送天

   * * *


「どうだった?」

 ノーマンの問いにキョウジは情けない顔で答えた。

「怒ってました」

「あはははは。だから言っただろ。見てくるだけでいいって」

「忠告を尊重するべきでした」

「次は気を付けるといい」

「そうします」

「あれは何か言ってたかい?」

 医師は少し視線を外し、何気なく聞いた。気にならないはずがない。

 特に伝えるメッセージはもらってきていない。

 だからキョウジはそう答えた。

 ノーマンはそうか、とほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべたが、ありがとう十分だと唇の端を小さく上げた。

 それから目をつぶり大きく息を吸い込こんだ。

 深呼吸。息を吐き出し、静かに目を開く。

「行こうか」

 キョウジは頷いて懐中時計を取り出した。蓋を開けて声をかける。

「セラ」

 懐中時計をまばゆい光が包み込み、その光の中からセラが現れた。以前のように小さな姿ではなく、人間と同じ大きさ、そして背中には天使の象徴ともいうべき白い羽が輝いている。

 その姿にノーマンが感嘆の声を上げた。

「おお、セラさん。今日は一段と美しい。よろしく頼むよ」

「はい」

 ここからはセラの領域だ。キョウジの仕事は終わりである。

「ノーマンさん、お別れです」

「ああ、キョウジくん。いろいろありがとう」

「ロゼッタさんから預かってきたものがあります」

 キョウジはロゼッタから預かってきた紙袋を手渡した。

「ロゼッタから?」

 ノーマンは袋を開けて中身を取り出した。

 出てきたのは皺ひとつついていない新品の白衣だった。

 ノーマンの持っている白衣は長い旅ですでによれよれになっていてとても白衣と呼べるものではなくなっていた。

 ロゼッタはそれを見越していたのだ。新しい白衣を着させて送り出してあげたいという心配りなのだろう。白衣の胸元にはT.Nというイニシャルが小さく刺繍されていた。

 ノーマンはしばらく白衣を眺めていた。その目は生まれてきた赤ん坊に向ける優しい目と同じだった。

 白衣を広げ、袖を通すとキョウジに目を向けた。

「君も本当におせっかいな男だな」

「よく言われます」

 キョウジはノーマンと最後の握手を交わした。

「ありがとう」

「よい旅を」

 参りましょう、というセラの声とともにあたりの光が輝きを増していった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る