第27話 悪の秘密結社、祭りを楽しむ

 我々が絢爛豪華な暮らしぶりにうつつを抜かしている間に南魔女教会ではとある催し物の準備が着々と進んでいた。そのことに全く気付かなかったのは、会場がお城の方ではなく旧南魔女教会、現魔女研究棟であったからだ。

 二日ほどの期間があるのに、何の騒動もなく食っちゃ寝の文化的な暮らしを行っているだけで済むと思っていたら大間違いだ。ここには私が居るのだから面倒事は起きるに決まっている。ぜんぜん起きてほしくはないけれど。

 風雲の代わりに急を告げたのは、鉄仮面みたいな無表情にちっともそんな気配を感じさせないエイソンであった。


「本日から研究棟でブリムレスによる成果発表会が催されます。細やかながら出し物などもございますので、皆様を連れてぜひご参加ください」


 機械のように一切の淀みなく一連の動きをこなしたエイソンは、これまた一寸の狂いもない歩調で廊下の曲がり角に消えていった。

 ブリムレスとは魔女教会にある階級の一つである。ビッグハット、ミドルハット、スモールハット、ブリムレスの順に偉く、その偉さに比例してつばの大きさも大きくなる。我々の仲間であるメイプルもブリムレスである。

 基本的にブリムレスは魔女学院を卒業したばかりの幼い見習い魔女に与えられる称号であり、つばのない帽子は未熟者の証として周囲からは侮りの目で見られる。ブリムレスの魔女たちはいち早くつばのある帽子を被る為に日々研鑽に明け暮れるそうだ。

 この時の私は性懲りもなく「たぶん文化祭のようなものだろうから子供たちを連れて遊びに行くには丁度いい」などと考えていた。今までうっかり顔を出したりしたせいで、変なことに巻き込まれ続けてきたではないか。何故学習しないのか私は理解に苦しむが、私のことなので自分で理解してあげないと永遠繰り返すことになるだろう。


 三人娘にこのことを告げると全員が成果発表会へ出向くことを快く了承した。特にミチが自ずから参加の意思を表明したのが印象的だった。おそらく催し物の説明の際に「文化祭」という言葉を使ったのがよかったのだろう。出店などが立ち並ぶ愉快な祭りを想像したに違いない。

 そこまで浮かれた物だとはおもわなかったが、ブリムレスの幼い少女たちが主役の会であるので彼女たちの身の丈に合ったこじんまりとして可愛らしい規模だろうとは予想していた。

 なので街の住人全員が集まってるのではないかと疑ってしまうほどに人間でぎうぎうになった会場を見た時には、数時間前の自分がどれほど浅はかで尚且つ間抜けな考えの持ち主であったことか、自責の念に苛まれずにはいられなかった。


「うおー。やってるやってる。こっちの発表会もすごいね」


 メイプルにはこのありさまが普通であるようだ。なるほど、成果発表会とやらはどこでも街を上げて盛大に執り行う一大イベントなんだな。そういうのは最初に知りたかった。

 しかし少し頭を働かせれば推理は出来たのかもしれない。この世界の住人の魔女に対する畏敬の念は、少々情熱的に過ぎるきらいすらある。そんな魔女様が日々の研究の成果を一般人を交えてお披露目するとなれば、長蛇の列が生まれて、それにかこつけた屋台やらなんやらが軒を連ねて、悪漢暴漢共が殴り合いの喧嘩を行ったりしても不思議ではない。

 屋台の料理に舌鼓を打つのも男たちの喧嘩を見学するのも面白いかもしれないが、あくまでもここは成果を見せびらかす場だ。彼女たちの頑張りにも目を向けてあげねば可哀そうだろう。

 とんがり帽子のメイプルを先頭にすると、面白いように人波が避けて道が出来ていく。まるでモーゼの奇跡のようだ。

 少しの間モーゼごっこを楽しんだ我々の前に、一辺二十メートルほどはあるだろう大きな壇が現れた。その上では数人の魔女が魔法やら薬品やらを見せびらかしていた。ここが発表会のステージなのだろう。

 壇の周りには魔女の活躍に拍手を送る一般人のほかにしっかりとしたつばありのとんがり帽子を被った魔女たちの姿も見られた。真剣なまなざしでひそひそ喋っている者もおれば、熱心に手元の紙に何かを書いている者もいる。その様子はまるでステージの上で勉学の成果を発表する彼女たちを採点しているようだった。


「この発表会で実力が認められれば、スモールハットとしてつばありの帽子を被ることが許可されるんだよ」


 メイプルが説明してくれた内容を踏まえて会場のブリムレス達を見てみると、心なしか緊張しているように思えた。進級のかかったテストに挑むような心機なのだろうか。

 幾ら彼女たちに負けられない理由があろうとも、他人の進級テストを解いている様子は見せ物としては些か退屈な物だった。最初こそ物珍しさに楽しそうにキョロキョロしていたパランであったが、今では会場内に満ちた屋台の美味しそうな匂いに意識を持っていかれてるようだ。ミチに至っては最初からそっちの方しか見ていない。

 かく言う私も飽きてきた一人である。摩訶不思議な現象を杖の一振りで起こす魔法というのは確かにすごいが、彼女たちはエンターテインメントの為に舞台の上に立っている訳ではない。あくまでもこれは魔女たちの進級試験の一環であり、魔女教会の威厳を見せびらかす為にも一般に公開しているだけなのだ。現にこの場に群がった多くの者は壇の周りではなく、その手前の便乗祭り会場に集まっている。

 真剣な面持ちで参加者の発表を見ているメイプルには悪いが、私たち魔法の何たるかも解せぬパンピーは祭り会場で遊んでくるとしよう。

 丁度発表も一区切りが付いたようで、ひと際大きな拍手が壇の周囲で巻き起こった。私は潮時だと思いミチとパランを連れて祭りの方へと戻ろうとした。だが、祭り会場から一気に押し寄せてきた人波に遮られて上手く進むことすらままならなかった。


「どこ行く気? こっからが本番なのに!」とメイプルがウキウキした顔で言った。

 本番とは何ぞやと思っていた所に人の波を割いてエイソンが私たちに近づいてきた。「皆さま、こちらへどうぞ」

 事態を飲み込めないまま私たちはエイソンに連れられて、壇の向こうにある教会研究棟の門前までやってきた。

 大掛かりな石造りの建物は、西魔女教会の建物と似たような意匠で作られており、魔女のとんがり帽子みたいに先が尖がった塔が四角い形の屋根から幾つも飛び出していた。目の回りそうな複雑な模様が刻まれた門は開け放たれており、何人もの魔女が忙しそうに建物内外を行ったり来たりしている。

 忙しないことこの上ないが、舞台辺りの人だかりに比べたら居心地が良い。わざわざ我々をここまで連れてきてくれたのは客人として厚遇してくれている表れだろう。

 私たちがやって来るのを見計らったように建物中から三人の魔女が出てきてこちらに近づいてきた。手にはフード付きの厚手のローブのような物を持っていた。それぞれがミチたちの前まで行くと、そのローブを差し出した。ミチとパランは上手く状況を飲み込めず手渡されたローブを広げて小首をかしげている。メイプルはローブを見てギョッとしていた。


「これはどういうことでしょうか?」


 私が尋ねると、「ミチ様とパラン様には特別枠を用意して発表会に参加して頂きたく存じます」とエイソンはいつもの業務的な態度を一切崩さず言った。「メイプル様には通常の参加枠を用意してありますので、準備をお願いいたします」

「そんなの聞いてない!」とメイプルは喚いた。


「メイプル様は参加資格のあるブリムレスです。サンザロナ様からもよしなに頼むと申しつかっております。シェンリー様が許可なさっていますので、参加には一切問題はございません」


「違う! そーういうことを言ってるんじゃないの! アタシはやるだなんて一言も言ってないの!」


「はい。存じ上げております。メイプル様の参加は強制です。これはビッグハットであるシェンリー様の決定です。覆ることはありません」


「だからぁ……そうじゃなくってぇ……」


「ミチ様とパラン様の参加は強制ではありませんので、参加を辞退なさる場合はお申し付けください」


 感情を一切介さないエイソンはもはや冷酷な鉄の塊のようであった。全く話にならずメイプルは反論の機会すら失ってアワアワとするだけだ。


「参加って、私魔法なんか使えないよ」


 ローブを羽織りながらパランがそう言った。


「構いません。パラン様には大会終了後のエキシビションマッチに参加して頂く予定ですので」


 エイソンがパランの心配に答えたが要領を得ない。大会とは何のことだ。


「すみません。大会って何でしょうか? 何の大会でしょうか?」


 私が尋ねると、「戦闘魔法技能大会です」とエイソンは笑いもせずに冗談みたいなことを言った。

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