挨拶もそこそこに、ルアンナさんちょっとお話があるのですがと言った。
「家庭教師、ダメだった?」
「え?」
キョウジは不意を突かれたような顔をルアンナに向けた。
「昨日言ってたじゃない。家庭教師を紹介してくれるって」
「ああ、そのことですか」
「そのことですかって何よ! リックは家庭教師に会うの楽しみにしてたんだからね!」
キョウジはすいませんと慌てて謝った。
「そっちの方は大丈夫です。予定通り午後、紹介します」
「え? あ、そうなの」
てっきり家庭教師が紹介できないという話かと思っていたので、拍子抜けしたような返事になってしまった。
でも――だったらどうして約束の時間より早くやってきたのだろう。
ルアンナは怪訝な表情を浮かべる。
キョウジはルアンナを見据えて言った。
「ルアンナさん、実はそれとは別にお願いがありまして……」
「別に?」
「オリヴィエさんを殺した犯人を捕まえるために協力してほしいんです」
*
「ようするにあたしをエサにして犯人をおびき出すってことね」
ルアンナは腕組みしたまま答えた。
目の前の探索者は、すいません、これしか思いつかなくて、と申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
オリヴィエを殺した犯人があたしのことも狙っているということは聞いていた。キョウジはその手がかりを掴んだらしい。
「いいよ、やる」
「ホントですか?」
キョウジが驚いて聞き返した。自分で頼んだくせにヘンなことを言う。
「あんたにはリックのことで借りがあるし、何よりそいつが許せない」
そう、絶対に許さない。
「あの……頼んでおいて言うのもなんですが、絶対に無茶しないでくださいね」
「わかってるわよ。で、あたしは何をすればいいの?」
犯人は新聞の尋ね人欄に情報提供の告知を載せていたのだそうだ。その掲載主に連絡を取り、会う約束を取り付ける。待ち合わせ場所にやってきた犯人を確認し、捕まえる――というのがキョウジの計画だ。
「でもさキョウジ、そいつが『偶然通りかかっただけだ』なんて言ってとぼけたら逃げられるんじゃないの?」
「そうですね……欲を言えば、危害を加えようとしたところを取り押さえられるのがベストなんですが……さすがにそこまで危険な目に合わせるわけにはいきません」
「やるわ」
「え? いや、それは――」
「その代わり絶対に捕まえてよ」
キョウジはルアンナの決意が揺るがないことを感じ取ったのだろう。半ば諦めたようにわかりましたとつぶやいた。
「そのかわり本当に無茶しないでくださいね」
「わかってるって」
キョウジはまっすぐにルアンナを見据えると、
「ルアンナさんのことは僕が命に変えても守ります」
と言った。
「あ――」
ルアンナは視線をそらし、うんと小さくうなづいた。キョウジのあまりにもまっすぐな目に少しドキリとしてしまった。
前にも同じようなことを言われたような気がする。そのときは気がつかなかったけど、この人はいままで付き合った男たちとは違う目をしている。
何が違うんだろう――。
戸惑うルアンナの気持ちをよそに、黒髪の探索者はよろしくお願いしますと頭を下げた。
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