第3話 増えた仲間


―――


「何か腹減らない?飯でも食おうよ。」

 三人の間に流れた微妙な空気を破ったのは、尾崎だった。

「ここの食堂、美味いんだぜ。お前食った事ある?」

「いや、いつもコンビニ弁当。」

 尾崎の問いに素直に答える。ふと隣に視線を感じて振り返ると、大吾がまだ腑に落ちないという顔で俺を見ていた。


「マジで!?食った方がいいって。超美味いからさ。ここの食堂の調理員、知り合いなんだ。早く行こうぜ〜」

 言い終わるか終わらないうちに、尾崎は俺の手を取り引っ張る。そんな強引な尾崎の行動に少々驚きながらも、俺は素直に従う。そんな自分にもっと驚いていた。


「知り合いの調理員って?」

 手を引っ張られながら聞いた。大吾は相変わらずの仏頂面で俺達の後をついてくる。

「ん?天草龍平っていって同い年なんだけどさぁ、調理学校通いながらここの食堂でバイトしてんだって。」

「ふ〜ん。」

 対して興味ないですって感じで相槌を打った。


「な?凄くない?俺達と同い年って事はまだ21歳だぜ。もう自分の将来考えて頑張ってんだから、尊敬しちゃうね。」

 大袈裟なほど身振り手振りをして俺に同意を求めてくる。将来の事など何も考えていない俺は、何とも言えず曖昧に微笑んだ。


「あ!」

「な……何だよ?」

 急に大声を出して人の事を指差す尾崎を、ビックリした顔のまま見つめる。そしたら不意の笑顔攻撃をされて思わず心臓を押さえた。

「やっと笑ってくれた。何か初めて会った時からずっと恐い顔してたからさ。もしかしたら俺、沢村に嫌われてんのかなぁ〜なんて思ったりして。」

 照れくさそうに頭をかく尾崎を見て、俺は今までの自分の振る舞いを少し反省した。


「ま、しょうがねぇよな!お前人見知りするタイプっぽいし、初対面があれじゃなぁ?」

 一昨日の事を思い出したようで苦笑いする。俺も思い出して苦笑した。

「でも笑ってくれたからいいや。ほら、人が笑ってるとさ、自分も嬉しくなるっていうかさ。俺今、沢村が笑ってくれて最高に嬉しい!」

 とびっきりの笑顔。俺が見てきた彼の中で、その言葉の通り『最高の笑顔』だと感じた瞬間だった。

「……いや、まぁ。そりゃ良かったな……」

 思わず声が小さくなる。赤くなる頬がバレないようにそっと顔を逸らした。


「ちょっとぉ〜!二人の世界入んないでよね。俺もいるんだからさ〜」

 少し離れた所で大吾が呆れた顔で俺達二人を見ていた。俺は慌てて尾崎から一歩離れた。

「何だよ、大吾。やきもちか?」

「なっ……ち、違うよ!」

 真っ赤な顔で否定する大吾に、尾崎はすたすたと近づいていくとその肩をポンと叩いた。

「大丈夫。ちゃんとお前の事も見てるぞ?お前の笑顔にはいつも癒やされてるからな。」

「はは……ありがと。」

 二人のやり取りに、俺は気づかれないように小さく笑った。

 体つきがでかい大吾に、男にしては華奢な尾崎。それで中身は逆なのだから見ているだけで面白い。何だかデコボコしていて微笑ましかった。


「沢村?何一人で笑ってんだ?気持ちわりぃ。」

 尾崎が大吾の肩に手を乗せたまま、俺の事を不思議そうに見つめていた。

「気持ち悪いって……」

 さっきは『笑ってくれて最高に嬉しい!』なんて言ってたくせに……

 尾崎のあんまりな言葉に深く傷つく俺に、大吾の馬鹿にしたような笑顔が向けられた。

(ざまあみろ!)

 とでも聞こえそうだ。


「いや、一人でニタニタ笑ってるなんて気持ち悪いったらないよ。何か思い出し笑いでもしたのか?」

 可愛い顔して結構毒舌なんだな、と心の中で思いつつ、小さく溜め息を付いた。

「ほら、早く行こうぜ。昼休み終わっちまう。」

「お、おう。」

 尾崎の知り合いの調理員、どんな奴かな?気が合うといいな、なんて思いながら、この状況を結構楽しんでいる自分に気づいて苦笑した。

 また尾崎に気持ち悪いって言われるかな、なんて頭の片隅で思いながら……




―――


 三人で校舎に入って食堂を目指す。俺は前を歩く尾崎と大吾に遅れないように、早足でついて行った。

「ここだよ。あ、ちょっと待っててくれ。あいつ呼んでくるわ。」

 食堂に着くなり尾崎はそう言い、俺と大吾を残して奥の方へと走って行った。


「……」

「ねぇ、沢村……君だっけ?」

「へっ!?」

 きまずいなぁ、と思いつつ食堂内をボーっと見ていた俺に急に大吾が話しかけてきた。

「声、裏返ってますけど。」

「あぁ、いや。急に話しかけるもんだから。」

「突然ごめんね。樹理ちゃんいない内に聞いとこうと思って。沢村君、いつから樹理ちゃんと仲良くなったの?」

「いつからって……一昨日初めて会ったんだよ。それに仲良くなんてなってねぇし。」

「ふぅ〜ん……まぁ詳しくは樹理ちゃんのプライベートだから聞かないけど。あの人見ての通りああだから変な誤解されやすいけど、ホントは人一倍人見知りで寂しがり屋なの。」

「はぁ?人見知りで寂しがり屋?俺の初対面のあいつの印象って、底抜けに明るくてのんきな奴って印象だけど。」

「違うんだな、それが。寂しがり屋だから誰彼構わず友達にしたがって、でも人見知りだからイマイチ押しが弱い。まぁ、君には最初からガンガンいってたみたいだけど。」

「はぁ……」


 寂しがり屋で人見知り?あいつに感じた印象と大吾が言う本当の尾崎の姿っていうやつにかけ離れたものを感じて首を傾げた。でもそんな不思議な存在のあいつに、ますます興味を惹かれた。


「じゃあ何で……」

「何でって?」

 思わず出た言葉に大吾が応じる。俺は言葉を選びながら言った。

「いや、何でそんなあいつが俺なんかに構うのかなって。」

「あぁ……たぶんそれ、樹理ちゃんに『気に入られた』んだよ。」

 自棄気味にそう言う。俺は脱力した。


「何だ、そりゃ。」

「あの人、気に入った人にだけは急にオープンになるの。例えば今呼びに行ってる天草君とか、僕とか?」

 途端にお茶目な顔になる大吾に、俺は声を出して笑った。

「はは。」

「何だよ〜」

 大吾も笑う。何だか急に大吾と打ち解けたような気がして、俺は嬉しかった。


 一頻り笑った後、大吾は真面目な顔になって俺を見た。

「何だよ?」

「樹理ちゃんの事、裏切らないでね。」

「は?」

 真面目な顔に更に眉間に皺など寄せて顔を近づけてきた。

「せっかく友達になったんだ。悲しませたりするなって事。わかった?」

「あ、あぁ……」

 大吾のあまりの勢いに後ずさりながら頷く。

「よしっ!」

 そう言うと元の茶目っ気のある顔に戻った。


 ふと声が聞こえたので、俺達は同時に食堂のカウンターの方へ目をやった。

 そこには天草とかいう奴の事を待っている尾崎がいた。何やら中に向かって大声で喋っている。

 大吾を見ると凄く優しげな顔で尾崎を見つめている。俺はそんな大吾を何故か複雑な思いで眺めた。


「僕が樹理ちゃんと初めて会ったのは幼稚園の年少さんの時。一人で遊んでいる樹理ちゃんに声をかけたんだ。そしたら寂しそうな横顔が僕を見た途端、花が咲くように綻んでさ。」

「へぇ〜、じゃあその時にお前は、あいつに捕まっちまったって訳ね。」

 ニヤけながら聞いてみる。案の定大吾は慌てたように答えた。


「つ、捕まったって何!人聞きの悪い!僕は純粋に樹理ちゃんの友達にね、なろうとさ……」

「何慌ててんだ?俺は別に変な意味で言ったんじゃねぇし。」

「もう!からかわないでよ……でもさ、その笑った顔を見て『あ〜、この世に天使は本当にいるんだ』って思ったの、覚えてるんだ。」

「えっ!?」

 胸がドキッとした。一昨日の事が頭に蘇る。


 あいつに初めて会った瞬間、いや初めてその姿を目にした時、俺も確かに大吾と同じ事を思った。

 太陽の光を全身に浴びて、スローモーションのように舞い降りてきた……まるで翼の生えた天使のようだと。


「……村君、沢村君!」

「はっ!え、何だ?」

「何だじゃないよ、どうしたの?ボーっとして。ほら、樹理ちゃん達来たよ。あ、さっきの話樹理ちゃんには内緒ね。あの人、自分の話しされるの嫌いな人だから。」

 大吾は俺の肩をポンと叩くと、尾崎の方へと小走りに近づいていった。俺も気を取り直すと大吾の後に続いた。


「おうっ!悪いな、遅くなって。こいつが中々出てこなくてさ。」

「仕事中なんだからしょうがないでしょ。先輩に頼んで休憩にしてもらってきたんだから……あ、この人?」

 尾崎より少し背の高い細身な男が、俺の方を見ながらそう言う。俺は軽く会釈をした。顔は少々無骨な感じだが表情は柔和で印象は良かった。


「こちら沢村浩太君。一昨日初めて会ったんだけど、友達になってくれたんだ。で、こっちが天草龍平。さっきも言ったけどここでバイトしながら専門学校だっけ?に通ってんの。」

 尾崎が俺らの紹介を始める。俺達はどちらからともなく握手した。

「沢村です。」

「天草です。龍平でいいからね。何かまた樹理ちゃんの悪い癖が出たみたいだね。急に友達になれだなんてビックリしたでしょ?でも悪気はないからわかってあげてね。」

「は、はぁ……」

「おいっ!悪い癖って何だよ、龍平!お前、余計な事言うんじゃねぇぞ。こら!こうしてやる〜〜!!」

「ぎゃーーーーー!!」

「あーあ、また始まった……龍ちゃんっていつも一言多いんだよなぁ。」

 大吾が呆れた声でじゃれる二人を見ながら呟く。俺も天草の脇腹をくすぐってる尾崎の意地悪い顔を見ながら苦笑した。



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君は舞い降りた天使 @horirincomic

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