本物に違いない =その猫、幸運を呼ぶ…らしい=

あきこ

第1話

「どうですか? 窓からの眺めもいいしおすすめですよ」

 不動産屋さんの担当者、石狩健司が営業スマイルで言った。


「そうですね……」

 窓の外を眺めながら木下誠が返事をする。

 誠の声のトーンは、悪くないけど良いとも言えないなぁと言う感じだ。


「ここは狭いよ! 私が泊まりに来れない!」

 そう叫んだのは誠の妹の木下真紀だった。


「泊まりに来なくていいんだよ」

 誠は真紀を見て言う。

「だいたい、何でお前が俺の住宅の内見について来るんだよ」

「いいじゃん、別に」


「はは、確かに妹さんの言う通り、ここは少し狭めですね」

 石狩も同意するように言う。

「学生さんとか、新人さん向けの部屋かもしれませんね」


 すぐに歩いて2分の場所にある、別の住宅の内見に行く。

 次は2階建てのアパートの1階の部屋。

 広さは十分、そして家賃も安い。

 

 しかし築年数が30年と、かなり古かった。


 誠は働き出してもう5年。見栄を張ろうと言うわけではないが、それなりの場所に住みたいとは思っている。

 次を見せてもらう事にした。

 

「ご存知ですか? この街には幸運を呼ぶと言われている猫がいるんですよ」

 徒歩で次の内見の場所に移動する途中、石狩が話し始めた。


「ええ……」

「もちろん!」

 誠が「ええ」と言った言葉を完全に消す様な勢いで真紀が答えた。

「だから私、お兄ちゃんに住むならこの街がいいって言ったんです!」


「そうでしたか」

 石狩が一層ニコニコする。


「妹に言われたからというわけではありませんよ。この辺りはわりと静かで落ち着いた街だと聞いたので」

 誠は言い訳のように言う。


「ねぇねぇ、本当にその猫は幸運を呼ぶの?」

 真紀は嬉しそうに不動産屋の石狩に聞く。


「そう言われていますね。実際、いろんな人がその猫に助けられたと聞きますよ」

「誘拐犯を捕まえたって本当!?」


「はは、お嬢さん、猫は犯人を捕まえたりはしませんよ」

 石狩は楽しそうに答えた。

 石狩がちゃんと否定したので、誠はうんうんそりゃそうだろと石狩の言葉に好感を持つ。

「え~、そうなの?」

 真紀の方はとてもがっかりしたようだ。


「あの猫は、車を運転していた誘拐犯を思いっきり引っ掻いたんですよ、交番の真ん前でね。それで、交番の前で立ち往生した車に乗っていた誘拐犯は捕まり、子供は無事に保護できたそうです」


 石狩の話を聞き、誠も真紀も驚いた。

 しかしふたりの反応は全く違っている。

「凄い、そんなに凄い猫ちゃんなのね!?」

「いや、その話、冗談ですよね?」

 

「いや、これ、本当の話しなんですよ~、他にも変質者に襲われかけた女の子を助けたとか、車にひかれそうな人を助けたとか、その手の話はたくさんあります」


「随分、詳しいんですね」

 誠は信じられないという感じを隠さずに言う。


「私、公園の向こう側に住んでいましてね。祖父の代から住んでるので、自治会の役員をしてまして、自然とそういう話が耳にはいってくるんですよ」

「へぇ」


 公園の向こう側と言えば、本当に有名な高級住宅街だ。

 どこかの社長や、会長の邸宅が並んでいると聞く。

 成る程、この男は昔からの地主で、自分の持っていた土地にマンションをたてたりして不動産業をしているのか。


 誠はそんな事を頭の中で考え、何となく納得する。


「恋愛に関しても、結構評判良いみたいですよ」

 石狩は真紀の方に微笑んで言う。真紀の表情が明るくなった。

「はい! 知っています! 学校でも話題になっていて、だから一度会ってみたいんです」


「天気が良い日は、そこの公園の藤棚の下のベンチに良く座ってるらしいですよ。でも最近はあまりにも人が多いと姿を見せないこともあるとか……」


 みゃあ


 前方から猫の泣き声が聞こえてきた。

 3人は泣き声が聞こえた前方の方を見た。


 猫が少し先にあるマンションの入り口ポーチにある小さな花壇の塀の上にいた。

 体はかなり大きいが、ごく普通の黒と白の日本猫だ。


「え!? あれってもしかしてっ!」

 真紀が嬉しそうに声を上げる。


「いやぁ、どうかなぁ」

「お兄さん、見た事ないの?」

「ご近所で飼われている猫なので何度か見てるけど、どこにでもいそうな猫でしょ? 僕には判別できないですね。ここが公園の藤棚の下ならそうなんでしょうけど……」


「絶対にそうよ!」

 真紀は嬉しそうに猫に走り寄り、撫ぜ始める。

 誠と石狩も真紀が猫を撫ぜている場所まで来て立ち止まった。


「お前、ブチかい?」

 石狩が猫を見て聞く。

 にゃ

 猫は短く鳴いた。

 それが、石狩に反応して鳴いたのかは誰にも分からない。


「そう、ブチって言うの? 可愛い!」

 真紀の中ではこの猫が幸運を呼ぶ猫に確定されているようだ。


 石狩は不思議そうな顔をしてマンションの入り口の方を向く。

 誠は真紀に撫ぜられて嬉しそうに目を細める猫を見つめていた。

 すると猫が急に顔をあげ、誠を見る。

 そして猫は花壇の塀から降りると、誠の足元に自分の体をする寄せて来た。


 誠が手を伸ばして猫を撫ぜていると、石狩が声を出した。

「あー、もしもし私だけど」

 携帯で電話し始めたようだ。

「フォレストプレースの4階、もしかして開いてる?」


 真紀と誠は猫を触りながら石狩の電話が終わるのを待つ。


「あ、やっぱり!? じゃあ、お客さんに見せるよ。・・・…大丈夫、鍵はもっているから」

 石狩は電話を切るとすぐに誠の方を見た。

「木下様、ここ、このマンションの4階、見て見ましょう!」

 なんだか少し興奮気味で石狩が言った。


 3人は猫に見送られながらマンションに入っていく。


「いやね、実はここ、おさえてたお客さんが居たんですけど、なんだか今朝になって他も見るみたいなことを言い出してややこしかったんですよ。いい部屋なんですけど、それで見せられないと思っていたんですけど、もしかしてと聞いてみたら、やっぱり別の方で契約されたみたいで」

「あ、そうなんですね」

「本当に、ここはお得ですよ」

 エレベータが来たので、石狩は誠と真紀を先にのせる。

「4階なんです」

 そう言って4階のボタンを押した。


 エレベータで4階まで行き、3人は部屋に入った。


 なるほど、これはなかなかだ。


 1LDKで、リビングと寝室がきっちり分けられている。

 これなら、寝室は隠せるし、友人を呼びやすい。

 トイレと風呂もちゃんと分かれていて洗面台もついていて広い。

 ベランダがあり、そこに洗濯物も干せるようになっている。


 考えていた値段より、4千円高いが、まあ、そのぐらいなら許せる範囲だ。


「いいですね、この部屋」

 誠が言う。

「だよね! わたしもそう思ったわ」

 まるで自分の部屋を選んでるかのように真紀もそう言った。


「ああ、よかったです。ブチがこのマンションの前にいたから、何となくもしかしたらって思ってね。直観がはたらきました!」

 石狩も満足のいく仕事が出来たと喜んでいる様子だった。


 マンションを出る時、既に猫はどこかに行ってしまっていた。

「あれは本当にその、幸運を呼ぶ猫だったんですかね?」

 誠は石狩に聞いてみる。

「どうですかねぇ。判別は出来ませんが、この部屋が開いていたってことはそうだったんじゃないかなぁ」

 石狩はなんとも曖昧に答えた。



 ~~*~~


 すぐに入れる部屋だったので、決めてから次の週末で引っ越しを済ませた。それほど荷物もないので、すぐに片付けも終わり日曜の昼には落ち着く。


「あ! お兄ちゃん、ご近所さんにご挨拶!」


「そうだな、いってくるよ」

「私も!」

「お前は部屋にいろ、ここに住むわけじゃないのに、ややこしいだろうが」


 誠は一人で部屋を出て遠い所から配り始める。

 真上の部屋、真下の部屋、右隣……

 幸い、日曜だからかみな家に居てくれて挨拶が出来た。

 あとひとつ、左隣さんだ。


 ピンポーン

 ベルをおすと、中で音が鳴ったことが確認できた。

 ”はい”

 スピーカーから女性の声が聞こえる

「隣に越して来た木下と申します。ご挨拶に参りました」

 ”え?”

 スピーカから驚きの声があがった。

 そしてすぐに玄関に人の気配がして、玄関の鍵が開けられる音がする。

 そして、ドア開いた。


「うそ、木下君!?」

「え?」


 部屋から出て来た女性を見て誠は驚き固まる。


「きゃあ、びっくりした。引っ越すって聞いていたけど、お隣さん!?」

 その女性はけらけら笑いながら言う。

「こんな偶然ある!? まるでドラマね」


「……」

 誠は驚いて女性を見つめている。


「どうしたの? 固まってる?」


「あ、はい……びっくりして、夢みたいで」


 目の前に立つ憧れの女性を見つめながら誠は確信した。


 うん、あの猫は間違いなく、だ!



「本物に違いない」完

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