第28話 メイプル、キレる

 魔女教会では魔法を『戦闘』『支援』『特殊』の三つに大別している。

 戦闘魔法は直接的な破壊力を有し、戦闘に於いて主力となり得る効力を持つ魔法のことだ。メイプルの爆発の魔法、カロリアの傷の魔法などがそれにあたる。

 支援魔法は直接的な破壊力は持たず、戦闘に於いて主力になることは出来ないが、その他の様々な場面において他の魔女の活動の手助けになるような効力を持つ魔法のことだ。アウナさんの香りの魔法や、ニッチェの霧、音の魔法がそれにあたる。

 特殊魔法は戦闘、支援そのどちらとも言い難い、あるいは両方の性質を兼ね備える魔法のことだ。シャンテンの図星の魔法、エアトリーチェの血の魔法がそれにあたる。

 先ほどまで行っていた発表会は正式名称を「支援魔法技能大会」と呼び、面と向かってドンパチ出来ない魔女たちの技能を見るためのものであったらしい。

 そして今から行われるのが「戦闘魔法技能大会」だ。内容はシンプルで、お互いの魔法を使って蹴る殴るの暴行を行って最後まで立っていた者が優勝というものだ。戦闘用の魔法なのだから、その性能と操る技能を見るには実際に戦わせるのが一番というなんとも合理的な発想である。

 まさかここに来てバトル漫画にありがちな、とりあえず大会やっときゃ盛り上がるだろう展開が持ち受けているだなんて、シェンリーは中々に物語というのを理解しているらしい。しかしミチまで参加させようというのは少し欲張ったな。これではデコピンだけで全出場者が全治一か月の大けがを負い、戦闘魔法技能大会がデコピンワンパン大会に早変わりしてしまう。

 幾ら俺つえー要素があるとはいえ、開幕と同時に相手が場外へ吹き飛ぶだけの絵面は見ていて苦痛を強いるものだ。幸いにミチの参加は強制ではないらしいので、きっちりここで断っておこう。放っておいたらミチは言われるがまま大会に参加し、なすがままに破壊活動に勤しむだろう。


「すみません。ミチは大会不参加でお願いします」


 私はエイソンに頭を下げた。


「承知いたしました。とても残念です」


 そう言うエイソンの表情には残念さの欠片も見て取れない。代わりにミチの不参をパランが「ミチちゃんなら優勝間違いなしなのに」と悔しがった。間違いがなさすぎるから辞退したのだ。大会と共に相手となる不運な魔女を破壊してしまったら申し訳が立たない。


「そういう心配はする必要はない。彼女と戦うのは未熟なブリムレスではない」


 カツカツとブーツの音と共に姿を現したのはビッグハットの一人、後ろめたいシェンリーであった。


「帽子をはく奪されたような出来損ないとは言え、元ビッグハットのエアトリーチェを退けたんだ。とてもじゃないがブリムレスでは相手にならない」


「ならあなた自身が戦うんですか?」


 私が尋ねるとシェンリーはそれに首を横に振った。


「私は戦い向きの魔女じゃないし、無暗に戦いたいとも思わない。でも彼女と戦ってみたいと言う奴が居てね。胸を貸してやってはくれないか」


「その人は件の戦いを知っているんですよね」


「もちろん。だから心配する必要はない。万が一にも怪我したら自己責任だ」


 そこまで言うのならば仕方があるまい。普段は冴えない男の右往左往をお送りするばかりで、俺つえー的な爽快感が皆無なこの作品だ。こういった機会にミチを活躍させねば、読者諸兄の期待を裏切ってしまうというもの。


「わかりました。ミチを参加させましょう」


 私がそう言うとエイソンはまったく喜んでるようには見えない表情のまま頭をきっちり四十五度に傾けた。「承知いたしました。ミチ様が参加してくださるのは私も大変喜ばしく存じます」


「よーし! 私もやるぞ! メイプルちゃん、決勝で会おうぜ!」


 なんだか趣旨を理解しているのかいないのかわからないテンションでパランがメイプルに向かって親指を立てた。メイプルははあ、と大きくため息を吐いた。

「不服そうだな。そんなに嫌か?」とシェンリーは言った。


「だって、私はこの教会の魔女じゃないんだよ。横からスルッと入ってなんかズルくない?」


 メイプルが髪の毛をいじりながら答えた。シェンリーがメイプルを特別扱いしているのは紛れもない事実だろう。教会のルールやしきたりについては全く関知していないが、お偉いさんの一声で身内の大会に知らん奴が入ってきたら、顰蹙の対象になるのは想像に難くない。

 メイプルの懸念もわかるが、どうもコイツが嫌がっているのはそれだけではないように思う。

 そう言った相手の隠しておきたい都合の悪い考えを感じ取る能力は私なんかよりシェンリーの方が断然秀でている。「ふーん。そうか」と不敵に笑った。「そういう奴は結構いるが、ちょっと意外だったな」


「わ、悪い?」


「悪くはない。それが普通であるべきだ。でもお前は魔女だからな、大会には出でもらうぞ。出た後どうするか任せるけどな」


「後は頼んだぞ」とエイソンに念を押すと、シェンリーは研究棟内に姿を消した。メイプルは尻を割られてムスッとしている。


「嫌なら逃げるか?」


 私がそう聞くとメイプルはムキになって答えた。「ぜぇっーたいにヤダ!!」



  ◇



 幼い少女たちがマヂカルパワーでどつきあう様を一目見ようと集まった人々の熱気は、まさに最高潮に達していた。この世界にまともな娯楽が少ないのはわかるが、だからと言ってわざわざ女の子が血を流す姿を肴に一杯引っかけようなんて考えるのは、いくらなんでも趣味が悪すぎる。


「メイプル怪我だけはしないように気をつけろよ」


 大会出場者が集まる待合室へと向かうメイプルに私はまるで保護者のような優しさを向けたが、彼女はそれを鼻で笑った。


「怪我なんてするわけないじゃん」


「今から魔法を飛ばし合って戦うんだろ? なら怪我してもおかしくないだろう。それともなにか平和的なルールで争うのか?」


「うん。このローブを脱がせたら勝ち」


 メイプルは着ている厚手のローブを見せびらかすように両手を広げてくるりと一回その場で回った。特別な刺繍も入っていないシンプルな無地のローブだ。


「それにこのローブは魔法を効きにくくする効果があるんだ」


「へー、凄い。そんな便利な物があるならエアトリーチェ達と戦ったときにも欲しかったな」


「でもこのローブ、着てる奴の魔法も弱めちゃうんだよね。パランとかは着てていいかも」


 心配が一つ解消された私はとぼとぼ歩くメイプルの小さな背中に向かって「頑張れよ」と無責任な声援を送った。メイプルは力なく手を降って応えてくれた。

 もう一つの心配はメイプル自身がどうにかしないといけない問題だ。彼女がこそこそと内にしまい込んでいる欠点や間違いを傷口を広げて無理やり取り出すのは、更に致命的な怪我を負わせるだけになりかねない。

 大抵のことは時間が解決してくれる。寝ても覚めても解消されない悩みってのは、どうにもならないからどうでもいいのでどうにでもなっていい事だ。私が社会人生活で手に入れた数少ない啓蒙がコレだ。全く時間を無駄にした気がするが、これだっていつかきっとどうにかなるさ。


 待合室で出番を待つメイプルは、それはそれは気が気ではなかった。周囲の魔女の視線はどこか痛々しいし、これから始まることを思うと、どう対処していいかもわからなかったからだ。

 一先ずメイプルは落ち着くことに徹底した。落ち着けばなにか冴えた発想も思い浮かぶかもしれない。


「メイプルちゃん。あなた、メイプルちゃんでしょう」


 バクバクと内側から胸を叩く心臓を静めようと深呼吸をしていたメイプルを驚かせたのは、同い年ぐらいの女の子だった。あわや口から心臓が飛び出して絶命しかけたメイプルは、奇襲を仕掛けた女の子に怒鳴り散らした。


「もおう! 集中してんだから話しかけんな!」


「ごめんね。そんなに怒らないで」


 ニコニコとしながら謝る彼女に反省の色は見えないが、メイプルは女の子の被る帽子がミドルハット相当の大きさであるのに気づいて、強気の言葉を引っ込めた。


「その帽子、アンタ、ミドルハットなの?」


「うん。私はクレミン。エイソンから話は聞いてるよ。シェンリー様に目を掛けられてるんでしょ。すごいね。私よりすぐに出世しちゃうかも」


「なにそれ? 嫌味?」


「違うよ。本当にそう思ったんだよ。それはシェンリー様も、そしてサンザロナ様も同じだと思うよ。二人のビッグハットに期待を掛けられているのは、気まぐれとかじゃなくってそれには大きな意味があるんだよ」


 褒められているのにも関わらずメイプルはばつが悪そうに視線を落とした。「運が良かっただけだよ。アタシは何もしてない」

「運がいいことはそんなに悪いこと?」とクレミンは微笑みながら言った。


「私が今こうしてミドルハットを被ってられるのはあなたと同じで運がよかったから。私はそのことを後ろめたく思ったことはないよ」


「アタシはお姉ちゃんの代わりにここにいるだけなんだ。本当ならここにいるべきなのはお姉ちゃんなんだ」


「あなたは誰かの代わりになんかなれないよ。あなたの代わりになれる人間もいない。あなたのお姉ちゃんがここにいないのは、その人にはここにいる資格がなかったんだ」


「知った風なこと言うなっ!」


 メイプルがクレミンに掴みかかると周囲が騒めき始めた。同い年ぐらいとはいえ、ブリムレスがミドルハットに手をあげるなどあってはならない反逆行為だ。

 周りの敵意が一身に向かっていることなど気にせずメイプルは怒りを爆発させた。


「アンタなんかに何がわかるんだ! お姉ちゃんはすごい魔女だったんだ! アタシなんかよりも、オマエなんかよりもすごい魔女だったんだぞ!」


「でも、もうその人はいないんでしょ?」


「いつかはビッグハットにもなるような魔女で!」


「でも死んじゃった。あなたは死んだ人の代わりになれるの? その人の代わりにあなたが死んだら、その人は生き返るの?」


「……なんなんだよ、オマエ。なんでそんな酷いこと言うんだよ」


「あなたに気づいて欲しかっただけ。あなたはあなた以外にはなれないの。私が紛れもなく私であるように」


 クレミンは言いたいことを言い終わると、メイプルの手をそっとどけた。メイプルの蛮行に今だどよめく魔女たちに深くお辞儀をして、「お騒がせしました。彼女のことを悪く思わないでください。私の言葉が少し挑発的過ぎました」そう言い終わるとクレミンは部屋を後にした。

 メイプル含め部屋にいる魔女たち全員がクレミンの行動の意図を測りかね、呆然とその場に立ち尽くしていた。


「準備が整ったから、第一試合から始めるよ。えっと、メイプルとマチルダは試合だからついてきなさい」


 ボケっとしていたところに呼び出しがかかったものだから、さっきまで大いに緊張していたことなどすっかり忘れて、メイプルは係りの魔女の後を慌てて追う。その少し後ろではマチルダが不機嫌そうにメイプルの背中を睨んでいた。

 私は研究棟の二階に設けられた観覧室のバルコニーで、慌てて舞台に上がるメイプルの姿をミチとパランと共に高みから見物していた。


「メイプルちゃーん! がんばれー!」


 パランが大声で応援するのに気が付いて、メイプルは手を大きく振って応える。マチルダはその浮かれた様子が癪に障ったようで、ついに食って掛かってきた。「おい。いい加減にしろよ」


「なに? アンタもアタシになんか言いたいわけ?」


 ムスッとした顔で言うメイプルに、マチルダの癇尺玉が破裂した。


「シェンリー様に気に入られてるかなんか知らないけど、お前いい加減に失礼すぎるんだよ」


「クレミンのことならアイツが先に煽ってきたんじゃん」


「クレミン『さん』だろ!」


「アイツ、アタシと同い年ぐらいじゃん。別に呼び捨てでもよくない」


「歳なんか関係ないんだよ。魔女は序列が全てなんだ。それを蔑ろにするようなお前は魔女でもない!」


 メイプルの眉尻がピクリと跳ねた。


「期待されてると勘違いして、偉そうにのこのこ出てきて恥ずかしい奴め。お前なんかは人数合わせの補欠の代わりなんだ」


 メイプルの身体がわなわなと震えて、制御を失った感情を何とかして抑え込もうと腰を折り曲げる。


「私が証明してやるよ。勘違い野郎はただ踊らされてただけだって」


 少し遅れてスモールハットの魔女が壇に上がってきた。どうやらこの試合の審判のようだ。二人の幼い魔女の顔を交互に見て、準備の有無を問いかけた。マチルダは確かに頷き、メイプルは身体を屈めたままぷつぷつと何かを呟いている。


「なんだよ。どいつもこいつも言いたいだけ言ってさ。期待されてるだのされてないだの。代わりにはなれないだの代わりだの…………。じゃあ、アタシはどーすればいいんだよ……なあ」


 レフェリー役の魔女もどうすればいいか暫し悩んだ。外野が「早く始めろ」だのやんややんや言い出したので、いい加減に待ちきれないと判断してメイプルの同意なく第一試合開始の合図を出す。「そんな言うんなら、どうすりゃいいか教えろよ!!」


 合図が出るや否や、メイプルは杖を満腔の力を込めて降りぬいた。インバトのあの戦いで嫌になるほど聞いた金属音だ。乾いた空気に微かに響いたと思いきや、次の瞬間には空気の波が肌を打擲した。

 一瞬の爆音と光炎が治った時には、マチルダは壇の外までぶっ飛ばされて気を失っていた。


「あーっ! スッキリした!!」


 間違いなく、この戦いはメイプルの勝利だ。

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