残され人
「ロゼッタさん――」
キョウジの言葉でロゼッタは現実に引き戻された。
「ノーマンさんが旅に出たという二年前、何かありませんでしたか」
「なにか……?」
「小さなことでもいいんです。何かありませんでしたかね」
二年前の記憶を辿ろうとしたロゼッタは、ふと気になった疑問を口にした。
「あなたどうしてそんなことを知りたがるの」
「いや、ちょっと気になったもので」
キョウジはカウンターの上で組んでいた両手を開くように離してそう言うと、また元通りに両手を組んだ。
取ってつけたような仕草に違和感を感じる。
この人は嘘をついている――。
いまちょっと気になったから聞いたのではない。初めからノーマンが旅に出たときのことを聞きたかったのだ。
そのことを問うとキョウジは、嘘をついているわけではないんですけどね、と言いながらバツが悪そうに左手を後頭部に添えた。
「どうしてあの人のことを探るようなことをするの。あなた何者なの? 警察?」
矢継ぎ早の問いかけにキョウジは、今度ははっきりとした声で答えた。
「違います」
「じゃあ何?」
急に目の前の男が得体の知れない者に見えてきた。
ノーマンに頼まれてきたなどと言っていたが、それだってどこまで本当の話だかわかったものではない。
警戒感をあらわにしたロゼッタを見て、まずいと思ったのだろう。キョウジは降参するように両手を顔の横にあげた。
「すいません、ロゼッタさん。僕の聞き方がよくなかったようです。この通りです。ちょっと僕の話を聞いてくれますか」
「嘘はなしよ」
キョウジはわかりましたと頷くと出し抜けに訊いた。
「ロゼッタさん、《
「《
突然飛び出した聞き慣れない言葉にロゼッタの思考は一瞬停止した。
何のことだろう。
「取り残された人――ってこと?」
「はい」
キョウジは表情を変えず、僅かに顎を引いた。
「《
ロゼッタは困惑する。この男は何を言い始めたのだろう。
「心臓が止まったら死んじゃうでしょ」
「普通はそうです」
「普通も何も、それしかないと思うけど」
「信じられないでしょうが、彼らは存在してるんです」
バカバカしい。
「心臓が止まっても生きてる? まるで
冗談のつもりで言ったのだが、キョウジはわずかに首を振ると
「似ていますが
と真顔で言った。
まったく訳がわからない。心臓が止まっても生きている人間なんているはずがない。
くだらない与太話だ。
なのに――。
どうしてこの男はこんなに真剣な目をしているのだろう。
たしかにイギリスには数多くの怪談話がある。
ロンドン塔やエジンバラ城など、その手の場所には事欠かない。どこの町にもひとつやふたつは幽霊が出ると言われている屋敷やストリートがあるし、幽霊を見たと言う人もいる。
ロゼッタの知り合いにも幽霊好きがいて、あそこの墓地に出るらしいだの、今度どこそこの森に行ってくるだのと聞いてもいないのに話しかけてきたりする。
ロゼッタ自身は幽霊を見た経験はない。
そういうものがいるのかもしれないとは思っているが、だからと言ってわざわざ見たいとも思わない。所詮怪談話や幽霊話と同じつまらない噂の類であって、真面目にとりあうような話ではない。
「まさかあの人がその《
軽く聞き返してみたのだが、キョウジからの返事はなかった。
不意に訪れた沈黙――。
ロゼッタは目の前に座る男に目を向けた。
視線が交差する。キョウジはロゼッタを見据えていた。
胸の奥がざわざわと波打ち始め、言いようのない不安が広がっていく。
ロゼッタは膨らむ不安を払うように明るい声を出した。
「どうしたの。気持ち悪いわよ」
「ロゼッタさん」
キョウジは居ずまいを正すとゆっくりとした口調で続けた。
「あなたのご主人、ノーマンさんは死んだまま生きています」
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