拾壱頁目 謎の女

 ~~約八百年前~~



 ある青年が森を征く。

 人も滅多に寄りつかない魔の森を、

 驚くほど少ない装備で軽やかに進む。


 だが彼はそれで問題無い。

 何故なら彼の正体もまた魔物なのだから。

 白い長髪と左右異なる色の瞳。

 つまらなさそうに下がった口角は、

 内にある冷淡さを漏らしているようだった。



「――! はぁ……ようやく見つけました」



 気怠げに、彼は草木の向こうのソレに語り掛ける。

 其処にあったのは沼地に転がる人の死体。

 ソレは青年が近付くと同時にもごもごと動き、

 胸の辺りを肥大化させて直後、破裂した。

 肋骨を食い破って現れたのは緑の粘体。

 やがてそれは人の形を取り、青年に問いかけた。



「のぅ童? 心という臓器は何処にあるのじゃ?」


「たった今美味しく頂いたでしょ?」


「違うわうつけ。これは心臓。断じて心ではない

 やはり、そんな臓器など何処にも無いではないか」


「知りませんよそんなの。

 それよりも――魔王様がお呼びです」


「……あとで向かう。そう言伝しておいてくれ」


「早くしてくださいね、セルス様」


「分かっておるわ、全くいつも口うるさいのぅ――」



 まるで当てつけるかのように、

 その美女は青年の名を呼んだ。



「ギドめ」



 ~~現在・南の廃城迷宮内~~



 新しく得た訓練場にて

 魔物たちは早速己の力を伸び伸びと振るう。

 日課の鍛錬、将来への投資、鬱憤の清算。

 どんな目的であれ気兼ねなく能力を使える環境は

 人間社会で隠れ潜む異物たちにとって

 心地良いリフレッシュの時間となっていた。



「良いですよベリル! ほらもっと地形を使って!」


「くっ……!」


「ペツもほら! 遠慮なくバンバン撃って!」


「承知!」


「待ってギド! もう限界……ぁあ!」



 回避不能な火球を翼でガードし、

 飛行手段を失ったベリルはそのまま墜落する。

 そして落下中の少年をペツが抱き止めた所で、

 審判役のシェナから敗北の判定が下り

 本日の戦闘訓練は終了した。



「ふーむ、黒炎竜戦の時も思いましたが、

 ベリルの攻撃は近接限定かつ火力不足ですね」


「しかもまだガキの体で射程も短いから

 攻撃の度に相手に大きな隙を晒してたわよね」


「恐れながら我が君。対人類を意識するなら、

 やはり今以上の攻撃手段を身に付ける必要が――」


「誰かアメも頂戴……」



 冷たい床に大の字になって体を冷却しつつ、

 ベリルは高い天井を仰ぎながら弱々しく呟いた。

 しかし自分の弱さは身を以て痛感したようで、

 魔物の仔は視界に己の翼を入れてみる。



「シェナは……幻惑と記憶捕食が出来るよね」


「そうね」


「ペツは炎と憑依……格闘戦も他より得意か」


「左様」


「あれ、ギドは剣技以外だと何が出来るっけ?」


「もっぱら家事が得意です」


「……そっか。皆二つ以上出来る事があるんだね」


「カウントするんだ……」


「家事も大事なスキルでしょう! 

 それはさておき、君には一つしか無いんですか?」


「うん。僕にはコレしか無い」



 寂しそうに、それでいてどこか誇らしげに

 ベリルは己の翼をパタパタと揺らして遊ぶ。

 その一枚一枚を繊細に動かし波を作って、

 黒いさざ波を右へ左へと転がしていた。

 そんな彼の様子をギドは注意深く観察すると、

 しばらく何かを考え、そして口を開いた。



「知り合いは、羽根の一枚一枚を操っていましたね」


「……え?」


「ある魔物の話です。彼の翼は魔力の塊でしたから、

 体内で魔力を操る感覚で無数の羽根を操れました

 まるで空を駆ける幾千のナイフ。脅威でしたね~」


「その魔物は今どこにいるの!?」


「残念ながら彼はとっくに亡くなっています

 が、そうですねぇ……丁度良いかもしれません」


「「???」」



 一人したり顔のギドに対して、

 魔物たちは各々頭に疑問符を浮かべていた。

 が、長身の魔物は口角を鋭く吊り上げると、

 すぐにいつもの笑顔を貼り付け宣言する。



「そういった魔力操作に長けた達人がいます

 勧誘がてら、会いに行きましょうか!」



 ~~同時刻~~



 灼熱の砂漠を一人の騎士が征く。

 暑さにやられて疲れ果てた馬を引いて、

 白いマントと緑の甲冑とで

 顔も体も覆い隠した騎士が進む。

 凡人ならばきっと装着しているだけで

 音を上げかねないほどの重装備。

 だのに緑の騎士は疲労の色を見せるどころか、

 逆に愛馬を案ずる余裕すら見せていた。


 やがて彼らは

 砂漠の真ん中に浮かぶ巨大な穴の前に辿り着く。


 其処は巨大な地下空間へと繋がる地上の出入り口。

 覗き込んで見れば窺えるのは大空洞の薄暗さ。

 人の気配は無い。あるのは地底へ流れ込む砂の滝と

 岩の天井から吊されたのみ。


 ――刹那、人工物の球が突然点滅し始める。

 最初は緩やかな光から、やがて眩い光へ移ろい、

 遂には日中と見紛うほどの光源として

 大空洞内を照らし始めた。

 その現象に騎士は安堵の吐息を漏らす。

 そうしてしばらく現象を静観すると、

 彼は馬を引いて空洞の中へと降りて行く。


 その先には人々の活気で賑わうがあった。



 ~~翌日・オラクロン南部~~



「いや~お待ちしておりましたギドの旦那~!

 ささ! どうぞお乗りください!」



 顔も体も丸々とした商人が

 魔物の一行を出迎え馬車へと誘導する。

 乗り込むのは彼に笑顔で金を渡すギドと、

 その光景に目を丸くするベリル、シェナの三名だ。


 曰く、このふくよかな商人は元々

 チョーカ帝国出身の弱小商人であったが、

 数ヶ月前にギドが魔界でしか採れないはずの

 貴重な薬草や素材を彼に卸した事により

 新市場オラクロンでの商売に成功したそうだ。

 そう言った恩があるので彼は、

 今回長旅をする事になったギドを

 快く目的地まで送り届ける役を買って出た。



(無論、私たちの正体は明かしていないので

 迂闊な発言は避けてください)


(了解。そういえば、ペツはお留守番?)


(いえ? 後から自力で合流すると言ってましたよ

 一応連絡手段は渡してあるので現地集合です)


(そっか、楽しみだね)


「ですね。では――行きましょうか!」



 ギドの合図で荷馬車が景気良く走り出す。

 今回の目的地はオラクロンと隣接する三大国家。

 その一角――砂漠の大国『ナバール朝』だ。



 ~~~~



 商人が用意した馬車は速く、

 魔物たちは予想よりも遙かに余裕を持って

 オラクロンの国境を越えた。

 しかし馬車で行ける道には限りもあるので、

 商人とは国境近くの街でお別れする。



「では旦那! こちら、例の時刻表です」


「助かります、また贔屓にさせてください」


「その言葉が何より価値がありますぅ!

 では、私めはこれで! 良き旅を!」


「……ギド? 何を貰ったの?」


「私の大好きな大好きな『情報』ですよ」



 主要都市へと続く砂漠道を移動を開始しながら、

 ギドは目的地についてレクチャーし始める。


 砂漠の大国『ナバール朝』。

 政治体制は王政。掲げるのは王を讃える軍国主義。

 その王権は他の国と比べても圧倒的に強く、

 主君を変え、体制を変え、国名を変え、

 六千年の時を超えて存続してきた国家は

 豊富な地下資源と砂漠特有の軍事力を背景に

 今尚他国を圧倒する世界有数の超強国であった。


 加えてナバールには

 超古代文明遺跡『迷宮ダンジョン』が数多く遺されており、

 しかもその内の半数以上は今現在も

 当然それら遺跡群の調査、研究は活発となり、

 結果砂漠の大国は魔導大国セグルアとは別方面で

 世界最高水準の技術力を有する国家となった。



「最強ね、ナバール朝」


「冒険者内での最強議論でもよく候補に挙がりますね

 まぁ実際には、幾つか問題も抱えているのですが」


「問題?」



 ギドの挙げた国家としての問題点は二つ。

 まず一つ目は旧魔界領域が近いためか、

 今でも魔物の発生頻度が尋常では無い事だ。

 国土の大部分を砂漠が占領するナバールでは

 魔物を見つけて狩るのも一苦労だという。



「魔物……仲間には出来そう?」


「望み薄、ですかね~

 大半が知能の低い野生動物レベルなので、

 潜伏中の我々では扱いきれません」


「そっか……で、もう一つの問題点は?」


「大国ナバールにとってはむしろこちらが致命的

 この砂漠――実は地上にんですよ」



 文明は水に集まる形で発展する物。

 人間の集団であればそこは覆せない。

 事実、古代ナバールが成立した当時は

 この砂漠にも巨大な水源が存在していた。


 しかし度重なる魔王軍との攻防や

 不幸としか言えない天変地異によって

 それらの水源は完全に消失し、

 今現在では文字通り渇いた大地と化す。



「え? じゃあ今のナバールは

 水源も無しにどうやって生活しているの?」


「良い質問ですね! その答えは――

 ! ふふ、どうやらすぐに見られそうです」



 気付けば一時間以上歩き、

 彼らは遂に目的の場所に辿り着いていた。

 だがその風景を見て子供たちは首を傾げる。

 何故なら其処には巨大な穴しか無かったからだ。

 地下の広大な空間に繋がる、そんな穴しか。


 ――刹那、天井の人工光源が突然点滅し始める。

 最初は緩やかな光から、やがて眩い光へ移ろい、

 遂には日中と見紛うほどの光源として

 大空洞内を照らし始めた。

 その閃光に魔物たちは苦悶の吐息を漏らす。

 そうしてしばらくしてから再び目を開けてみると、

 その先には人々の活気で賑わうがあった。



「「――!?」」



 砂漠に水源は無い。これは不適切。

 正しくは水源は無い、だ。

 ナバール朝が支配する広大な砂漠の地下深くには、

 更に南に位置する『凍える山脈』からの雪解け水が

 疎らではあるが国の各地に蓄えられていた。


 無論それら単体では国家などすぐ干からびる。

 だが彼らには超古代文明の高度な技術があった。

 数ヶ月あれば貯蓄される天然の水源を転々として

 都市一つを丸々テレポートさせる、そんな技術が。



「まさか……!」


「今日が近場に転移する日でラッキーでしたね

 此処がナバール朝の主要都市が一つ!

 移動式地下城塞都市アンダーシティ『アルカナム』です!」


「アンダー……シティ!」



 魔物の仔は想像を超越する世界に目を輝かせた。

 ナバール朝の都市は、日々地下空間を転移する。



 〜〜ナバール朝・主要都市アルカナム〜〜



 人工光源が照らす街は洞窟内であるにも関わらず、

 日中の屋外と何ら変わらないほど明るかった。

 また街の至る所からは、か細くはあるが

 清純な水が溢れる水路が各地へと繋がり、

 一歩外に出た灼熱の環境とは比べようも無いほど

 快適で過ごしやすい世界が保たれていた。


 そして人間たちの様子にも目を向けて見れば、

 この国が如何に善政を敷いているのかも窺える。


 人々の顔には嘘偽りの無い笑顔の花。

 丁度昼食時だったらしく彼らの囲むグリルの上では

 こんがり焼けた肉が香ばしいスパイスの匂いを

 肉汁と共に道の方へと弾き飛ばしている。

 またオラクロンほどでは無いにしろ、

 交易目的の商人や観光目当ての旅人など

 国外の人間も数多く見受けられた。



「……平和な街だね」


「治安はオラクロンより遙かに良いでしょうね

 この地で無用な争いに巻き込まれる心配はまず無い

 なので――」



 突然ギドは二人の前に飛び出ると、

 道を塞ぐよう両手を広げた。



「――私とはこれから別行動です!

 例の達人はこの街のどこかに必ずいるはず!

 後は二人に!」


「「はぁ!?」」



 唐突な無理難題はギドの十八番。

 しかし未だ魔物たちは慣れなかった。

 曰く、これから会いに行く魔力操作の達人は

 ギドの事をらしく、

 彼の気配を察知しただけで隠れてしまうという。



「何? 仲悪いの?」


「さてね? 彼女は謎を愛し謎に愛された女

 傾国伝説もあるミステリアスな美の魔物……」


「「へー」」


「そのため私は『謎ババア』と呼んでいました」


「馬鹿にしてた?」


「嫌われてる原因それよ絶対」


「親しみを込めてですよ?

 まぁどのみち、私が一緒だと面会すら出来ません」


「もう……分かったよ」



 頭を抱えつつも、

 ベリルは課題に同意し必要な情報を受け取った。

 尋ね人の名はセルス・シャトヤンシー。

 よく緑の黒髪が映える美女の姿を取っているが

 その正体は――粘性擬態種『蜃水オアシス』。

 白目の部分が黒く染まった、かつ縦に細長い

 猫のような緑の瞳孔の単眼が特徴のスライムだ。



「所謂、猫目キャッツアイ、という奴ですね」


「ま、待ってギド! 粘性種ってまさか

 セルスさんは何にでも変身出来るの!?」


「お! 本日二度目の良い質問ですね~!

 その通り。彼女は人でも物でも何でも御座れです」


「探し出すとか絶対無理じゃん!」


「ですから君たちに一任するのです

 君たち二人なら……フッ、間違い無いでしょう」


((ふ、不安だ……))


「二人離れず! 良いですか? 決して離れず!

 そして怪しい視線には特に注目してください!

 では私はこれで――!」



 探し出せる自信も皆無の二人を残し、

 ギドはさっさと適当な宿屋に籠もってしまう。

 気配を完全に絶って籠城するその姿からは、

 彼が本気でセルスに知覚されないように

 努めているのだという事が伺えた。



「はぁ……アイツ、私たちだけで

 本当にそのセルスって奴を勧誘出来るとでも?」


「……でもギドは確証の無い事は無いって言うよ?

 恐らく、とか、他の可能性もありますが、とか

 なのに今回は『間違い無い』だってさ」


「どーせ適当こいてるだけでしょ!

 はぁ〜〜〜っ! 付き合いきれるかっての!」



 シェナは地面を蹴り上げ砂埃を舞い散らせた。

 そんな彼女の背中を冷ややかに眺めつつも、

 既にやる気になっていたベリルは手を差し出す。

 すると、それに気付いた彼女もまた、

 諦めたように溜め息を漏らし、

 そうして少年の小さな手を取り握り返した。



「とはいえ、どこを探そうかしらねぇ~?」


「……?」


「どうしたの? 不安そうにキョロキョロして?」


「いや、何か……」



 ――『怪しい視線には特に注目してください!』



「早速視線を感じる……」


「早っ」



 簡単に釣れた獲物に呆れつつも、

 二人は不意に立ち止まり、そして振り返った。

 だがその直後、自分も幻惑使いであるはずなのに、

 シェナは目の前の光景に驚愕して言葉を無くす。

 気付けばいつの間にか、少し手を伸ばせば届く距離に

 杖を突き、頭巾を被った老婆が立っていたからだ。



(なっ!? こいつ、いつの間に――!?)



 彫像のように固まった二人の前で、

 それでも互いに互いの事だけは護ろうと

 各々手を伸ばし合う二人の前で、

 皺まみれの老婆は、妖しく微笑み口を開く。



「『おねショタ』って奴かい?」


「……は?」



 彫像に気の抜けた生気が宿る。

 だが小柄な老婆はそれも気にせず

 むしろ捲し立てるように早口で語り出した。



「やっぱり少年少女の絡み合いは良いねぇ~渇いた大地に清らかな水が染みこむかのようだよ~。あ、でもさっきはショタの方から行動起こしてたね?てことは『ショタおね』かい?どうなんだい?左右の違いは大事だよ!特に『おねショタ』と『ショタおね』では得られる栄養素も全くの別物なんだからね!まぁでも見たところ女の方が勝ち気だね?なら基本はおねリードで偶に……ぅうっ!想像しただけでクるね。あぁ……眼福眼福。生きてて良かったぁ」


(何こいっ……怖ぁ……)



 眼前の不審者を前にシェナは

 先程とは別の意味で動けなくなっていた。

 ベリルはそんな彼女の手を引き、

 どうにか不審者から離れようとする。

 が次の瞬間、ベリルも動揺から目を見張る。

 老婆が笑みを浮かべたその瞬間、少年は、

 その瞳の奥に『例の特徴』を垣間見たのだ。



「黒く染まった、緑の目……!」



 刹那、まるで突然夜が訪れたかのように

 少年はその場の空気が凍てつく感覚に襲われる。

 しかしそれは物理的な現象などでは無く、

 彼の精神面で起こっている異常事態。

 妖しい猫目に魅了され目を逸らせなくなった彼が、

 老婆の殺気をダイレクトに受け取った結果だった。



「ベリル!」


「っ――!?」



 幸い、異常に気付いたシェナが

 すぐに彼の体を強く薄って正気に戻す。

 が、その時には既に老婆は

 とても老体とは思えぬ動きで逃走していた。

 当然二人は彼女を追って走り出す。


 平和な街の一角が、

 ほんの僅かに騒がしくなった。



「……」



 そしてそんな街の変化を、

 居合わせた緑の騎士が目で追った。



 ~~~~



 老婆は大空洞の更に奥へと駆け込んだ。

 其処は既に街の区分からも逸脱し、

 天然の地下空間に繋がる洞窟だった。


 どうやら地上自体は近いようで、

 疎らに空いた天井の穴からは

 暖かな陽光も差すため暗くは無い。

 だがそれでも上下左右の分かれ道が、

 若いの追跡者から老いた逃走者を隠匿する。



「クソ! 見失った……!」


「――! いや待ってシェナ、あれ!」



 少年が指差す方角は水平よりも少し下。

 下方へと繋がる道の更に奥。

 岩肌と融合した砂色の壁が特徴的なソレは、

 この地に眠る『迷宮ダンジョン』の一つであった。

 ――確証は無い。だが確信はあった。

 二人は言葉も無く互いを見つめて頷くと、

 慎重に超古代文明遺跡へと歩を進める。


 入口の前に辿り着くと、

 感じるのはピリピリと伝わる威圧感。

 南の廃城の既に死んだソレとは全く違う、

 稼働中の遺跡は正に生きているようだった。

 しかしその威圧感はすぐに、

 更なる魔力の覇気にて上書きされる。

 エネルギーの元を辿り見上げて見れば其処には、

 二人を見下ろし婀娜な足を組み替える美女がいた。



「ここまで来おったか童共

 ふむ? どうやら主ら、人間では無いな?」


「あの目……! さっきのおばあちゃんと同じ……

 つまり君がセルス・シャトヤンシーだね?」


「ほぅ? 妾の正体を知っての来訪か?

 そうかそうか、であるのならば妾を愉しませよ」


「「っ……!」」



 二人を試すように

 謎を愛し、謎に愛された美女は言葉を放つ。



「朝は四本、昼は二本、夜は三本。これなーんだ?」


「「……ん?」」


「ブッブー時間切れ。答え『人間』。第二問

 右手で掴めるのに左手で掴めない物はなーんだ?」


「いや、え?」


「また時間切れ。答え『左手』

 なんじゃなんじゃ? 予習してきておらんのか?」


「急に何なの?」


「妾のは魔界でも有名じゃろうが!

 なんたって妾は謎を愛し謎に愛された女じゃぞ!」


「「謎ババアってそういう事!?」」


「――謎ババア?」


「「あ……」」


「そうか貴様ら、ギドの差し金か?」



 余程その名で呼んでいたのだろう。

 セルスは一発で彼らの保護者を看破した。

 そして露骨に態度を硬化させると、

 彼女は「疾く失せよ」とだけ言い残し

 遺跡の中へと溶け込むように消えて行った。


 二人は慌てて彼女を追い、

 正門から遺跡の中へと侵入した。


 中に入った瞬間左右の松明が緑の炎を灯し、

 同時に複数の獣の咆哮が耳を突くほど木霊した。

 魔物であろうが何者であろうが、

 超古代文明の遺跡は客人たちを歓迎する。



「ここが迷宮ダンジョン……!」


「なーに冒険者みたいな反応してんのよ?

 私たちは魔物。攻略の必要なんて無いんだから」


「! そっか」



 シェナの言葉を肯定するように、

 周囲から現れた魔物たちは

 二人には一切敵意を向けなかった。

 決して攻略目的では無いベリルらにとって、

 この場に敵となる存在は皆無である。

 はずだった――



「グルルルルルルッッッ!!!!」



 ――突然、迷宮を徘徊する魔物たちが殺気立つ。

 と同時にベリルとシェナは背後からの鋭い悪寒に

 背中を刺され、心の臓を貫かれた。



「「っ!?」」



 流れる殺気に身を任せ振り返ると、

 その直後、二人を取り囲む魔物たちが

 空を裂く魔力の一閃と共に塵と化す。

 叫び声の一つも上げる事無く、

 知性無き魔物たちは新たに壁に刻まれた

 鋭い亀裂の染みとなった。


 同時にシェナは敵の姿を確認すると、

 ベリルを抱き上げ即座に身を翻す。



「逃げるわよ、今すぐに!」


「ぐっ!? シェナ……! 『』は何!?」


魔物わたしたちが絶対会っちゃダメな奴……!」



 敵は、逃げ出すシェナの前に回り込む。

 退路を塞いだのは顔も体も鎧で覆った緑の騎士。

 手にした武具は鉾槍ハルバード。交わす言葉は一つも無い。

 それは世界の調停者にして人界の守護者。

 魔物を殺す、世界最強の専門家。



「『聖騎士』よ……!」

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ラスボス育成観察録 不破焙 @fuwaaburu

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