聖バーソロミュー教会

 聖バーソロミュー教会はロンドンでもっとも古い歴史を持つ教会だ。

 ロンドン北西部のスミスフィールドに建っている教会はテューダー様式やロマネスク様式、ゴシック様式など様々な年代の様式が一体となっており、それまでに刻んできた年月を静かに物語っている。

 建物の奥には祭壇の置かれた礼拝堂があり、吹き抜けになっている三階の窓から差し込む柔らかな外光が室内の荘厳な雰囲気を引き立たせている。

 キョウジはそんな歴史のある教会の一室にいた。置かれている椅子やテーブルもみな年季が入っている。

 向かいに座っているのはフォスター牧師だ。痩せぎすで、色白の顔は表情に乏しく、牧師というよりは事務員といった風体だ。まだ若い。三十代前半ぐらいだろうから、年代物揃いのこの聖バーソロミュー教会ではかなり新しい部類に入るに違いない。

「それで――」

 牧師が少しこもった声で訊く。

「捜索は進んでいますか」

「ええ、それが……」

 キョウジは後頭部に手を当てながら、なかなか思ったように進まずまいってますと続けた。

 ヴァチカンから派遣されている《天国への案内人》は《残され人》に関する捜索をする場合、そのエリアを管轄しているイギリス国教会に報告する義務がある。報告の頻度は管轄している教会によって違うのだが、今回は二日ごとに状況報告をするようにと言われている。

 何か進展がある日はともかく、何も進んでいない日の報告は少し気まずい。しかもフォスター牧師は表情の変化が乏しいので、なんだか責められているような気になってしまう。

「《探索者》でも困るものなのですか」

「はあ……《探索者》と言っても僕の場合は名前と顔がわかるだけで、対象者は地道に探すしかないんです」

「意外と不便なんですね」

「すいません」

「謝るのは私ではなく殺されてしまった方にではないですか」

「……おっしゃるとおりです」

 牧師の口調は責めるようなものではないのだが、キョウジとしては返す言葉もない。

「ルアンナさんという方も娼婦なのですか」

「おそらくは……まだ断定はできませんが」

「そうですか。私もお手伝いしたいのは山々なのですが、この件はそちらの領分なのでお任せするしかありません」

 牧師は、はいと応えたキョウジを激励するように、これ以上犠牲者が出ないように早急に解決してくださいと言った。

「なんとかがんばります」

「頼みますよ」


   *


 教会を出たキョウジは大きなため息をついた。

 いつものこととは言え、国教会の担当牧師と話した後はどっと疲れが出る。 

 牧師にもリーズのラムジ牧師のような気さくな人物もいるが、だいたいは無関心か、むしろ敵愾心を向けてくることの方が多い。誰だって余所よそ者に勝手に自分の庭の中を歩き回られたくはないし、協力したところで自身にはなんの得もないのだから、気持ちはわからなくもない。

 フォスター牧師はどちらかと言えば無関心派のようだが、その割に経過報告はまめに求めてくる。すでに二人の対象者を殺されてしまっているのだから無理もないが、キョウジとしてはやりにくいことこの上ない。

 もう少し放っておいてくれていたほうがありがたいんだけど――。

 いや、愚痴を言ってる暇はない。これ以上、犠牲者を出すわけにはいかないのだ。

 とにかく、一刻も早く対象者を見つけださなくては――。

 キョウジは決意も新たに雑踏の中へと足を踏み出した。

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