第2話 君との始まり


―――


 あの変な奴に出会って二日が経っていた。あの時のあいつの無邪気な瞳と眩しい笑顔に惑わされてつい名前なんか名乗ってしまったが、今更ながら後悔していた。しかも落ちてきた時に見えた天使のような姿が頭にちらついて講義に集中できない始末。俺は盛大な溜め息を吐いて机に突っ伏した。

 大体あんな……何してたかは知らないけど空から降ってくるなんてどう考えたっておかしいだろう。近くに大きな木が立っていたくらいで、建物なんて見当たらなかったのに。まさかその木から落ちてきたのか?……ははっ、猿じゃあるまいし。

 そんな事を考えながら椅子から立ち上がると、力なく窓に凭れる。見るともなく晴れ渡った空を見上げた時だった。


「あ~!やっと見つけた。おーい、沢村!沢村浩太さ~ん!」

「げっ!あ、あいつ……」

 窓の外のでかい木の上に二日前に出会ったあの尾崎とかいうおかしな奴が枝と枝の間にちょこんと座り、こっちに向かって手を振っていた。

 講義室の中や外にいる人達が何事かと俺と奴を見比べている。俺は慌てて講義室を飛び出し、階段を駆け下りて奴の所に向かった。


「おまっ!何でこんな所に……」

「だって俺、ここの学生だもん。今まで気づかなかったけど俺達同級生なんだな。」

「はぁ?」

「この間初めて会った時、お前の鞄の中からこの大学の学生証が見えたからさ。同じ大学だったんだぁって。」

 そう言うとにっこりと笑った。

「あっそ。」

 素っ気なく言って足早にその場から立ち去ろうとすると、奴は素早く俺の前へと回り込んで立ちはだかった。

「何?まだ何か?」

 明らかに不機嫌な顔で言うと、奴は途端に悲しげな顔になって俺を見つめてきた。


(な、何だ?その目は……そんな懇願するような、縋るような目で見るなよ。こっちが虐めてるみたいじゃねぇか……)


 何故だかわからないがこいつのこういう顔を見ると胸がざわざわする。立ち去ろうとしていたはずなのに足が動かなかった。


「怒ってる?」

「いや別に。」

「良かった。なぁ、友達になろうぜ。」

 唐突な言葉に目が点になってしまうところだった。

「はぁ?何でだよ。」

「だって、お前友達いないんだろ?お前の事知ってるって奴探すのに、二日かかっちまったんだからさ。」

 それには流石の俺にも言葉がなかった。確かに俺には友達がいない。しかし親友と呼べる奴が一人だけいる。それだけで良いと思ってるから、別に無理に友達を作る必要はないというのが俺の持論だ。

「な?今日から俺とお前は友達!」

 一人考えに耽っている間に奴は勝手にそう決めつけ、無理矢理俺の手を取って握手をしてくる。俺は突然の事に固まったまま、その細い綺麗な指先を見つめていた。


「あ~!いた、樹理ちゃん!……ってか、何してんの!」

 その時、校舎の方からやたらでかい奴がずんずんとこっちに向かってやってくる。俺は相変わらず固まったまま、そいつを眺めていた。

「よー!大吾。」

 奴は俺と繋いだ手を外す事なく、反対の手をその大吾とかいう奴に向かって振った。

「何で知らない人と手なんて繋いでるの!」

 すごい勢いで俺達の間に割り込んできたかと思うと、繋いだ手を力任せに引き離した。

「今から友達になったの。こいつ、沢村。沢村浩太君。で、このでかいのが鈴木大吾。俺の幼馴染で幼稚園の頃からの腐れ縁。」

 奴が簡単に自己紹介を始めた。ってか、俺は友達になった覚えなんてないし!


「おい!」

「ん?」

 思わず声を荒げると奴が無邪気な顔で振り向く。何故だかまた胸がざわついて何も言えなくなり、一歩後ずさった。

「い、いや……何でもない。」

「じゃあ決定!俺ら今から友達!」

 その真っ直ぐな笑顔に、俺は素直に頷いていた。


 人とあまり関わらないようにしていた俺が、不本意にも心が跳ねるのを感じていた。友達なんていなくても良かったし俺の事を心底からわかってくれている親友が一人いたからそれで良かった。

 でも奴、尾崎には人の心を惹きつける何かがあった。一緒にいて楽しい事が起こる予感が俺の冷えた心を熱くさせ始めていた。

 満足そうに笑う尾崎と不満そうな大吾の顔が対照的で、俺は我知らず微笑んでいたのだった。




―――


 君は空から舞い降りた天使なのだろうか。出会って一瞬で心を掴まれた。あの無邪気な輝く笑顔は俺のかけがえのない宝物になった。

 今思えばこの出会いは楽しくて少しだけ切ない、だけど決して忘れられない時をプレゼントしてくれたんだ。


 俺はそれだけの物を君に返せるだろうか。何も持たない俺が、君の為に何が出来るだろうか。我が儘で自分勝手で不愛想で……

 そんな自分が少しづつ変われた気がする。それは全て君のお陰だった。きっと、いや絶対に君と過ごしたこの時を忘れない。


 変な出会いだったけれど俺の中に強烈に入り込んできた君と、仲間達との青春の幕が開いた。



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