2LDKC
八木寅
2LDKC
転勤1ヶ月前。不動産会社に駆けこんだが、空家はほぼなかった。
「とりあえず、狭い所に住むしかないかしらねぇ」
「ばぶぅぅ」
条件をつけなければ、色々とあるのだろう。けど、妻と一才児の希望を叶えるとなると、賃貸物件の選択肢は狭くなる。
「そうですねぇ。今はちょうど空きが少ないので。すみませんが」
「いや、こちらこそ急で申し訳ありません」
物件を紹介してくれている担当さんが不憫になって、客の私がつい謝った。
というか、悪いのは、担当さんでもなく私でもなく、職場だ。辞令は1ヶ月前に。という決まりを律儀に守りやがった上司のせいだ。引越の伴う異動は内密に早めに教えるのが通例だというのに。
「あの……事故物件とかはないですかね? 安くて広いところに住みたいのですけど」
え? と、担当さんと私は同時に驚いた。それがおかしいのか、娘がバババと拍手をした。
「ねー。広い家がいいよね?」
妻の問いに娘は喜んでいるが、わかってないだろう。
「まぁ、あなたがいいなら、私はいいよ」
私は独身のときには墓場の前に住んでいたし、妻の希望を通すのはいつものことだ。問題ない。
「でしたら、おすすめの物件が一つあるのですけど。ペットもOKのマンションなので、鳴き声や毛が飛んでくることもありまして。その辺が大丈夫ならば、見てみますか」
「わあ。いいね。猫飼おうよ、猫」
妻はまだ見てもないのに、住む気満々だ。本物のにゃあにゃあに会えるかもよと、猫のキーホルダーを娘に触らせてはしゃいでいる。
「でしたら、たぶん大丈夫でしょう。一応、今から内見に行きましょう」
ということで、部屋に来たが、お札が張ってある。お墓は墓石があるだけだから大丈夫だった。でも、確実にいそうなのはちょっと。
「あのぅ、あのお札は」
「それは」
担当さんが答えるそのとき、娘がお札をはがした。取ったどーと言わんばかりに喜んでいる。てか、なんでそんな一才児が届く低い位置にお札が張ってあったんだよ。
はあと、頭を抱えてる暇はなかった。足音が部屋の中を駆け巡りだした。
「すみません」
担当者は走って外に出ていった。
「ちょっと待っ」
なにかが、私の脚を撫でた。いや、でも、この感じは……、もふもふしたものがすり寄ってくるような。
「にゃあにゃあ」
そう娘がしゃべった瞬間。にゃあと、猫の鳴き声が聞こえた。
「あら、見えるの? いいなあ。お母さんもにゃあにゃあ見たいなあ」
どうやら、封印されてたのは猫だったようだ。そして、だぶんこれは。
「……これ、もう住む感じ?」
「うん。2LDKCatなんて最高でしょ」
わかったよと、扉の外にいる担当さんにOKを伝えにいくと、涙ぐんでいた。
「すみません。猫アレルギーなので」
2LDKC 八木寅 @mg15
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