第26話 悪の秘密結社、頓知をかます
サンザロナさんの推薦状があれば中央教会の世界書庫には立ち入ることが出来る。逆に言えばサンザロナさんの推薦状を破り捨てたとしてもシェンリーの推薦状があればこれまた世界書庫には入場できる。無視して次の街に行ったって、不服ながら条件を呑んだって、私にとっては何ら問題にはならない。
ただ足利義満よろしく屛風の虎を退治せよと理不尽な無理難題を押し付けることにより、我々の頓智を引き出そうとシェンリーが企んでいるとするならば、無視して先に行くことも素直に破り捨てることもこの旅の意義を薄めてしまう。
ぷりぷりして「あんな奴は無視しよう!」と街から出ていこうとするメイプルとパランを何とか落ち着かせて、私は『シェンリー対策本部』を設立して今回の難題の攻略に取り掛かった。
「まず考えるべきは彼女の要求が何を求めているかだ」
本部長たる私の問題提起に意見を述べる者は一人たりとも居なかった。「……ほんとに何も思いつかないのか?」
「嫌がらせじゃないの?」とメイプル。
「えー、破かせたいからじゃないの」とパラン。
「わかりません」とミチ。
これでは埒が明かないので三人から強制的に意見を聞き出すも、まともな返答は帰ってはこない。殊に頭を使うような作業に関しては、この三人は遺憾なくそのポンコツっぷりを発揮した。
もう諦めて先に進むしかないかと、頭を抱えている私に「そーいうアンタはアイツが何考えてるのかわかるの?」とメイプルが尋ねてきた。
「これはずばり我々の頓智を図るための問題だ」
私が大人の貫禄バッチシに答えるが、イマイチメイプルは意味を理解できないでいるようだ。
「とんちって?」
「うーん、機転とか咄嗟のヒラメキ的なアレだ」
「じゃあどうすればいいの?」
「それを今からみんなで考えるんだ」
「時間かけてみんなで考えたらとんちじゃないんじゃないの?」
「…………いいんだよ、別に細かいことは気にしなくって」
メイプルの頓智もとい屁理屈を華麗に躱して、私たちはあーだこーだと議論を交わした。結果としてポンコツ四人衆がどう頑張ったってろくな答えは出ないという答えが出てて、『シェンリー対策本部』は今日限りで解散と相成った。
慣れない頭脳労働により脳みそを酷使した三人娘は、リフレッシュの為に街に遊びに行ってしまった。実は魔女教会から道中の路銀として潤沢な資金を受け取っていたのだ。もちろんお金の管理は大人である私がしている。彼女たちはお駄賃を私から上手にせびると、賑やかな人波に紛れていった。
面倒事さえ起こさなければ彼女たちが遊びに行くことは些かもやぶさかではない。ちょうど私も一人になりたかったところだ。
遊びに行った際に落としては大変と、お駄賃を渡す代わりにメイプルからサンザロナさんの推薦状を奪い取っておいた。メイプルはビッグハットから承りしこの名誉な御役目に大変誇りを持っているようで、その恰好の小道具である推薦状を旅立ってからは肌身離さず持ち歩いてる。それを取り上げることは生中な苦労ではなく、当初想定していた金額の二倍ほどのお小遣いでなんとか買収することに成功した。こんな調子だといつかは食う物も買えなくなってしまう。まあ、その時はミチが勝手に得体のしれない肉やらなんやらを採取してくることだろう。
私が大枚叩いてまでメイプルから推薦状を取り上げたのにはもちろん落としたら大変って以外にも理由がある。
私は推薦状を片手に南魔女教会へと向かっていた。シェンリーに直接あの条件を出した意味を問いただすのだ。
あの時と同じく城門前には門番が立っていた。私は懐に隠していた推薦状を見せて中に入れてもらおうと企んでいたが、驚くことに門番は私の姿を見ると何も聞かずに杖を振って跳ね橋を下ろしたではないか。
私がキョトンとしていると門番の魔女は「どうぞ。中でシェンリー様がお待ちです」と業務的に私に入城を勧めた。何やら意図がわからぬが、私にそれを拒む道理はないので跳ね橋を渡って城へと侵入した。
一人ぼっちの今ならば中庭を自由に見学したり、エントランスの美術品の品々に目を奪われたりしてもいいのだが、招かれた以上は主の下へまっすぐに向かうのが礼儀だろう。私は余計なことは一切せずに大広間への扉を開いた。大きさの割に随分と扉は軽かった。
大広間にはシェンリー一人が玉座で足を組んでいた。エイソンすら姿はなく、完全に二人っきりだ。
私はエラソーな雰囲気を漂わせるシェンリーに歩み寄った。
「来ることがわかっていたのですか?」
「君はあの子たちの保護者役だからね」
回答になっているようでなっていないが、とにかく私の行動はまるっとお見通しって訳だ。ならば話は早い。
「なぜあのような要求をしたのですか? 訳をお教えください」
「訳もなにも、あの時言った通りだけど」
シェンリーは肘置きに頬杖を付いて、素っ気なく答えた。
「あの時言った通りと仰いますと」
「サンザロナのような役立たずの推薦状などは持っておくだけ不名誉だ。それが私と並ぶなどと、あっていいはずがない。だから破かせようとした。それだけだ」
思った以上にお話にならなかった。とどのつまり嫌いだから意地悪しちゃおってそういう魂胆な訳だ。
私はほとほと呆れて何も言えなかった。シェンリーもそれ以上は言うことはなかったようだ。私たちはしばし無言の時を過ごしたが、これ以上は何も得ることは出来ないと悟って私は頭を下げた。「わかりました。お答えいただきありがとうございます。もう推薦状は諦めます。それでは失礼いたします」
「好きにしろ。でもあの子のことを考えるなら、私の言うことを素直に聞くべきだ。君にはどうだっていいことだろうけどね」
「どうでもいいもんか」心の中で吐いた悪態がシェンリーに届いているかは定かではない。ならばいっそのことあっかんべーして帰ってやるのも一興かと思いもしたが、流石にそれは憚られた。なので思うに止めることにした。きっとこれでもシェンリーにはお見通しのはずだ。
◇
十人十色という言葉が生み出されるぐらいには世の中にはいろんな人間がいる。十人いれば十色あるならば、この遍く俗世にうごうごしている有象無象には私の考えもよらないような思考の持ち主が居たって何ら不思議ではない。特に偉業を成し遂げ、見晴らしのいい場所でふんぞり返っているような奴は比較的一般的な思想と比べればヘンテコな考えを持っていることのが多いだろう。
だからってシェンリーの態度は幾ら何でも腹に据えかねる。どんだけパワフルで賢くて偉い立場であっても個人的な趣味趣向を振り回して、来客を困らせる様な傍若無人な振る舞いは如何なものか。寛容を絵に描かせたらコンクールで佳作賞間違いなしの私にあっても限度というものはある。申し訳ないが今回ばかりは相手にもしてられない。
私は城でのシェンリーとのやり取りを皆に話して、これ以上は手の施しようがないことを主張し、次の目的地である東魔女教会へ向かうことを提案した。
「賛成。あんなの相手にしてらんないよ」
パランが私に同調する。
ミチは「お腹いっぱい食べたい」以外の意見を持ち合わせてはいないので、メイプルの判断に一団の動向は委ねられた。
当初パランと一緒にぷりぷりして街を飛び出す算段を付けていたメイプルであった為、すぐにでも私の意見に乗っかって来るかと思ったが、彼女は深く何やら思案している様でうんうん唸っている。
私とパランはメイプルが答えを出すのを暫し待った。
「この街を出る前に、最後にシェンリー様に会いたいんだ。いいかな」
メイプルの出した答えに私たちが反対することはなかった。
三度目のお目通りもすんなり許可されて、もはや私たちが出たり入ったりを繰り返すことは想定の範囲内であるかのようだ。シェンリーからすれば、嫌がらせに屈して言うことを聞くにしろ罵声の一つや二つ浴びせて逃げ出すにしろ、サンザロナさんへの嫌がらせに繋がるからどっちだって構わないのだろう。
メイプルがそのどちらを取るのか、さもなければ思いもよらぬ第三の選択肢的頓智を披露して我々をあっと言わせるのか、今回の訪問の意図を聞いていない私は恥ずかしながらワクワクしていた。
そんなワクワクはシェンリーにもあったようで、彼女は私たちが大広間に現れるや否や「さあ、メイプル。答えを聞こう。その為に来たんだろう?」そう言って立ち上がった。これが最後の訪問になるであろうことは、向こうとしても予想できているようだ。
メイプルがサンザロナさんからの推薦状を手にしてシェンリーへ近づいた。
「これがアタシの答えです」
メイプルはシェンリーの目の前で推薦状を破り捨てた。ひらひらとメイプルの手から落ちていく切れ端を見下ろして、シェンリーはエイソンを呼びつけた。彼女は落ちた切れ端を拾い集めるとそれを一つ一つ注意深く観察し始める。
「本物のようです」
「なるほど。意地っ張りと聞いていたので、てっきり私に罵倒の一つでも浴びせに来たのか期待したが……後ろめたい気持ちもないようだ。いいだろ。ほら、受け取れ」
シェンリーが顎で指示を出すと、エイソンは拾い集めた切れ端をローブの中にしまい、代わりに一枚の封筒を取り出した。おそらく中身は推薦状だ。
メイプルが推薦状を破いたことは私にも予想だにしていないことだった。彼女はサンザロナさんのことを敬愛していたので、てっきりそういう思いを裏切って辱める行為は出来ないものだと思っていた。しかしサンザロナさんからは、私たちをしっかりと四方教会まで案内して他のビッグハットの推薦状を受け取ってくるように命令されているはずだ。それを優先することこそが、ひいてはサンザロナさんへの忠誠を証明することに他ならないと彼女は判断したんだろう。これはかなり大人な判断だ。私はメイプルが大人の階段を着実に登り始めたことに喜びと幾許の寂しさを感じていた。
エイソンから推薦状を受け取ったメイプルは深々と頭を下げた。「ありがとうございます」
シェンリーが面白くなさそうにそれを見下していたが、次の瞬間には目を大きく見開いて驚愕を顕わにした。
当然私も驚いた。なんせメイプルは受け取ったシェンリーの推薦状すら破り捨てたのだ。
狂戦士だ。もはや今のメイプルは誰にも止められぬ狂戦士だ。手にした紙という紙を破り捨てることだろう。大人の階段を転がり落ちた、ベルセルクメイプルはふぅーっと大きく息を吐いた。「あーっ、スッキリした!」
「さあ、西魔女教会へ戻ろう! サンザロナ様に謝ってもう一度推薦状を書いてもらおう!」
くるりと回れ右して、メイプルは溌溂とそう言った。踵を返して西魔女教会へとんぼ返りすること自体は一向に構わないが、それを彼女が許すだろうか。
「おい。貴様。自分が何をしたかわかっているのか?」とシェンリーが問いただす。
「推薦状を破ったんだけど、それがなに?」
メイプルは然も当然なことを聞くなという態度で答えた。シェンリーは指で額を幾度か突いた。
「お前が私のことが大っ嫌いなのは重々承知している。だからって、大好きなサンザロナの推薦状までも破いたのはやりすぎなんじゃないのか」
「でも破かなきゃ推薦状をくれないんでしょ」
「ああ、そうだ」
「なら破くしかないじゃん。どーせ全員の推薦状を集めなきゃいけないんだから、アンタの推薦状を破ってサンザロナ様に二枚余分に推薦状を書いてもらってもう一回アンタの前で破いて推薦状をまた貰う! スッキリもできるし、全員の推薦状ももらえるし、チョー頭いい考えでしょ! こういうのトンチって言うんだよ。知らなかったでしょ!」
多分だけどメイプルの最強理論は頓智ではないと思うなあ。だってあまりにも解決方法がパワフルすぎるんだもん。流石ベルセルクメイプルちゃんだ。ぶっ飛ばされても知らんぞ。
シェンリーの癇尺玉が炸裂して、メイプルを粉々にしかねないと私はひやひやしながら、彼女らの動向を窺った。もしもの時はミチを突撃させる構えだ。
だが、どうやらそれも杞憂に終わりそうだ。シェンリーはドッと笑った。
「なるほど。聞いていた以上だ」とシェンリーは楽しそうに言う。
メイプルは急に様子が変わったことに目を白黒させている。
「意地悪してみたらお前みたいなのはどんなことをやらかすかと期待していたが、ここまで阿呆だと思いもしなかった」
「ア、アホじゃないもん!」とメイプルがケタケタ笑うシェンリーにアホみたいに食って掛かった。それが更に彼女を面白がらせた。
「ああ、そうだな。お前はただの阿呆じゃない。ど阿呆だ。まったく笑かしてくれる」
クククと身体を震わせていたシェンリーだったが、愉快な気分はそう長続きせず、何かスイッチでも切り替わったように真顔に戻って我々を睥睨した。
「私の推薦状についてすぐにでも用意できるが、サンザロナの物については少し時間がいるな。二、三日ここで待っているといい」
それだけ言うとシェンリーは大広間の奥へと歩いて行ってしまった。私たちが何か言葉を挟む前にエイソン率いる他数十名の魔女が「客室へご案内します」と前に立ちはだかった。
「ああ、そうだ。私が言ったこと自体は本当だからな。そこは勘違いしないほうがいい」
エイソンたちに押し出される形で大広間から追い出された私は最後のシェンリーの言葉が気になって頭から離れなかった。
単なる負け惜しみめいた言葉ならいいが、もしも「言ったこと自体」ってのがサンザロナさんが何らかの処罰を受けるということだったとしたら……。
私はそこまで考えて思考の無駄を悟り、この心配に見切りをつけた。仮にそうだったとしても我々がどうにかできる問題ではない。証拠を集めて「意義あり!」なんて指を突きつけたところで魔女裁判を大逆転させることなど出来るはずもないのだ。辣腕弁護士を気取って右往左往縦横無尽するよりも有意義なことは幾らでもある。例えば腹を括ることとかだ。
大広間から押し出された勢いのままに、私たちは客室まで転がされ続けた。
部屋は一人一室用意されているだけでは飽き足らず、その内装もとても豪勢なものに仕上がっていた。流石は領主様の実家だ。作りが違う。
この高級ホテル顔負けの一室に宿泊するだけで推薦状が貰えるのであれば、最初の不毛な頓智バトルや不愉快な態度の応酬も一切合切を水に流してやってもいいだろう。我々が約一週間の旅路を経てようやくインバトからサンプルスコまでたどり着いたっていうのに、マジカルパワーを上手に使えば二日、三日でやり取りできてしまうことにも目をつぶろう。
そもそも旅をすることに意味があるのだ。何でもかんでも楽してはいかん。若い時の苦労は買ってもせよって言うしな。私ならいくらお金持ちであっても苦労を金で買うような馬鹿は絶対にしないが、昔の人は良いことを言うものだ。
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