第25話 悪の秘密結社、南魔女教会へ行く

 行商人だからと言って全ての町村で仕事をする訳ではないらしい。宿を借りて休憩する個所もあれば、通り過ぎるだけの場所もある。計四つの町村を経由したが商売らしいことをしたのは一つの町だけであった。

 然して大きな問題も起きることなく我々はサンプルスコへたどり着いた。実に八日間の旅路であった。徒歩であったらもう少し時間がかかっていただろう。最初に聞かされていた一週間ほどとはなんだったのか。

 ダラン一家とは街で別れて、我々は早速南魔女教会へと向かうことにした。

 サンプルスコの街はインバト程ではないが非常に栄えており、ここまで道中で立ち寄った町村がギリギリ共同体の体を維持できている程度に思えてしまう。ダランさんから聞いた話だと、ここサンプルスコは元々前領主が居構えていた街だったらしく、前領主が逝去なされ息子であるオブラン公が地位を世襲してから居をインバトへと移したという。噂話程度の信憑性だが、サンプルスコにある南魔女教会は非常に厳格な性格の組織らしく、ドラ息子として勇名を馳せていたオブランとはそりが合わなかったらしい。まあ、血のエアトリーチェにそそのかされてまんまと教会転覆の悪事に加担するような奴だ。ろくな育ち方をしなかったのだろう。

 しかしダランさんから南教会について話を聞けて良かった。サンザロナさんが非常に接しやすいフレンドリーなおばさんであったから、他のビッグハットも似たようなものとなめてかかって危うく痛い目を見る所だった。


「なあ、メイプル。西教会と南教会はかなり距離が近いように思えるけどなんか理由があるのか?」


「さあ? ここの教会の人に聞いてみれば」


「ああ……。シェンリー様は一体どういう人なんだ?」


「さあ? 会ったことないからわかんない」


 どうやらコイツに勉強の機会を与えたサンザロナさんの慧眼は正しかったようだ。何も知らんのなら話にもならん。私は意を決した。「とにかく向かうしかないか」

 西魔女教会の建物は厳かな雰囲気のある教会めいた建築物であったが、南魔女教会の建物はまんま城であった。現在は前領主の住んでいた城をそのまま間借りして南魔女教会の施設として使っているらしい。元々あった南魔女教会の建物は専ら研究棟として使用しているのだとか。

 領主が居なくなったからと言ってそのお城をそのままぶんどる強盗も真っ青な強引な手口からは、魔女教会が持っている影響力の高さが窺い知れる。そりゃオブランでなくとも優しいサンザロナさんのお膝元に転がり込みたくなるもんだ。

 メイプルが意気揚々と門番を務めている魔女に招待状を見せた。門番魔女はそれを確認し終えると杖を振って橋を下ろした。


「案内の者が待機しているのでこのまま真っすぐにお進みください」


 私たちは命じられるまま城の中へと足を踏み入れた。

 城門を潜り最初に私たちを出迎えてくれたのは、背の高い金髪の魔女と絢爛豪華な中庭だった。流石は貴族様の住んでいた城である。ディズニーランドにあっても遜色なさそうな作りだ。


「ようこそいらっしゃいました。私はミドルハットのエイソンと申します」


 エイソンはきっちりとした角度でお辞儀をすると、我々の返しの自己紹介などは待たずにこれまたきっちりとした歩幅で歩きだした。ついて来いということだろう。

 色とりどりの花としっかりと手入れされた庭木、厳かな彫刻が彫られた噴水など、じっくり見て回っても退屈しなさそうな作りだが、今はそんな暇がないのが惜しまれる。カツカツと規則正しい足音を立てて先に進むエイソンは我々の好奇心を満たす時間など一秒たりとも用意するゆとりはなさそうだ。

 庭を突っ切って城内に入るとこれまた豪奢なエントランスが我々を出迎えてくれた。

 床はぴっかぴかに磨き上げられ、まるで鏡みたいに天井を映し出している。その映し出された天井もえらく手の込んだ代物で、高名な芸術家がスパイダーマンごっこしながら天井に描いたであろう絵は、美術の評価が五段階中三だった私には「すごい」としか形容できないほどにアート魂を感じさせる代物だ。

 それだけでもお腹一杯なのに黄金で出来た松ぼっくりみたいなシャンデリアがこれでもかってぐらいぶら下がっている。そのせいで天井の絵が見難くなっているのは、シャンデリア作成係とお絵描き担当が仲が悪かったことを如実に物語っていた。


 ぶつかったら痛そうなほどとげとげした柱に支えられた階段を早足で登っていくと、巨人用かと思うほど大きな扉が我々の前に立ちふさがった。エイソンはロボットみたいに正確な動きで扉を開けた。

 デカさの割にはすんなり開いた扉の先にはドラクエとかで王様が居そうな大広間が存在しており、玉座にはサンザロナさんの帽子と同じぐらいつばの広い尖がり帽子を被った魔女が座っていた。おそらく彼女こそがこの南魔女教会の頭目であるビッグハットのシェンリーだろう。

 流水のように澱みなくエイソンは扉を閉める。もしも彼女が魔法で作られた動く人形だと言われても信じてしまうだろう。それほどにエイソンの動きは全てにおいて無駄なものがない。

 だだっ広い大広間はエントランスと同じく豪華に飾り付けられているにも関わらず、どこか寒々しい。我々以外はエイソンとシェンリーしかいないからそう感じるのだろうか。私たちが近づくとシェンリーは下げていた帽子のつばを上げてその全貌を我々に披露した。

 シェンリーはサンザロナさんと比べてずいぶん若く見える。歳で言えば二十代前半ぐらいだろうか。私とあまり歳の差はなさそうだ。スレンダーなその体を包むローブはやはり他の魔女たちとは違いオーダーメイドの物で、スカート部分はチューリップを逆さまにしたかのような形状をしており、中央に入ったスリットから組んだ足が見えている。足には黒いタイツを着衣していた。上半身はゆったりとしたスカートのシルエットとは真逆に身体のラインを強調するかのようにぴったりとしている。


「私はビッグハットの一人、『後ろめたい』シェンリー」


 後ろめたい? なんじゃそりゃ。

 急に自分の気持ちを告白されても私が上手く返す方法など持ち合わせているはずもなく、私は同じ魔女であるメイプルに頼みの綱の所在を求めたが、どうやら偉大なるビッグハットの御前で緊張しているようだ。ネズミみたいに小さな身体がわずかに震えているのがわかる。パランはお城が物珍しいのかさっきからキョロキョロと落ち着きなくあたりを見渡してばかりだ。尻尾がふわふわと横に動いているところを見るに、この摩訶不思議な建造物を楽しんでいるようである。その様子はまるっきし犬だ。逆にミチは万事興味なしといった具合で瞬きと呼吸以外の行動を行わずに微動だにしない。ほとんど貝とかナマコだ。

 残された人類は私一人になってしまった。いっそのこと私もここは狸寝入りを決め込んで、沈黙に耐えかねたほうが負けの耐久ゲームを行ってもよいかもしれない。


「ビッグハットは皆、世界魔女様から二つ名を与えられる。サンザロナならば『風見鶏』。エアトリーチェなら『血』。そして私は『後ろめたい』」


 シェンリーはぽつぽつと語りだした。それはあたかも私の心を覗き込んで、疑問に回答してくれているかのようである。


「二つ名は大抵の場合はその魔女が使用する魔法に関したものになる。血や風見鶏はわかりやすいだろう。では、私の後ろめたいとは、何が後ろめたいのか。誰が後ろめたいのか」


 彼女は足を組みなおして我々を睥睨する。私はシェンリーに睨みつけられて、なぜ彼女が後ろめたいなんて二つ名を貰ったのか実感することになった。


「後ろめたいのは、我々ということですか?」


 シェンリーが冷たく笑った。「その通り」

 私の心の中に沸々と湧いてきた暗い感情の出所については一切わからない。もとより持っていたのか、あるいは魔法によって植え付けられたのか。少なくとも私以外の女の子たちには心当たりはなさそうだ。


「君は疑り深く、それでいて無礼だ。純粋な彼女たちは私についてあれこれ余計な思いを持ってはいないようだね。一人、怯えているようだけど」


 メイプルはビクリと身体を跳ねさせた。コイツの怖気については魔法なんぞ使わなくとも見ればわかることだ。

 しかし弱った。彼女の言動から考えるにどれほどの精度かはわからないが、心の中を見透かす力があるようだ。西魔女教会にも頭の中を探るシャンテンなんて魔女が居たっけな。名前のカテゴリーがなんとなく似てるし、親戚だったりするのだろうか。

 私は余計なことを考えて彼女に癇に障っていないか、その限界を探るようにチラチラとその整ったご尊顔の様子を窺った。


「残念ながら、心の中全てを見通すわけじゃない。後ろめたい、暗い思いだけだ。私が読むことが出来るのは」


 そう言いながらも私が何を考えているのか概ね見通しているようだった。これはきっと魔法ではなく経験からの憶測なのだろう。

 彼女に対する後ろめたい心情は悉くが筒抜けになって、下手に陰口でも叩こうものなら魔女たちに囲まれてこちらが袋叩きにされること請け合いだ。心の中ばかりは饒舌かつ毒舌な私は細心の注意を払わなければ。うっかり心の中でツッコんだら名誉棄損で魔女裁判に掛けられました、なんてのは笑えないジョークだ。


「言っておくが、私に対する警戒心も後ろめたい感情に入るからな。気を付けておくように、おしゃべり君」


 どうやら丸聞こえだったようだ。こりゃもうお手上げだ。心の声は全て聞こえているものと想定して動くことにしよう。

 シェンリーの魔法の性質を鑑みると、この南魔女教会が厳格な組織となった理由も見えてくる。シェンリーに後ろめたい感情を抱く者、つまり敵を一瞥だけで見抜くことが出来るのだから、嫌でも油断なくピシッと背筋が伸びてしまうだろう。敵は倒すよりも作らない事に越したことがないからだ。

 自身の襟を正すついでに他人の襟も正してきたからか、すっかりドラ息子のオブランには嫌われてしまって彼に出奔の臍を固めるまでに至らせた。仮に奴がこの街に留まっていればエアトリーチェに唆されたとしても、シェンリーのやましい心を見通す鋭い眼光で一突きにされて悍ましい奸計もとん挫していただろう。

 サンザロナさんを非難する気は毛頭ないが、付け入る隙が彼女に存在していたのは紛れもない事実である。


「さてと、それで今日は私に何の用なのかね?」


 おそらく我々の目的はサンザロナさんから既に聞かされているだろうに、シェンリーは様式美に乗っ取って拝謁の理由を尋ねてきた。私はせっかくなのでメイプルに答えさせることにして、未だにプルプル小刻みに震える小さな背中を叩いた。


「ほら、メイプル。ビッグハット様がお尋ねになってるぞ。答えなければ失礼だろう」


「あっ。えっと、あの、その……」


 下っ端魔女っ娘がビッグハットと呼ばれる人物と対峙する際の気持ちは私にはよくわからないが、少なくともシェンリーはサンザロナさんと違って近寄りがたい雰囲気を纏っていることは確かだ。もしかしたら一般人には感じることが出来ない垂れ流しにされる魔力めいたモノを敏感に受信して、本能的に怯えているのかもしれない。

 とは言えこの旅の目的がメイプルの勉強会であるならば、ここで野暮を挟み込む訳にはいかないだろう。パランには寄り道の理由は伝えていないが、空気を読んだのか「メイプル頑張れ!」と応援してくれている。ミチはジッと出来て偉いぞ。


「シ、シェンリー様に、その、推薦状を頂きたくて、えーっと、来ました」


 暫くモジモジしていたメイプルだったが、意を決して質問に答えることが出来た。私はメイプルの頑張りに思わず拍手をした。パランも釣られて拍手をした。ミチはジッと出来て偉いぞ。

 勝手にパチパチと盛り上がっている我々のことを微笑ましく見つめるシェンリーには、先ほどまでの気難しさというものは見る影もなかった。メイプル勉強旅行の受け入れについて承諾をしたのだろうから、彼女にも前途ある幼い魔女が成長してくれることへの期待があるのだ。


「良いだろう。推薦状なら書いてやる。ただし一つだけ条件がある」


 条件とな? 一体何だろうか。

 メイプルの成長を促すためのクエストでも準備しているのだろうか。あるいは武闘大会に出ろとか言いだすのではないか。どちらもゲームとか漫画ではありがちな展開だ。貴様たちの実力を測る為だ的なワンイベントにより一悶着作っておかねば、サンプルスコには単なるお使いで寄っただけになって、モノローグでササっとカットしたって問題ない通過点になってしまうものな。うっかり四方教会だなんて言いだして五つも目的地を作ったものだからきっと必死になっているのだ。このことは考えなしにポンポコ風呂敷を広げてはならない、良い教訓となったことだろう。


「条件ってなんですか?」


 メイプルが恐る恐る尋ねた。

 シェンリーは表所一つ崩さす言った。「サンザロナの推薦状をここで破り捨てなさい」

 全く予想だにもしていない条件を前に、メイプルは半ば放心状態になってしまっている。本来ならこの場の交渉は全てメイプルに任せるべきだろうが、シェンリーが旅の前提を覆すようなルール違反をしでかしたのだから、私もルールを破ったって文句を言われる筋合いはない。


「お待ちください、シェンリー様。それでは私たちは世界書庫の見学が叶わなくなってしまいます。冗談でしたら今すぐに取り下げていただきたい。あんまりにも質が悪すぎますよ」


「冗談などではない」


 私が出しゃばることは彼女にとって面白いことではないようで、メイプルの健気な頑張りによって鳴りを潜めていた近寄りがたさが眉間に戻ってきた。


「君の言っていることはわかる。そこは私が特別に苦心してやる。しかしそんなことせずとも、いずれ帽子を脱ぐ羽目になる魔女の推薦状など意味がない紙切れになるだろうがな」


「帽子を脱ぐことになる? どういう意味でしょうか」


「そのままの意味だ。帽子を脱げば魔女ではなくなる。エアトリーチェを実際に見たことある君ならわかるだろう。それとも奴は未だに未練たらしく帽子を被っていたか?」


「そういうことを聞いているのではありません! 何故サンザロナさんが帽子を脱ぐ羽目になるのですか!」


「奴がビッグハットの恥さらしだからだ」


 シェンリーは厳しく言い放った。「異端者に後れを取り、あまつさえ部外者に助けられるとはな」

 シェンリーは感情的なってしまったことを戒めるように「君たちに責任はないがね」と付け加えた。

 彼女が憤る理由もわからない訳ではない。組織のトップに立つ者がその精神的甘さに付け込まれて、テロリスト相手に良いようにやられたのだ。治安維持を一つの役割とする魔女教会にとってこれほど不名誉な醜聞もありはしないだろう。事実、インバト周囲の治安は酷くなっているように思えた。魔女教会の権威の失墜は、直接その地に住む人々の安寧の喪失に繋がるのだ。悪意に目を光らせて、その心のうちすら覗き見ようとするシェンリーにしてみれば、事態を未然に防げなかったことすら非難に値することなのだ。

 幾ら失敗の原因に余計な犠牲を作ってはならないと気を遣うサンザロナさんの優しさが含まれていたとしても、それを免罪符にして万事おぼめかしになど出来はしない。処罰は免れないだろう。

 だからと言って一発で免取りだなんて少々厳しすぎる気もする。これは長くあちら側に居すぎた故の贔屓目なのか。


「君は無礼なことを考える男だが、存外こういう場合は冷静なんだな」


 私から後ろめたさを見ることがなかったからか、シェンリーは少しばかし感心したような態度を取った。

 確かに私は出来る限り中立な目線を持とうと努めてはいるが、サンザロナさんの味方であることは揺るぎない。それには後ろめたさなど一切ありはしない。


「君がどう思うかなどは今は関係ない。私が命じているのはメイプルだからね」


 私の中にあるこの感情が彼女からどう見えるかは知るすべもないが、強引に私を話題の外へ追いやったように思えた。

 当然に話柄に上せたメイプルは恐る恐るに「アタシですか?」と尋ねた。シェンリーは頷く。「彼を招待しているのは魔女教会なのだから、魔女がやらなくっちゃおかしいだろ」


「じゃあ、お断りします! サンザロナ様は悪くない!」


 度々メイプルの肝っ玉のデカさには驚かされる。この子はいざってときに勇気を振り絞って自分の成すべきことを為せる心の強さがある。


「そう。では立ち去りなさい。条件を呑めなければ、私が推薦状を書く必要もない」


 シェンリーがそう言うと突如としてエイソン率いる数十名の魔女が我々を取り囲んで、そのまま城の外まで運び出されてしまった。目の前で跳ね橋が無常に上がっていく。

 一糸乱れぬ統率の取れた動きは余りに手際が良く、私はあっけにとられていた。呆ける私の後ろでメイプルが怒り出した。「きぃー! なんなの! アイツ!!」


「サンザロナさん良い人なのにね!」


 メイプルの怒りに感化されてパランも怒り出した。ミチはジッと出来てて偉いぞ。

 さて、これからどうしたものか。

 私は怒る二人を宥めながら、この先の身の振り方について思案していた。

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