リーズ中央図書館
* * *
翌日、キョウジはリーズの中央図書館にいた。
リーズ中央図書館はヨークシャー州でも有数の蔵書数を誇る図書館で、中世に書かれた分厚い書物から最近発行された新聞雑誌の類までが揃っている。
開館直後の図書館は利用者もまばらで、館内には閑散とした空気が広がっていた。
キョウジがいる四階フロアも彼以外の人影は見えず、まるで時間が止まった場所に迷い込んでしまったかと錯覚してしまうほどだ。
細く長いフロアの壁面すべてを書架が埋め尽くした、まさに本の部屋なのだが、圧迫感はさほど感じられない。吹き抜けであることに加え、ガラス張りになっている天井のおかげでむしろ開放的な印象すら受ける。本来五階となる部分には回廊のようにギャラリーが設けられているので高い位置にある本も自由に閲覧できるようになっている。
キョウジは抱えていた資料をテーブルに置いた。
ドサリという音が静かな館内に大きく響く。
置かれたのはすべてボクシングに関する資料や新聞だ。
エディのアウトボクシングは彼の言うように最近使われ始めた戦い方であるらしい。
このスタイルが定着するかどうかはアウトボクシングで戦う強い選手が出てくるかどうかにかかっているのだそうだ。
たしかに勝たなければ認めてはもらえない。
最近のボクシング事情は知ることができた。
次は――。
キョウジは古い新聞を開き、スポーツ欄に掲載されているボクシングの記事に目を通す。
目当ての選手はすぐに見つけることができた。
バーディ・コリンズ――。
エディは知らないと言っていたが、知らないはずはないのだ。
正面から聞いてもダメだというなら、もう少し違う方向からのアプローチを考える必要があるだろう。
*
図書館を出たキョウジはイースト・パレードを南に向かい、途中のグリーク通りで小道に入り繁華街方向に歩いている。
「さてと……」
――これからどうしたものか。
新聞や書籍などで調べられる情報はあらかた手に入れることができた。
《
幸いなことに今回は
あとは彼に残されている想いを遂げさせることに専念すればいい。
まあ、いつもそこが問題なのだけど。
そんな事を考えながら歩いていると不意に近くで声をかけられた。
「ちょっと君――」
声のした方を振り向くと、丸い眼鏡をかけ顔の下半分が口ひげに覆われた中年の牧師が立っていた。
「――キョウジくんじゃないか」
見知った顔だ。キョウジは軽く会釈する。
「ラムジ牧師、ご無沙汰してます」
牧師はそうか、そういえばちょっと前に通達が来てたなあ。君の顔を見るまですっかり忘れていたよ、と言って破顔した。
ラムジはリーズの旧市街にある大聖堂の牧師である。教会内ではかなり高い地位に就いているはずだが、気さくな性格でキョウジのような者にも分け隔てなく話しかけてくれる。会うのは二年ぶりになるか。
「すいません、ご挨拶にもうかがわずに」
「なァに気にすることはない。来たら来たでお互い余計な気を遣う」
キョウジはすいませんと言ってもう一度頭を下げた。
「ねえ師匠。誰ですか、こいつ」
牧師の後ろにいた少年が言った。見た感じ十三、四歳ぐらいではないだろうか。おそらく教会の従者だろう。
「こらジョアン! 何だその口の聞き方は!」
少年は師匠の叱責に慌てて首をすくめた。
キョウジは二人のやり取りを見て苦笑する。このぐらいの年頃にはよくあることだ。
「ラムジ牧師、かまいませんよ」
キョウジは牧師をなだめて、ジョアンと呼ばれた少年に向き直る。
「はじめましてジョアンくん。僕はキョウジ・ロクセット。よろしく」
少年はキョウジを見据えたまま、むすっと黙り込んでいる。
「こら、挨拶ぐらいせんか」
牧師に促され、ジョアンはようやく一言よろしくと言った。
「まあったく。ろくに挨拶もできんとは情けない」
嘆き節の師匠に少年が訊く。
「で、師匠。この人誰なんすか」
「キョウジくんはヴァチカンから来た方で――」
「え! ヴァチカン?」
ジョアンが声を跳ね上げたのも無理はない。
ここイギリスの教会はローマカトリックではなくイギリス国教会に属しているのである。
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