君は舞い降りた天使
琳
第1話 降りかかった災難
―――
この日は朝からとても暑い日で、超暑がりな俺はTシャツの首元に手をかけてパタパタと仰ぎながらいつもの道をいつものように歩いていた。
「はぁ~……あちぃ。」
呟いた言葉も蜃気楼のように消えていく。ポケットに手を突っ込むのも煩わしくて、半袖の部分を肩まで捲り上げて急ぎ足で大学へと向かった。
俺の名前は、沢村浩太。二流大学に通う三年生。特別頭が良い訳でもなく、かといって馬鹿な訳でもない。普通、平々凡々。そんな単語が憎らしい程似合う自分。
やりたい事なんか何もなくて、大学だって高校からの親友に誘われて何となく入ったというだけの事。その親友もたった一年で他にやりたい事を見つけ、辞めていった。俺もすぐに辞めたかったがタイミングが掴めず、ずるずると今に至る。
「あ~あ、つまんねぇな。」
ボソッと呟き、足元に転がっていた石ころを軽く蹴った。
実家は他の家に比べると裕福な家庭だった。父親は小さいながら医院を開業しており、地域密着型の町医者として繁盛している。母親は典型的な専業主婦で、いつも父親の影に徹している。
俺はというと、一人っ子なので小さい時から跡を継ぐんだと言われ続け、プレッシャーに耐え切れずに高校卒業と同時に家を出た。それからというもの、実家には帰っていない。
「バイトでも始めっかなぁ。」
この間までやっていたバイトは、たったの一ヶ月で辞めてしまった。我が儘なのかこらえ性がないのか、バイトはあまり続かない。かといって実家に援助を頼むのもプライドが許さない。という事は、意地でもバイトを見つけて生活費を稼ぐしか道はないのである。
「わっ、わっ、わぁっ!ちょっ……お前、危ねぇ!どけ!」
大学の校舎が直ぐ目の前に見えた時だった。不意に頭の上から怒鳴り声が聞こえた。俺は訳のわからないままに、声のする方を見上げた。
「うわっ!」
眩しい太陽の光の中、人の形をした影が落ちてきた。それはまるで翼の生えた天使が大空を自由に翔んでいるかのように綺麗で、映画のワンシーンのように俺の目に焼き付いた。そんな幻想的な出来事に、俺は一瞬見とれていた。
「いってぇ……」
その声にハッと気がつくと、俺はいつの間にか道路に尻餅をついていて、膝の上には見知らぬ女(?)がちょこんと座っていた。
「いってぇって……それはこっちのセリフだ!いきなり落ちてきやがって……」
自分でもびっくりするぐらいの大声で、相手に向かって怒鳴った。すると相手はしゅんと小さくなり、その姿に言い過ぎたと後悔する。
「あ……ゴメン。ゴメンなぁ?怪我、なかったか?」
さらさらの茶色い髪に、大きなくりくりの瞳。アヒルみたいな尖った唇。顔立ちは目鼻立ちがはっきりしていて肌も綺麗だ。一見女のようだが声は女にしては若干低く、喋り方は男のようでもあった。
「あ、いや……うん。大丈夫、怪我はない。」
「そう、なら良かった。」
ふんわりと笑うその笑顔に、不覚にも胸が高鳴った。
「なぁ?そろそろ退いてもいいか?」
そいつが控えめにそう問いかけてくる。ハッと自分の状態を確認すると、無意識のうちに受け止めようとしたのかそいつの腰に俺の腕が回っていて、動けないようだった。
周りを歩く人達も横目でチラッと見て、見てはいけないものを見たような顔をして通り過ぎていく。俺は慌ててそいつから離れた。
「本当に大丈夫か?重かっただろ?」
「いや、別に。それよりお前の方は?」
ズボンに付いた汚れをパンパンとはたきながら、まだ道路に座り込んだままのそいつに手を差し伸べて立たせた。うん、我ながら紳士的な行動だ。
「サンキュー。俺の方も大丈夫。君が受け止めてくれたおかげ。」
そう言ってまたふわりと笑顔を見せる。俺は思わず目を細めた。
『眩しい』という表現がしっくりくる、そんな笑顔だった。
「そう、良かった。……じゃあ。」
しかし笑顔が眩しくて綺麗だからといって空から落ちてきて人を潰すような奴とこれ以上関わりたくない。そう思い踵を返した瞬間、ものすごい力でシャツを掴まれた。
「何?」
思いっ切り不機嫌な顔で振り向く。それでもそいつは臆する事もなく、ニコニコ顔で馴れ馴れしく話しかけてきた。
「俺、尾崎。尾崎樹理っていうの。君は?」
「は?」
「だから〜、名前。せっかく知り合ったんだからさ。名前くらい教えてよ。」
「嫌だよ。つぅか知り合いになった覚え、俺にはねぇし。」
「え〜……」
途端に悲しげな顔で見てくる。俺はグッと堪えるとさり気なさを装って空を見上げた。
「つぅかさ、お前って女なの?男なの?」
さっきから思っていた疑問をぶつけてみた。するとそいつはにんまりと笑って、俺の方に近づいてくる。慌てて後退りした。
「あれあれ?俺に興味持っちゃった?」
「バッ!ちっげぇよ!ただ……そう、何となくだよ。」
「ふぅ〜ん……まぁいいか。俺は正真正銘男だよ。何なら今脱ごうか?」
そう言い、何故か嬉々として服を脱ごうとする。さすがの俺もそれには慌てた。こんな往来で、いくら男だからって服なんか脱いだらますます好奇の目で見られる。
「わ〜〜!いいって、わかったから!」
音が出そうなくらい手を横にふる。それを見たそいつはニヤリと嫌な笑みを見せて服にかけた手を下ろした。ホッとしたのも束の間……
「で?君の名前は?」
期待に満ちた顔でぐいっと近づいてくる。俺は一歩後退った後、あれほど嫌がっていたのに何故か自分でも気づかないうちにこう呟いていた。
「沢村、沢村浩太。」
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