住みやす荘 210号室
林きつね
住みやす荘 210号室
登場人物:不動産屋 、内見客、〇〇〇〇〇〇
「お客様ここが、住みやす荘の210号室になります。どうですか、住みやすそうでしょ?」
「……いや、まだ部屋見てないんで。部屋の扉だけじゃなんとも」
「わかっておりますよそんなことは! ひとまずの印象です。周りの風景、アパートの外観そういったものをみて、いかがですか? このすみやす荘」
「……住みやすそ〜!」
「でしょ〜〜〜!」
「大家さんはいい人、治安もいい、コンビニが近所に8個もある、病院隣には葬儀場も! そしてなんといっても家賃が安い!」
「……うん」
「あら、いかがなさいました?」
「安すぎません? この部屋1LDKですよね。家賃いくらでしたっけ」
「760円です」
「安すぎるだろ。時給じゃねんだぞ」
「760円が時給だったらもっと安すぎるでしょうがぁ!!」
「急に怖っ」
「失礼致しました、お客様。どうやらお客様には、お話しなければならないようです。こちらの物件 住みやす荘210号室……普通の物件ではございません」
「まあ、なんとなくはわかってましたけど。事故物件って、やつですか?」
「いえ、事バッファロー物件です」
「事バッファロー物件です……さあ、中へどうぞ」
「いやいやいやいやいやいや。……あの、質問は何個かあるんですが……事バッファロー物件って、なに?」
「ご説明致しましょう。事故物件には、幽霊がいますよね。では事バッファロー物件には、なにがいるかというと……」
「バッファローがいる……とはなりませんよね? なんかもう、なんて言ったらいいかな。なに?」
「はっはっはっはっはっ」
「なにも面白くねえよ。ナメてんのかあんた」
「いやいや、お客様。部屋の中にバッファロー? そんなわけないじゃないですか。お客様ったらはっはっはっはっはっ」
「はっ倒していいですか?」
「まあまあ。事バッファロー物件とは便宜上のこと。まあ確かに、この部屋の中には少し不具合がございますが……それを760円の家賃と天秤にかけどうするかはお客様次第ですので」
「いや、便宜上のバッファローって時点で色々おかしいんですけど」
「お客様は揚げ足を取るのがお上手で」
「いや足じゃなくてバッファロー上がってきたから……」
「まあ、問答はこのぐらいにして」
「なにも答が返ってきてないんですけど?!」
「このぐらいにして! …………一度中をご覧下さい。鍵は既に開いております。まずは一目、内見を──」
「まあ、そこまで言うんなら……。ていうかあなた来ないんですか?」
「ええ。お客様がこのまま内見を続行されるなら私めも中に入らせていただきます」
「じゃあまあ一旦? 入ります。事バッファロー物件……まず語呂が悪いしうわ暗っ暗いなあこの部屋。すみませんこれ電気ってうわっ、ちょっとなんで鍵閉めたんですか? すみません、あの」
「ブモッーーーーーーー!!」
「うわっな、なんだこれ……部屋が動いて、ちょっとおい!!不動産屋!!出してくれ!!なあおいおかしいなんかいるなんかいるんだよ!なあ助けて嫌だ来る! 近づいてくる! バッファロー!バッファローが出た! 助けて開けろ! 誰か!部屋が、部屋が近づいて――」
「――この部屋は、事故物件ではありません。誰一人として死んだことはないのですから。この部屋に在り続けるなにかも、幽霊ではない。けれど、それがなんなのかは確認することは我々にはできない。ただ、毎回聞こえるその鳴き声から、便宜上 バッファローと、そう呼んでいるのです。お許しを、お客様。そうお時間はかけませんので。さて――そろそろ扉が開く頃でしょうか」
「……あれ? さっきまでの人は? あんた、ここにいた不動産屋知らない?」
「ご安心を、お客様。私も同じ不動産の者ですので。以前、この210号室を内見された、国木田 龍之助様ですね?」
「おん。いや以前っつうか今入って出てきたばっかなんだけど……」
「いかがですか? ここの物件は。お気に召しましたか」
「いやなんか微妙だわ。部屋も……あれ、どんなんだったかな。あれ? おかしいな。どんなんだっけ。なんか変なことも言われたような」
「ああ残念です。お客様の記憶にすら残らない物件でしたか……」
「いやそういうわけじゃねえんだけど……なんか変だな……」
「気をお取り直し下さい。まだまだいい物件はございます。さあ、内見に参りましょう――」
住みやす荘 210号室 林きつね @kitanaimtona
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