続・ボス猫に恋の相談しましょうよ。

竹神チエ

ペット可物件内見したら

 結論から言う。

 今借りているアパートはペット不可だった。


「だからさあ、ボスコ。わたし引っ越すことにしたよぉ」


 ボスコこと本名スミレちゃん、近隣猫界のボス猫に、そう報告する。


 なにせ引っ越すきっかけになった子猫ちゃん(といってもわりと成長していて生後半年は軽く過ぎている様子)を紹介してくれたのが、このボス猫ボスコなのだ。


 手酷い——というか、好きな人ができたから別れよう——って理由で彼氏に振られたわたしの愚痴を聞いたボスコが、翌日、白猫の若いオス猫を引き連れてわたしの元へ置いて行った、のが先週末のこと。


 その白猫は超絶美形で、もうもう可愛くて可愛くて、今さらペット不可だから飼えません、なんて非情なことは言えず、とりあえず友人宅へと預けた後、急いで新居探しをした。


 で、その新居なんだけど。


「急ぎ近所ですぐ住める場所を探したんだけどさあ」


 ボスコに愚痴る。彼女は悟った眼差しのまま伏せの状態で座り、遠くを見つめて静かに話に耳を傾ける(とわたしは理解する)。


「まあ贅沢は言ってる場合じゃないよ。でもね、家賃上がった割に状態がよくなくてさあ」


 ペット可物件といっても、その点を売りにしている物件ではなく、ペット可にしてでも借り手を見つけたい物件って雰囲気なのだ。つまり……築年数はもしかしたら、わたしの親より年上なのでは?


 だからまあ猫も犬も気兼ねなく飼えるのだろう。説明でも「猫ちゃんですかー? もうね、前に住んでいた猫もそこら中で爪とぎしてましたから。ぜーんぜん気にしないで飼ってくださいねえ」だもの。実際、見事な爪痕があった、美術工芸品みたいな柱があった。


 でも内見してみて何より気になったのは雨漏りのシミ。あれは絶対雨が降るたびバケツを置く必要がありそうだ、というか天井の板、腐らないでしょうかね、どうにかしてよ大家さんよぅ。


 さらに窓から見えるのが墓場なのだ。

 新墓地じゃなく旧墓地だ。あれはほとんど無縁墓では? なんか出そうです。


 いや墓くらいなんだ、いつか世話になる場所でもある。


 それに一人暮らしではない、これからは愛しの白玉くん(猫の名前)と一緒に暮らすんだから、怖くなったらハグチューしたらいいんだ、あの子、とってもプリチーで大人しいからハグし放題だし!


 ってわけで即入居を決定したのだけれど。


「聞いてよ、ボスコ」


 わたしの声は心なしか弾んでしまう。沈むのではない、弾む。

 ニヤニヤにやけているのだ。


「そのアパートにさ、高校の同級生が住んでたんだよ。すごい偶然だよね。久しぶりに会ってさあ」


 その同級生は言っちまえば男だ。名を内見うちみくんという。昔ちょっとカッコイイと思ってた相手でもある。思ってただけでなんもなかったけど。


 近くに住んでいるなんて全然知らなかったのだけれど、内見くんがいうには、わたしを何度かスーパーなどで見かけていたのだとか。


「声かけようかな、と思ったんだけど。いつも忙しそうにしてたからさ」


 なんて、はにかんでいうではないか。

 あの表情が好きだったんだよなあー、と記憶が蘇る。きゅん。


 でもそっか。いつも忙しそうにしてたんだわたし……なんて思って浮かんだのは、あん畜生のクソ元カレとのやり取りで、あいつと別れて正解だったな、振られたんじゃねーやい、ちくしょーめ、と怒りが顔に出そうになり、すぐに思考を切り替え、内見くんに注目だ。


 自分で言うのもなんだが、脈ありではなかろうか、なんて。

 内見くん、わたしのことアリなのでは、なんて。


 少し話しただけでこうなのは、やっぱりフラれたショックで……ほーらほーらまたあの野郎のこと考えてダメダメ、わたしには白玉くん(愛しの猫)もいるし、もしかしたら新たな恋も?しちゃうかも?なーんてなーんて。


 ——と、へらへらしてたらボスコに「フッ」と鼻で笑われた。たまたま呼吸で鼻が鳴っただけかもしれないけど。


「でもねー。内見くん、あんなボロアパー、いや、ペット可の物件に住んでるだけあって」


 貧乏だ、なんてことは言わん。だってあそこ家賃高いし。今住んでるところより高いんだよ、あの築年数で雨漏りしてて窓からは墓が見えるってのに。家賃高めなのはペット可だから。大型犬でも何でもオッケーらしい。


 で。

 その内見くんのペットが問題なのだ。


「イグアナなんですよねー」


 ボスコの背を撫で嘆息する。イグアナを特別嫌ってきた過去はない。かわいいとすら思ったこともある。泳ぐ姿が優雅で素敵。でも画面越しとか、イラストとか、そういうのだ。


 引っ越し話からペットへと会話が弾み、その中で「見る?」と早速お部屋にお呼ばれして内見くんのペットイグアナを見せてもらったのだが、まーあ、迫力ありますこと、小さな恐竜じゃん、そういうとこが好きみたいだけどね、内見くんは!


「イグアナを愛せない女は愛せないとか言われたらどうしよ」


 心はすでに彼女気分だ。いいじゃないか気分だけなんだから。

 ね、ボスコ?


「フス」


 ボスコはまた笑う(ただ鼻が鳴っただけ?)とゆっくり立ち上がった。それから見返り美人の図のポーズで体をひねりわたしを見やる。耳が片方だけピクっと動き「ビャッ」と短く鳴いた。


 その表情、たたずまい、「まあしっかりやんなさいよ」と言っているようだった、いや言っている、わたしにはそう見えたし聞こえた。


「ベッ、ビャッ」


 ボスコは再び短く鳴くと、あとはもう振り返らずに立ち去っていく。その後ろ姿、堂々とした歩きっぷり、風格、威厳、姐さん素敵です。そしてボスコはぴんと尾を立てると、ゆらーりと左右に振った。


「がんばんな、嬢ちゃん。話くらいいつでも聞いてやるから。でも白玉の世話もしっかりやるんだよ。あの子、あんたに任せたんだからさ」


 ——と語っている。幻聴かもしれん、いやテレパスで我が心にしかと受信した!


「そうだよね、わたしがんばるよ。白玉ちゃんも精一杯お世話はするから安心して、ボスコっ」


 わたしならやれるっっ。

 新しい恋だって捕まえてやるんだからねっ。


「……って。内見くん、まさか彼女持ちだったりして」


 あの部屋は独身っぽかったけど。わからん。その情報はまだわたしは手にしていないのだから。

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